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LL.  作者: YUTADOT
3/11

LL.3


 電車はまだ走り続けていた。

 環状線なのだから当然だ。U太はシートに沈み込んで目を閉じていた。朝日が目

に当たってじんわりと眼球を暖めているのが分かる。U太はボーッとした頭で考え

にふけっていた。


「え?」

 U太は思わず聞き返した。K一は、この間彼女と別れたのだと言う。

 先々週のバイトの時に、U太はそれを聞いた。

「なんで?」

「まぁ…色々」

 そう言ってK一はサバサバとした表情をしていた。U太は知っている。それは、

健康そうに見えるK一が実は心臓に疾患を抱えている、と言うこと。今まで何度か

死にかけたことがあるということ。だからK一は基本インドア系のデートしかして

いない筈だった。彼女ーーI美は、まだそのことを知らない。一度だけ観た長い黒

髪にぱっちりとした健康そうなあの彼女は、もしそれを伝えたら一体どんな顔をす

るのだろう。

「そっか…」

 珍しく大きい方の劇場の売店の方に入ったU太はそれ以上何も言わずに、ショー

ケースの在庫など確認を始めた。その日の作品はイギリスのマイナーな文芸作品だ

った。貴族同士の報われない恋の話だった。

 『Lost Lane(失った道)』。その言葉が、U太の頭に浮かんだ。

 愛さえあれば関係無いーーそんな軽い言葉でどうにかなるとは思えなかった。そ

もそも、自分は恋愛について殆ど知らない。前に一度付き合った女性は、そこまで

はいかずに別れていた。結局、自分は何も知らないのだ。U太はそう自分を捉えて

いた。

 小説もそうだ。U太は自分で分かっていた。何も知らない人間の、何も現実に即

していない、ただの物語。幾多のライトノベル、というジャンルなどがそうなのも

分かる。自分の書いているものもそこに属しているのかも知れない。いや、それで

もそこを極めようとしているだけ彼らの方がまだマシなのではないだろうか。自分

はそれとは違う、でも普通の人達が読む文学とも違う、何かーーそれは今の自分と

同じだーーーだから、自分には何も起きないのかもしれない。でも自分はもう少し

だけ、もがいていたい。U太はそんな感覚の中にここ数年いた。

 前に一度だけ、映画館のバイトで上映室に入った事がある。オールナイトの上映

室の職人さんがケガをして腕が利かないので、そのヘルプで入ったのだ。そこは、

昔観て泣いた映画「ニュー・シネマ・パラダイス」と同じ様な、夢の世界だった。

ゴウゴウと音を立てている映写機。側の小さな窓から見えるスクリーン、そして俯

瞰で見える映画に入りこんだ人達。昔の様に小さなリールを上映中に何度も切り替

えるのではなく、今では横に水平に二段並べられた大きな皿の上に巻かれたフィル

ムを中心から流していき、上映後はまたもう一方の皿に巻き取っていく機構になっ

ていた。その光景にU太はワクワクした。だがこれもまた、既に消え行く技術なの

だと言う。こんな場末の映画館だからこそ残っているが、そのうち全てがデジタル

上映になりフィルムを回す作業は無くなっていくのだ。休憩時間、巻き取られたフ

ィルムの中心からフィルムの端を取り出し、映写機に通していく作業をこなすU太。

こういう時、U太の心は自由に飛ぶ感覚に震える。哀しい事、切ない事、苦しい事

は一時忘れ、自分も何かが出来そうな、新しい物語の欠片に触れている様な気分に

満たされる。


「………!」

 U太はフッと目を覚ました。

 電車はD中に差し掛かったところだった。夜明けの気だるい雰囲気の中、電車は

ゆっくりとスピードを落としていく。何となくホームに目をやったU太は、若いカ

ップルがケンカの末、男の方が離れていくのを目にした。残された女性は真っ赤に

目を腫らしていた。男は両手をポケットに突っ込み、ふてくされた様に歩いていく。

U太が女性に目をやろうとした時、電車は走り出した。女性はまだ泣いている。そ

のままU太の視界から消えていった。

 U太は、そっとため息を吐いて、また目を閉じた。


   *   *


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