表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LL.  作者: YUTADOT
4/11

LL.4


 電車は、N西へと向かっていた。

 U太は相変わらず霞がかかったような頭で揺れに身を任せていた。

「はぁ……」

 朝の薄い太陽が時折目を刺す。いや、既に昼間だっけ?

 U太は既にどうでも良くなって目を閉じた。その時、以前の嫌なシーンがスワッ

と蘇って来た。あ、と思ったがもうどうしようも無かった。

 前に、オールナイトのバイト中に一階のチケットブースに入ったときの事だ。

 チケットブースは、U太一人だった。時折人が並ぶ以外は、そこは世間と隔絶し

た、独りの世界だった。とは言え、万一の時の為に監視カメラも直上にあるのでい

つもの売店の様に小説を書く訳にも行かない。なのでU太はボーッと考えながら、

時間を過ごした。そういう時間も、U太は嫌いではなかった。その雰囲気、時間帯

でしか思いつけない何かもある。

 小さな繁華街の外れにあるその映画館のオールナイトは、色んな人種が来る。文

字通り外国人も来るし、カップルや映画オタク、ホームレスに終電を逃して寝る為

だけに来る客。それぞれにそれぞれの人生がある。U太はそんな姿に、自分は何処

か違う、だからこうしてアクリルで仕切られて此処にいるのだーーという様な感覚

を覚えていた。

 と、目の前のアクリル板がダンッと叩かれた。U太はハッとして丸い穴が多数開

いた板越しに目をやった。モジャモジャ頭の気持ちホームレス風の中年が苛ついた

感じでまくしたてていた。

「兄ちゃん、これ使えるよな?」

 観るとU太が観たことのない特典チケットだった。何処かで拾ったものだろうか

「えっと…」

 とU太が目を泳がせている間も、その中年はずっとしゃべっていた。

「な〜大丈夫だろ?大丈夫だよな?早くしろよ早くしろったら〜」

 あ、話を聞かないタイプだーーU太は階上に目をやった。バイトが二人いる劇場

はすぐ上だが、ここで言っても聞こえないかーーそれに今日はK一はいなかった筈。

「すみません、多分ダメだと思うんですけど…」

 と言うが早いかその中年はますますヒートアップを始めた。

「何で?何でだよ、出来るって行けるって〜〜」

 ずーっとしゃべっている。観るとその後にはいつの間にか5人程が並んで皆迷惑

そうな顔を浮かべていた。

「え、えっとーー」

 電話で事務所に電話すればいい、とU太は遅まきながら気がついた。

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 と言ったが中年は聞いていない様でずっと怒鳴っていた。

「どうしたの、大丈夫?何?」

 電話に出たのはE田だった。神経質そうな応対は相変わらずだった。

「そのチケット、カメラに見せてくれる?」

 事情を聞いたE田はそう言った。

「す、すいません、チケットを…」

 U太は向き直って手を差し出したが中年は全く聞いていなかった。

「何でだよ、どうしてだよ〜〜〜」

「だからすいません、ちょっとチケットいただけますか」

「だからどうしてだよ、何でだよ〜〜〜〜〜〜」

 目の前でこんなに話しているのに、何故伝わらないのだろう。U太はイライラし

始めたが、後ろに並んでいる客たちも同じ様だった。やがて中年はガンガンとアク

リルを叩き始めた。あぁどうしよう、と思ったその時、

「おうっ」

 とその中年は視界から消えた。A児が突っ込んで来て胸で押しのけたのだった。

「ちょ、煩いっしょ」

 U太はあっけにとられた。

「な、なんだお前は〜〜〜〜」

 中年は尻餅を突いたままをまた喚き出した。

「あ〜?まだ?」

 A児は特にキレている様ではなかったが、モジャモジャ頭の中年には充分に恐く

見えていたことだろう。そう言えば父親ってその筋に関わりがある人間だったっけ

か。

「何してる!」

 E田が血相を変えて降りて来た。A児はさっと両手を上げて、

「あ、手は出してないっす」

 とささっと階上へ消えていった。E田はちっ、とした顔を見せつつ中年を抱き起

こした。中年は相変わらずずっと喚いている。その手のチケットを見るなり、

「使えるだろこれ!」

 とU太に怒鳴った。そしてさっと表情を変えると、深々と中年にお辞儀した。

「大変申し訳ありません。ちゃんと使えるチケットでした。こちらの落ち度で不愉

快な思いをさせてすみませんでした。お客様、今日はこのチケットで観ていかれま

すでしょうか」

 毅然とした大人の対応だった。中年はしばし口をパクパクとさせてから呟いた。

「な…なんだよ、いいよもう」

 急に恥ずかしくなったのか、中年は後ろの人々を押しのけて消えていった。

「…観てたけど」

 E田はU太を見て言った。

「最初からさっさと連絡すれば問題無かっただろ」

 その通りだった。

「…すいませんでした」

「いいから早く、お客さん」

 E田はまたブツブツ言いながらその場を後にした。U太は少し納得いかない部分

もあったが、しばし次の客を捌くことに集中した。だがその胸中は暗く深く沈んで

いた。

 そう、『Large Loss(損失大)』…いつもの様にU太は思った。自分は何をやって

いるのだろう。こういう時、自分は何一つうまくやれない。A児にしろE田にしろ、

本人たちは大した事だとは思っていないのだろう。自分は、うまく出来ない。何も。

「ふぅ……」

 電車はいつの間にかN西に着いていた。

 U太はボーッと外を眺めた。外には例の革ジャンの男が唇を噛んだまま立ち尽く

している。

「………」

 その視界がお腹の大きな女性に遮られた。

「あ…」

 席を譲らなきゃ、と思ったその時、隣に座っていた女子高生がささっと立ち上が

った。

「どうぞ」

「あら、ありがとう」

 妊婦はにっこりとして座った。ぱっと見ヤンキー風の女子高生は、何の問題も無

さそうにスマホをいじっている。

「………」

 U太は浮きかけた腰を所在なげに下ろす。

 ああもうーーこういう時ですら、自分はうまくやれないのだ。そう思いながら。


   *   *


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