第1話 クリスマスイヴには?
去年のクリスマスは、まだお店を移転する前だったから、『はるぶすと』はランチタイムではやばやと営業を終えていた。
でね。去年の私は、なぜか会社の寂しい独り者連中が企画した、「クリスマス・寂しいヤツらで賑やかにしてやるぞー! パーティ」なるものに強制参加させられ、居酒屋だー、二次会だー、三次会だーってどんちゃん騒ぎで、それはそれなりに楽しく過ごしたんだけど…。
かなりの酩酊状態でマンションまでタクシー乗り付けたとき、気のせいかしら、まだ『はるぶすと』に明かりがついてたような気がしたのよね。
そのときは、酔った勢いの見間違いだと思っていたのだけれど。
クリスマスイヴの『はるぶすと』には、珍しいお客様が来ていたらしい。
「えーっと、これって! もしかして…」
私の手には、フェアリーワールドの、クリスマス・イヴパーティご招待券なるものがあった。
「もしかして、あの…、手に入れるのがとっても難しいっていうチケット? ええー! 秋渡くん、すごい! どうしたの、どうしたのこれ?! 」
夏樹の料理対決以来、習慣になってしまった毎朝のジョギング。
今日も夏樹に何度も追い越されながら、秋渡くんとテレテレとコースを一周して。ゴールのお店の前に到着すると、おもむろに秋渡くんがこれを出してきたのだ。
「あ、ああ…。えっと。以前相談に乗った会社の社長さんがね、とても良い結果が出たからそのお礼にっていってくれて。ただ、2枚あるから、どうしようかなと思ってたんだ。で、由利香さん、この間、イヴは暇だーって叫んでたから、一緒にどうかな、なんてね」
「ええっ、あんな恥ずかしい事覚えてたんだ、もう。だって冬里がどうせ由利香はクリボッチなんでしょ、なんて失礼なこというから、思わず叫んじゃったのよ。…けど、私が行ってもいいの? 秋渡くん、だれか誘う人いるんじゃないの? こんなプラチナチケット」
すると、秋渡くんはふっと苦笑いして言った。
「いたら誘わないよ。俺も毎年クリボッチだよ」
「あら、そうなの? 意外ー。秋渡くんって、とってもモテるイメージがあるんだけど」
「…そうかな。でも、それっていつのイメージ? 今じゃないよね」
「一緒に樫村さんの研修受けてるとき。よく同期や後輩の子たちに、相談があるからって夕飯に誘われてたじゃない」
「ああ…。あれは本当に相談だけだよ。俺って頼りになるタイプらしくてね」
私は、ちょっと可笑しくなってフッと笑いながら言った。
「秋渡くんってば、鈍感なんだから」
「? なに? 」
「相談にかこつけて、あわよくば恋人の座を獲得しようって思ってたのよ、その子たちは」
「そうなんだ」
「そうよ。あー、もったいない。私たちの同期とか、一期二期下の子たちって、結構レベル高かったのよー」
「それは言えてるな。由利香さんを筆頭に」
「はあ? 私じゃないって、もう」
私はこのとき、鈍感なのはどっちだよ。なんて、秋渡くんに思われているとはつゆ知らず。寂しいクリボッチ(クリスマスにひとりぼっちで過ごすことをこう言うんだって)同士で遊びに行くのもまた良きかなー、と、のんきにOKの返事を返していたのだ。
秋渡くんが、心の中でガッツポーズ決めたのは言うに及ばす。
で、実はこのチケット。秋渡くんの恋愛成就応援団長を自認する夏樹が、ロマンティックな夜を過ごすことで少しでも2人が良い雰囲気になるように、と、プレゼントしたものだったらしい。
ただしそれにはちょっとした事情があって、その陰には冬里が、しかもあの鞍馬くんまでが荷担していたのだった。
そしてイヴの朝。
「じゃあ行って来るわね。でも、ディナーお休みするのなら、夏樹たちもあとで来れば良かったのに」
ランチの開店準備をする3人に、行ってきますの挨拶をするため店へ降りた私は、ついそんなふうに言ってしまう。
そうなのだ。イヴだって言うのに、『はるぶすと』はディナー営業しないんだって。まあ3人とも外国暮らしが長いから、イヴは家に帰って家族で過ごすもの、って言う意識が強いのかな。
でも、だから家族みんなで楽しめればいいのに、フェアリーワールドを。だって、私たちってほとんど家族みたいなものなんだから。
