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十話 悩める妖精は覚悟する

 それから二人一組の三交代制で俺たちは集落の見張りについた。


 まず、ルクレティアとゴーレム。次にスラ子とシィ。最後が俺とカーラ。

 組み合わせは戦力バランスを考えたもので、たとえば戦力としては足手まといでしかない俺と支援能力に長けたシィとで組むわけにはいかなかった。


 それからもう一つ、スラ子には時間を見つけてシィから話を聞いておいてほしいというのもある。


 シィはスラ子に懐いている。

 シィが今回の件でなにか胸に秘めているものがあるとして、それを一番話しやすいのがスラ子だろう。


 出発する前から、それとなく聞いてみておいてほしいとスラ子に伝えておいてはいたが、


「なにか悩んでいるようではあるんですけれど」


 とスラ子がいうとおり、シィはそれをいうのをためらっていた。

 シィが教えてくれない理由なんてさっぱりわからないが、本人がいいたくないならしょうがない。


 ただ、今回のことでなにか知っているのなら教えてほしいとも思う。

 それについてはスラ子に頼むしかなかった。


 もしゴブリンたちの襲撃があればすぐに援護にいけるよう、外着のまま交代の時間まで仮眠について、


「――マスター」


 スラ子の声に起こされる。


「……ん。時間か」

「はい。お休みのところすみません」

「問題は?」

「ルクレティアさんが、数体のゴブリンさんを追い払ってからは落ち着いています。シィに見てもらっていて、そのあいだに私が起こしに」

「ああ。ありがとう。……カーラは?」

「お部屋の前で準備してもらってます」

「了解」


 むくりと身体を起こすのがちょっと辛い。


 中抜きの見張り時間は外してもらったし、早めに横にもなったから睡眠時間もいつもとそんなには違わないはずだが、もともと朝の早起きなんて魔物の習慣にない。

 そんなにすぐには意識もはっきりしなかった。


「ふふー」


 スラ子が抱きついてくるのに、抵抗する元気もない。


「なんだよ」

「お疲れの様子なので、パワー注入です」

「そりゃありがたい」


 スラ子をひきずるようにしてベッドから起き上がり、顔を洗って廊下に出た。


「おはよう、カーラ」

「おはようございます。マスター」


 挨拶を返してくるカーラには、寝起きのぼんやりとした気配なんて微塵もない。

 外へ出る俺たちにスラ子もついてきて、


「あれ。スラ子、お前も来るのか?」

「はい。私にはあまり睡眠は必要ではありませんので」


 スライムをベースにした魔力生命体のスラ子にとって、睡眠は体力回復というより無駄な魔力を消費しないようにという意味合いが強い。

 それに、とスラ子は続けた。


「シィからマスターにお話したいことがあると。あまりたくさんの人には聞かせたくないということなので、私たち四人のときがいいかと思いました」



 まだ夜明けの遠い空に、きらきらと薄い輝きがかすかに舞っている。

 妖精の羽を光らせて空高くから監視をしてくれていたシィが、俺たちの松明に気づいて降りてきた。


「おはよう、シィ」

「……おはようございます」


 暗がりのせいか、いつも以上に声が沈んで聞こえる。

 俺はちらりとスラ子と視線をかわして、


「とりあえず、見張り場所にいこう。話はそれから聞こう」


 シィは無言でこっくりとうなずいた。


 夜通し焚き続ける焚火に松明をさし、少し距離をおいた見張り場所に腰をおろす。


「シィ。俺たちに話ってのはなんだ?」


 俺とスラ子、カーラから視線を向けられて、小柄な妖精はうつむくように目を伏せて、


「……妖精族について、です」


 小さな声でいった。


「森の奥に住む妖精。今回の森の異変は、それと関係があると思います」


 それはまあ、正直いってしまえば予想はしていたことだ。

 無言で話の先をうながす。


「この森の奥、泉の妖精は、巣分けの時期なんです」

「……巣分け?」


 なんだか聞いた覚えがあるような、ないような。


「それってあれか。蜂とかが、群れを二つにわけるっていう?」

「多分、おなじだと思います。妖精族はずっと一つの群れで長く過ごしていて、百年単位で新しい女王を決めて。それで群れが二つに分かれるんです」

「妖精の女王、か」

「はい。女王は妖精たちの指導者になって、それは女王が死ぬまで続きます」

「ほんとに女王蜂みたいだな」


 そういえば、妖精たちの群れがどういう社会制度でなりたっているのかというのはあまり知られていない。

 群れを指導する立場の存在がいることは聞いたことがあったが、


「その巣分けの時期になると、なにか問題があるのか?」

「巣分けのやりかたは、色々あります。新しい女王に選ばれるのは性分化をしていない若い妖精たち。そのなかから誰が新しい女王に選ばれるのかは、今ある群れの女王が決めます」


