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六話 スラ子、町へいく

 薬草を練ったり、挽いたり、煎じたり。

 手に入った貴重な妖精の鱗粉を、一粒だってこぼしたりしないように、いくらか小分けにしてそれぞれ乾燥した布に包んだり。

 細々とした作業をしているうちに、時間はすぐに過ぎていった。


 洞窟のなかだから、外の様子はまったくわからない。アカデミーの卒業記念に贈られた柱時計を見ると、この季節ならそろそろ日がかげってきそうな頃だった。


「よし」


 作業に一息ついたところで、立ち上がる。

 できあがったばかりの小包をまとめていると、ずっと俺のそばで作業をみていたスラ子が不思議そうに見上げてきた。


「どこかにいくんですか?」

「ああ。町にいってくる」

「町」


 ぱちくり。


「いくらか売り物ができたからな。日が落ちてきたから、ちょうどいい時間帯だ。今から出ればちょうど店が閉まる前くらいにはつく」

「でも、まだ薬草とか、残ってますよ?」


 カゴのなかにはまだ半分くらい、材料になる薬草が残ってる。

 俺は肩をすくめた。


「いきなり全部使っちまわなくてもいいだろ。それに」


 丁寧に包装した、妖精の鱗粉の小包に触れて、


「こういうのは鮮度が一番だ。この家、湿気がひどいから保管場所としてはむいてないし、早いうちに換金しとこうと思ってな」


 せっかく高く売れそうなものなんだから、価値がさがるまえに売っておくべきだ。


「なるほど」


 にっこりとうなずいて納得できたことをしめして、スラ子はすっくと立ち上がった。なぜか機嫌よく、鼻歌なんかを口ずさみはじめる。


「町かあ。どんなところだろうなぁ」


 夢見るような独り言に、嫌な予感がした。


「スラ子、お前まさか一緒にくるつもりか?」

「ダメですか?」


 スラ子は逆にびっくりした顔だった。


「いや、ダメっていうか。ダメだろ」


 なぜなら、スラ子は目立つ。どうしたって目立つ。


 姿かたちこそ完全に人間の、しかもかなりの美人をかたどってはいるが、その全身は全て半透明な水っぽい物質でできあがっている。

 目をこらすどころか、遠目にしただけで人間じゃないことはわかってしまうだろう。


 別に、魔物というだけで必ず敵対視されると決まっているわけじゃない。

 人間と魔物の関係性は、単純な敵同士というよりはもう少し複雑なものだからだ。


 だが、人間のなかにはそういう考えのやつがいるということも確か。

 下手な騒動になりそうなことは控えておいたほうがいいはずだった。スラ子やシィの身の安全のためにも、もちろん俺自身の身の安全のためにも。


「えー」


 スラ子は全身で不満を表現してみせた。たぷん、と表面が波立ってみせるあたり、芸がこまかい。


「せっかくマスターとお出かけできると思ったのに。ほら、シィも町、いってみたいよね?」


 それまで黙ってスラ子の隣にひかえていたシィが、ちらりとこちらを見て。空気をよんだのだろう、こくりとうなずいた。


「シィもこういってますっ」

「そういうのは、いわせたっていうんだ」

「むう」

「そりゃ、連れていけるなら連れていってもいいが。スラ子は目立ちまくるだろうし、シィにだって羽があるからなー」

「それじゃあ、フードかなにか全身に被ります! いくらおんぼろダンジョンにだって、大きな布くらいあるでしょうっ」

「おんぼろで悪かったな、おい」


 声なんか聞こえてもいないように、スラ子が部屋をでていく。変装に使えそうなものを探しにいったらしかった。

 俺は、ぽつんと残されたシィを見て、


「シィ。外に出るのは、嫌じゃないのか?」


 聞いてみた。


 静かな瞳がこっちを見る。わずかに首が横に揺れた。


「……そうか」


 仲間たちのところを飛び出した理由を聞いてみたいと思っていたが、とてもそんなことを気軽に聞ける雰囲気じゃない。