「何言ってるんすか。自分で言ってたじゃないっすか、プラチナチケットって。そんな簡単に手に入りませんよ、入場券」
「あ、そうだった」
ペロッと舌を出す私をあきれたように見る夏樹。
「それに僕たちが行っちゃうと、椿に恨まれそうだからね」
「? どうして? 」
さらっと口を挟んだ冬里に、夏樹がなぜか慌てて言う。
「えっと! まあ、余計なことは考えずに、しっかり楽しんで来て下さい」
「わかってるわよぉ~」
そんなやり取りをしていると、カランとお店のドアが開いて、鞍馬くんが顔を覗かせた。
「椿くんが到着しましたよ、由利香さん」
「はーい」
今日はバッチリ平日なんだけど、日頃の勤務態度が功を奏して、私はすんなりと有給をとることが出来た。優秀な秋渡くんはもっと言うに及ばす。だから開園から閉園まで、目一杯エンジョイできるのよねー。
通勤の時と同じように、秋渡くんの運転する車に乗り込むと、今日は夏樹をはじめ、エントランスでお花の世話をしている鞍馬くん、そして、窓から手を振る冬里の3人にお見送りされて、車は静かに走り出していった。
その夜のこと。
完全にパークモードでスイッチ入った私が、秋渡くんをものすごい勢いであちこち引き回し、めまいを起こさせていたその頃。
少し明かりを落としたお店に、鞍馬くん、冬里、夏樹の3人がいた。
鞍馬くんは店の戸締まりを終えると、さっき片付けたキッチンに入り、3人で楽しむつもりなのか、お茶の用意を始める。
冬里は相変わらず暖炉前のソファに陣取って、優雅に雑誌などを読んでいる。
いつもなら鞍馬くんの手伝いを嬉々としてしているはずの夏樹は、なぜかその暖炉の前をウロウロと行ったり来たりしている。
「ちょっとは落ち着いたら? 夏樹」
夏樹が通るたびに風が起こるので、雑誌のページをそのつどおさえていた冬里が、あきれたように言う。
「あ、すんません。でも、ホントにここから入ってくるんすかね? そんな風習、あったかなあ」
それに答えて、当たり前のように言う冬里。
「ないと思うよ。そんな風習はただの言い伝え」
「ええ?! じゃあシュウさん、玄関に鍵かけちゃダメじゃないっすか。まあ、鍵なんて関係なく入ってこれるのかもしんないすけど」
そう言いつつ、鍵を開けるべく玄関へ行きかけた夏樹に、ふふっと笑って冬里が、
「だけど、本人がこっちから来たいって言うんだもん」
と、暖炉を指さした。
「マジっすか」
「マジっすよ」
2人してそんなふうに言うと、また2人して同じように暖炉を眺める。
すると、かすかなシャラーンと言う音が聞こえて…
スル~~~、トオン
暖炉の上の方から、なにかが滑るような音と、そのあとなにかが着地する音がした。
「ホォーッホッホッ。いやあ、暖炉から侵入するなど、初めてだよ。それにしても、この家の暖炉は綺麗に掃除してくれているねー、大助かりだ」
そこには赤い服と赤い帽子のサンタさんが…。
と思いきや、真っ白な髪とひげをたくわえてはいるけれど、きっちりとコートを着込んだ恰幅のいいおじさんが立っていた。
「ずいぶん早かったじゃない。久しぶり、サンディ」
読んでいた雑誌をテーブルに置いて立ち上がった冬里が、彼と軽くハグして挨拶する。
「ホホー、冬里、懐かしいじゃないか。いやあ、去年の居心地良さが忘れられなくてね~。今年も日本の休憩所をシュウ・クラマのところにしてもらったと言ったら、皆、とってもうらやましがっていたよ」
「へえ」
2人の話を、チョッピリ緊張気味に聞いていた夏樹が、コホン! と小さな咳払いをひとつ落として、その人に挨拶する。
「一年ぶりです! 夏樹です。俺、去年までサンタクロースの休憩所になったことがなかったんで、今年もなったって聞いて、すごく楽しみにしてました」
するとサンディと呼ばれたその人は、優しい微笑みを浮かべて挨拶を返した。
「おお、夏樹~。去年はどうもありがとう。また今年もお世話になるよ」
「はい。にしても、本当に暖炉から入ってくるなんて。去年みたいに玄関使うのかと思いましたよ」
「ホッホー、夏樹。どんなに長く生きていても、遊び心を忘れてはいけないよー。暖炉から入ってくるサンタさんが、百年人が考えたファンタジーだったとしてもね。今このすべてを楽しむことに、人生の醍醐味があるんだからね」
