第3話 それぞれの仕事納め
クリスマスイヴに、秋渡くんとまさかのおつきあい宣言をした私。
その日、と言うか、もう日付が変わってから家に到着した秋渡くんと私は、まだ起きて店にいた3人にお出迎えしてもらった。
ちょうどサンディが帰途に着いたあとだったらしい。
フェアリーワールドの閉園時間はその日午後9時だったから、昼食をかなり遅めにとって、閉園後にパークの外へ出てから夕食、っていう予定を立ててあったのよね。
運転手を引き受けてくれた秋渡くんに遠慮して、その日はアルコールはなし。だからその分だけ上乗せした豪華ディナーを、夜景の綺麗なホテルのレストランでいただいた。
秋渡くんの気持ちをちっとも知らなかった私は、無理矢理おつきあいを承諾させちゃったと思ってたから、私にしては珍しく、ディナーの始め頃はとってもしおらしく、あれこれ気を遣ってたんだけど。
「なんだか落ち着かないからやめてよ」
と、秋渡くんに言われて、
「それもそうね」
と言って、あっさりいつもの調子に戻った。
それでね。
「あのさ、おつきあいするんだから。もうその秋渡くんってのはやめて、えっーと、なんて言うか。…下の名前で呼んでくれない? 」
などと、恋人っぽいことを言い出す秋渡くんに、ものすごく驚いたんだけど、形から入るのも悪くないかと納得して。けど呼び捨てはさすがに申し訳ない気がして。
「椿さん」
って呼ぶと、秋渡くんは盛大にむせだした。ちょっと慌てたけど、席を立って背中をさするわけにもいかず、しばらくして、なんとか落ち着いた頃に声をかける。
「大丈夫? 」
「ごほっ、ゴホ… 由利香さん、なにその椿さんって」
「だって、こっちからあんなにお願いしといて、呼び捨ては失礼ですもん」
「由利香さんらしくないなーもう。でもまあそれもいいか」
「でしょ? 」
そう言うと、ふたりして同時に吹き出したりして。
うんうん、やっぱり私たちって相性いいわよ、とさらに納得したのだった。
私の報告を聞いて、夏樹は涙を流さんばかりに喜んでくれたんだけど、意外だったのは、冬里が珍しく素直に「良かったね」って言ってくれたこと。
そんな感想を、また私が素直に言うと、ふくれてたけどね。
「なに? 由利香、その言い方」
「だって、素直な冬里なんて、なにか裏がありそうー」
と、正直に言っちゃってから、しまった!と、思ったけど後の祭り。
「ふうーん、ひどいなー。どうしようかなー。じゃあ、京都に初詣に行くことに決まったんだけど、由利香だけお留守番にしちゃおーっと」
京都? え? ええー!
「ちょっと、なによそれ! 聞いてなーい」
「言ってなーい、もん」
本当にビックリした私は、攻撃? を、絶対に言ってくれなさそうな冬里から、鞍馬くんへと切り替えた。
「なに? 何で初詣が京都なの? 去年は★神社だったじゃない。鞍馬くん! 」
「京都に住んでいる、冬里と私の古くからの知り合いが、是非にと誘って下さいまして」
「私もいいの? 」
「はい」
「わあ、嬉しい! 」
はしゃぐ私に、ホラー映画のような声でささやく冬里。
「だめだ。ひとり★市の洋館に取り残された由利香に、恐怖の体験が押し寄せる……んだから」
「ええっイヤよ! 」
「いいじゃない、きっと楽しいよ~」
「楽しくない! 」
絶対行くわよ!