 鱗粉採集のあと、しばらく休んでから起きてきたシィは、あいかわらず物静かなままだった。


 会話がない。

 空気が重い。


 近くの泉に住む妖精たちは、いつもこっちの都合も考えず、理不尽にやってきて理不尽なことをしでかして帰っていく。

 連中の底なしの元気さに泣かされてきたことは何度もあるが、その妖精が静かすぎるのもそれはそれでまた辛いものがある。


 手持ち無沙汰になりながら、スラ子の戻りを待つ以外ほかにやることがなかった。



「どうですか?」


 戻ってきたスラ子が自分とシィの両方に手早く変装をこころみて、その感想をたずねられた俺は、うむ、と大きくうなずいてみせた。


「道ばたで出会ったら裸足で逃げ出すレベル」


 えー、と不平の声があがるが、正直な意見だ。ついでに妥当でもあると思う。


 なにせ、スラ子は全身を布ですっぽりとおおっていて、フードを目深にかぶっても隠しきれてない半透明な顔の下半分があらわになっているし、体長と同じくらいある羽のうえからフードを被せられたシィは、背中になにかを背負ってるように見える。

 これで二人を魔物だと思わないなら、かわりに間違われるのは野盗か山賊か。そんなところだろう。


「シィはなんとか誤魔化せるとしてもだ。スラ子、お前のほうがダメだ。あやしすぎる」


 身体の一部分でも見えてしまえば、半透明な違和感がでてしまうのだから、どうしたって変装は難しい。大きな荷物をかかえてるんです、と開き直れるぶん、シィのほうがまだ自然だ。


「そうですか……」


 スラ子がしょんぼりと肩を落とす。

 ちらりとシィがこっちを見た。なんだかその視線が、俺のことを非難しているように思える。


 いや、べつにイジめてるわけじゃあないぞ。


「しょうがないですね。それじゃあ、私はお家でお留守番してます」


 にっこりと笑ってみせたスラ子の笑顔が、少し元気がない。そんなスラ子を見て、


 ――たしかに、しょうがないよな、と思った。


 だって、生まれたばっかりだもんな。

 人型になる前も、ずっとこの洞窟にいたわけだし。

 町にだってそりゃいきたくなるのが当たり前だろう。俺からの知識で知っているわけだ。それが実際にはどんなところなのか、ワクワクしてるはずだ。


 あんまり頭がよくない俺でも、そういう気分がどんなものかは知ってる。そういうのは大切にするべきだってこともだ。


「わかった。わかったよ」


 お土産まってますね、なんていつものように笑顔を浮かべながら、なんだか寂しそうなスラ子と、じっと無言でこちらに圧力をかけてくるシィの二人に、俺は早々に降参した。


「三人で一緒にいこう。……そのかわり、なかには入れないぞ。二人は俺が換金してくるのを外で待ってること。それでいいか?」


 ぱあっと表情を輝かせて、スラ子が抱きついてきた。


「ありがとうございますっ」


 シィを見ると、感情に乏しい顔のままどことなく満足げに見える。

 あっさり押し負ける自分のヘタレ加減を情けないと思いながら、そんな二人の様子を見れば、まあいいかなんて思える意思の弱い俺だった。


 売りに出すものをそろえ、怪しすぎる見かけの二人を連れて、すぐに出発する。


 隠し扉の先はダンジョンに続く。

 特に初心者連中なら日が暮れる前に戻ろうとするはずだから、鉢合わせする恐れはすくないだろう。


 だからといって、もちろん万が一ってことがないわけじゃないから、松明の火が洞窟のなかを照らしたり、人間の声が響かないか気をつけて警戒しながら、洞窟の外へ。


 湖の上、森のひらけたところにぽっかりと広がる空はまだ青い。

 町の店は日が落ちたら閉まってしまう。出かけにバタバタとあったから、少し時間が押していた。


 日が暮れてしまう前に、俺たちは急いで町へ向かった。 




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