「そうっすね」
夏樹は頭をかきながらヘヘッと笑う。
「ようこそいらっしゃいました。立ち話も何ですから、どうぞソファへ」
そこへ、さすがというか、ナイスタイミングでお茶を運んでくる鞍馬くん。
サンディは待ってましたとばかりに目を輝かせて、いそいそと冬里の隣に腰掛ける。流れるような手つきでお茶を配り終えた鞍馬くんは、丁寧にお辞儀をしながら再会の挨拶をする。
「お久しぶりです。またお目にかかれて光栄です」
「ホホー、相変わらずだね、シュウは。こちらこそ」
などと楽しそうに言いながら、ティカップを手に取り高く持ち上げる。
そのままひとくち口に入れたサンディは、「OH!」と一声、そのあと目を丸くして鞍馬くんをまじまじと見つめ、相好を崩す。
「うおぅ、これはこれは。去年とは幸せ感が違うね~。今年はどんな魔法を使ったんだい? 」
「特に何も」
苦笑気味に言う鞍馬くんに、サンディは人差し指を振りながら言う。
「ノンノン。今年はこの魔法、覚えて帰って仲間に振る舞わなきゃーならないんだよ~。それが出来ないときは」
と、いったん言葉をきると、パチン! と指をはじいて言う。
「シュウにサンタクロースヴィレッジへ来てもらうしかないね」
少し驚く感じでサンディを眺めていた鞍馬くんは、いつものごとくひとつため息をついて返事を返した。
「それは出来ません」
「なんでかね? 」
答えを予想していたかのように、サンディは楽しげに聞く。
「今は『はるぶすと』が大事ですから」
「おおー、だったらどうしよう。来てくれないのかい? 」
冬里顔負けのわがままを言い出すサンディに、鞍馬くんは少し考えて答える。
「そうですね。先日、ディナーのご予約をいただきましたので、そのときにヴィレッジへお邪魔することにします。お仲間には、少しお待ち頂くことになりますが」
「その手があったか。さすがだね~」
すると、ディナーの予約と聞いては黙っていられない夏樹が、即座に口をはさむ。
「えっ? シュウさん、なんすかそれ? 俺、ディナーの予約なんて聞いてませんよ」
今度はやれやれ、という感じで鞍馬くんは、夏樹に変則ディナーの約束をサンディと交わしたことを話してやった。
「けれど、300年後だよ」
「んなもん、300年先だろうが500年先だろうが平気っす。俺も行きますよー、良いでしょうシュウさんー」
「…わかったよ」
ちょっと苦笑いしつつも了承する鞍馬くん。
夏樹は、「ウッシ!」と、ガッツポーズをして、とても嬉しそうだ。
「じゃあ、話も決まったところで、せっかくシュウが本気で入れてくれたんだから、お茶を楽しもうよ」
くすくす笑いながら3人のやり取りを聞いていた冬里が、ティカップを持ちながら言う。
夏樹も、
「ホントだ、冷めちまう! 」
と、大慌てでソファへと座り、お茶を一口飲んだとたん、顔がフニャリと緩む。
「ああ~~。幸せっす~~」
ここでいきさつを説明するね。
実はサンタクロースって1人じゃないの。たくさんいてね、幸せを運ぶ地域が毎年決まっているんですって。
で、去年と今年、日本の担当になったのが、今『はるぶすと』でお茶を楽しんでいる、サンディ・クローズ。
そして彼らが長旅で疲れた身体を休める休憩所が、世界各国にはあるのだそうだ。
選ばれるのは、鞍馬くんのような千年人だったり、妖精だったり、魔物と言われて恐れられている山や森の主だったり。あ、日本だと神社仏閣の主もそうね。
去年初めてその役を引き受けた『はるぶすと』をいたく気に入ったサンディが、今年もまた日本に来たいと願い出たところ、それがかなったんですって。
冬里がサンディを知っているのは、昔、(と言っても何百年も前なんだけどね。)冬里が彼の休憩所を引き受けたことかあるからだそう。
そんなわけで、遠い北欧から旅してきたサンタクロースのサンディは、『はるぶすと』で鋭気を養ったあと、幸せを届けるために意気揚々と夜の空へと飛び出して行った。
去年私が見間違いだと思っていた店の明かりは、どうやら見間違いではなかったようだ。
そして、今年3人でグルになって? イヴの夜に私を店から遠ざけたのも、これが理由だった。