いや、だめだ。
を繰り返す冬里と私を横目に、夏樹が秋渡くんにお誘いをかけていた。
「でさ、今の話、椿もメンバーに入ってるんだ。いいよな、って言っても、すごく急な話だからなー。椿、年末年始はどんな予定? 」
今までのやり取りを聞くともなしに聞いていた秋渡くんは、いきなり話をふられて、驚きながら夏樹の方を見やる。
「俺も? 」
自分を指さして夏樹を見、また確認するように鞍馬くんを見る秋渡くん。
「はい、椿くんも、よければご一緒して下さい」
この急展開に、しばし唖然としていた秋渡くんだったが、気を取り直すと真面目な顔で考え始める。
「…えっと、わかりました。じゃあ年末、親んところに顔出ししたあとすぐ帰国して、京都で合流すると言うので良いですか? 」
「帰国? 」
そんな言い方をする秋渡くんに疑問符を投げかける夏樹。
「ああ…。親父が定年退職したあと、今はふたりしてシンガポールで悠々自適の生活。俺が忙しくてなかなか行けなくてね。正月くらい来いって、うるさいんだ。けど、行けば行ったで2日もいると、まだいるのか? って言うんだよ。だからもともと飛行機がすいてるうちに、元日に帰国する予定ではあったんだ」
「へえー」
「だから、元日に帰ってきたら、その足で京都に向かうよ」
「やったあ、椿ゲットー。……で、いつまで続けてるんすか? 冬里と由利香さん」
2人の攻防戦に、夏樹があきれかえりながら割って入る。
「なに? あ、椿も途中から参加するの? うーん、じゃあ仕方ないか。由利香が来なかったら、椿が可哀想だもんね、つ・ば・き・が。だから、由利香も参加していいよ」
夏樹の話を聞いて、冬里がそんな生意気な事を言う。
「なによそれ! 秋渡く…じゃなくて、椿さんのため? 私は別にいいけど」
すると、私の言葉に、ほけっとする3人。
なんだろ、私なんか変なこと言ったかしら。
「…椿さん? 」
「椿さんって…」
そう言ったあと、盛大に笑い出す夏樹と冬里。
「ハハハ、ゆ、由利香さんが、椿さん、ですって! さん付けっすよさん付け。おっかしいー」
「はは、由利香いつからキャラ変わったの? 椿はそのこと納得済み? 」
あんまり2人が笑うものだから、ひとりすましていた鞍馬くんに聞いてみる。
「私がさん付けっておかしい? 」
しばらく言いよどんでいた鞍馬くんが、困った顔をしておもむろに言い出した。
「そうですね。申し訳ありませんが、やはりキャラクターが違います」
「鞍馬くん! 貴方もか! 」
私はシェイクスピアの「ブルータスよ、お前もか! 」がわかったような心境で思わず言ってしまう。そして、俯いてうーん、うーん、うーんと考えだし、苦渋の決断? をするとともに顔を上げた。
「わかったわよ、もうさん付けはやめる。呼ぶたびに笑われるんじゃ、イヤですものね。これからは椿って呼び捨てにさていただくわ。ごめんね椿。あ、じゃあ、私の事も呼び捨てで良いわよ。これでおあいこね」
「あ、お、俺はどっちでも」
そう言いながら、ほんのり頬が赤くなる秋渡くんを見て、満足そうに冬里と夏樹が頷きあうのだった。
私の勤める会社は、29日から明けて4日までが正月休み。
秋渡くんは28日の仕事を終えると、夜の便に乗るためにはやばやと会社を後にしていた。その上ラッキーなことに、元旦の関西到着便にキャンセルが出たということを帰り際に教えてくれた。
「良かったよー、これで早めに京都に着ける。空港から京都までは直通の特急があるから楽だね」
「そうね。時間がわかったら教えて。駅までお迎えに行ってあげる」
「ありがとう、楽しみにしてるよ」
京都駅での再会を約束して、会社の仕事納めは無事終えることが出来た。
翌、29日は、『はるぶすと』の仕事納め。
私は久々にお店の手伝いをさせてもらっている。
私の仕事は、メイン料理が終わられて、スイーツを楽しむためにソファへ移動したお客様に飲み物を運ぶこと。
なんだけど。
前と違って、カウンターからソファ席までかなり距離? があるため、珈琲や紅茶を運んでいくのも一苦労になっちゃってる。
そんな私を見て、夏樹はガックリ肩を落として言う。
「由利香さーん。情けないっすよー」
「ひどいわね。すぐにカンは戻るわよ」
などと言ってはみたものの、そう簡単にはいかない。
今も、恐る恐る紅茶を持って行ったのだが、その先には。
「ありがとう。以前のお店でもお手伝いをされていたんですってね」
「はい、でもなかなか前のように出来なくなってて…。遅くなりまして申し訳ありません」
シュンとして頭を下げる私に、優しく笑いかけてくれるのは、記念すべき第1回変則シチュエーションディナーのお客様に選ばれた、滝之上 志水さん。あやねちゃんのおばあちゃんだ。
「いえいえ、大丈夫よ」
そう言いながら、紅茶を口に運んだ志水さんが、少し驚いたように言った。
「あら? まあ、これはなんて言うのかしら。年の瀬にこんな楽しい思いをさせて頂けるなんて」
ふふ、と笑ってもう一言。
「鞍馬さんって、お茶目さんなのね」
楽しそうに言う志水さんに、鞍馬くん、どんな本気を込めたんだろう、と、チョッピリ知りたいと思いながら言う。
「そうですよ、鞍馬くんって、あんな真面目な顔しながら、私なんて、しょっちゅう、からかわれてますよ」
「あら? ホホホ」
志水さんは本当に楽しそうに笑うと、もうひとくち紅茶を口に運んだ。
するとそこへ、珍しいことに鞍馬くんがスイーツを持ってきた。
「ずいぶん楽しそうですね、おふたりとも」
「そうよー、鞍馬くんの悪口で盛り上がってたの」
「それはそれは。話題に上るのは光栄なことです」
こたえる様子もない鞍馬くんに、口をとがらせてブーイングする私。
「ブーー」
「? それは、豚かなにかのものまねですか? 」
私は、志水さんにほらほらと言う感じで言ってやった。
「もう、わかってるのにこうやってはぐらかすんですよー」
志水さんはそんなやりとりを、また満面の笑顔で見てくれるのだった。
ランチの遅い時間に来られたので、店内にはもう志水さんしか残っていない。
私は「どうぞゆくりしていって下さいね」と声をかけ、空いたテーブルを整えおわると、早めに上がらせてもらう。
だってね、出発は明日の早朝。旅行の用意があるんですもん。一応、女の子だから大変なのよ、なーんてね。
夏樹も今日は早めの夕食当番を買って出て、2階に上がってしまってるし。
私が裏階段へと消えると、鞍馬くんはおもむろに、玄関ドアにクローズの札をかけに行った。
「? あらあら、もう閉店の時間? それは大変ね。それじゃあ私も…」
と言いながら席を立ちかける志水さんを手で制して、鞍馬くんが言う。
「少しお話しがしたいのですが、よろしいですか? 」
そんな鞍馬くんをちょっと怪訝な顔で見たあと、いたずらっ子のように笑いながら、志水さんは「はあーい」と良いお返事をした。
すると。
「はあーい、僕もぼくもー」
そこへもう一人、良いお返事をしながら冬里がやってくる。
「あらあら? この二人がお揃いと言うことは、きっと大事件が起きたのね? 」
「そうですよ。前代未聞の難問です」
ふふ、と顔を見合わせて笑う志水さんと冬里。
そんな2人をあきれて眺めながらも、鞍馬くんはするりとキッチンへ立って、珍しく日本茶を入れてきた。
「おお、さすがだね。シュウ」
「志水さんには、お茶ばかりで申し訳ありませんが。よろしければどうぞ」
「あら、珍しいわね。鞍馬さんが日本茶なんて」
「はい。入れ方は知っていましたが、基本がなっていなかったので、先日から冬里に、きちんとしたことを教わっています。まだ自分の中で納得できないので、なかなか本気を込められませんが」
「まあ、残念」
と言いながら湯飲みを受け取ると、立ち上る香りを楽しんでいる。
「いい香り…。ところで」
と、閉じた目を開けて2人に問いかける志水さん。
「お話しはヤオヨロズさんのことかしら」
その言葉に、驚いたように顔を見合わせる鞍馬くんと冬里。彼らははまた志水さんに向き直ると、代表して鞍馬くんが聞く。
「ご存じなのですか、ヤオさんのこと」
「いいえ」
また顔を見合わせる2人。
「けど、ヤオヨロズさんの幼なじみ、ニチリンとはお友達なの。百年人ってのは、どうやってもてなすんだったかなー、忘れちまったぜ。と、ヤオヨロズさんが相談してきたんですって」
すると、冬里がちょっとしまったと言う顔で話し出す。
「あちゃ、ヤオヨロズってば、簡単に請け合ってくれたから大丈夫だと思ってたのに。やっぱり忘れちゃってたか」
「だからあのとき言ったのに…」
決して本気ではないけれど、困り顔の鞍馬くんと、こちらも決して本気ではなく、頭をかく冬里。
その冬里が志水さんに向き直った。
「由利香だけならいいけど、今回は椿もいるからちょっと気になってて。で、志水さんなら何でも答えてくれそうだなーなんて。勝手だと思ったんですけど」
ちょっと照れたように言う冬里。
冬里が照れてる? こ、これは青天の霹靂だわ!
そんな冬里を優しく見つめたあと、
「まあ、ずいぶん買いかぶってくださってること。それはさておき、では、さっそく作戦会議を始めましょうか」
楽しそうに提案する志水さんだった。