 ぎゅっと唇をかみしめる。


「女王はいいました。……一番強い妖精が、新しい女王だって」

「そりゃまた、」


 ずいぶんとアバウトな決め方だ。


「腕相撲でもするんでしょうかね?」


 シィはふるふると首を振って、


「殺しあえと。そういわれました」


 さすがに、俺たちの誰もが声をうしなった。


「……えらくバイオレンスな女王だな」

「そういう問題ですか、マスター」

「いや、妖精の女王なんて会ったことないしな。……そういう決め方は、よくあるのか?」

「わかりません。妖精は昔のことを記録に残しません。けど、わたしは嫌で。でも他のみんなはそうじゃなくて。だから、わたしは……逃げました」


 ――それで。

 あの日、俺とスラ子に会ったのか。森をふらふらとさまよっていて、俺たちに捕まった。そのままスラ子に取り込まれて、でも自分からシィは逃げ出そうとしなかった。

 妖精の群れから飛び出したのは、そういう理由があったから。


「殺しあうなんて、嫌です」


 悲しそうにシィはいった。


 そういえば、と俺は思い出す。

 今まで森の奥からは妖精たちが遊びに来ることがあったのが、最近はぜんぜんその姿を見なくなっている。


 気まぐれな連中のことだ、そんなこともあるさと考えていたが、それと時期を同じくして妖精たちが強い影響力を及ぼす森に変化が起きたなら、関係があるのだろうと思える。


「シィ、妖精の群れでなにが起こっていそうかわかるか?」


 俺が訊ねると、シィは首を振る。


「……わかりません。どうして女王があんなことをいったのか、みんながどうなったか。わたしは、ずっと逃げてたから」


 群れから逃げて俺たちの元にいた、そんな自分を後悔するような表情だった。


「マスター、どうされますか?」


 スラ子がいった。

 俺は顔をしかめるしかない。


「どうっていわれてもな。妖精族の問題は、妖精族の問題だ。他の種族の話に顔をつっこむほど、物好きじゃない」


 妖精族は洞窟近くの森に強い勢力をもっている。

 その相手に下手な介入なんてしたら、どんなしっぺ返しをくらうかわからない。


 妖精という種族は強力だ。悪戯以上の迷惑をかけることは多くないが、一度敵と認定した相手には群れの総力で争い、反抗する。

 俺たちみたいな人間と魔物のはざまにいるような隙間勢力なんて、即行で滅ぼされてしまいかねない。


 安寧を求めるなら、手を出さないに限る。それが一番だ。


 そこで、顔をうつむかせているシィを見て、


「――だから。ようするに、シィ次第だろ」


 うめくようにいった。


「ふふー」


 スラ子に抱きつかれる。


「ええい、放せ。やめろ」

「シィ。マスターのお言葉は聞いたでしょう。あなたはどうしたい?」


 スラ子にうながされて、シィはおずおずとこちらを見上げて、


「……変わりたい、です」


 ああ、と俺はうめいた。


 これか。

 スラ子が暴走して、シィが自分の羽を差し出してそれを助けようとしたときにいった台詞。

 自分も変わりたいといった、シィがいったいなにから変わりたかったのか。


 ――群れのことから逃げだした自分から変わりたい。

 そしてその願いを聞いて、シィの性分化を決定付けた人間がいる。


 つまり。俺には、責任がある。


「男として」

「男として?」

「男ってのはなあ、責任があるんだよ。馬鹿やろうっ」

「泣きそうな顔ですよマスター」

「うるさい。……シィ、自分の群れのことが知りたいんだな」


 はい、とシィはうなずいた。


「悪いが、妖精族をどうにかできるなんて思わないぞ。いったら即、殺されるだけかもしらん。群れから逃げたお前だけじゃなくて、俺たちもだ」


 一瞬、躊躇してから、はい、とうなずく。


 俺はため息をはいて、


「なら決まりだ」


 俺たちまで巻き込む覚悟があってシィがそれを望むなら、答えは一つだ。


「……明日、妖精の泉に向かおう。多分、最近のこのあたりの異変にも関わりがあるんだろうしな」

「ルクレティアさん、びっくりされるかもしれませんね」

「別に一緒に来なくてもいいさ。あいつは町の調査で来てるんだからな」


 肩をすくめて、ふと見るとカーラの表情が強張っている。


「カーラ。お前も、無理してついてこなくていいぞ」

「いえっ。一緒にいきます。……いかせてください、マスター」


 俺を見る表情が必要以上に懸命に見えて、俺はそれになにか違和感をおぼえたのだが、その正体に気づく前にスラ子の鋭い声が俺の意識を戻した。


「――マスター」


 顔をあげて、気づく。


 いつの間にか、暗闇のなかにいくつもの灯りがともっている。

 俺たちが見張りのためにたてた焚火ではない。月明かりを反射する獣の双眸の輝きでもない。


 それはもっと明確な悪意のあらわれだった。


 たくさんのゴブリンたちが集落を囲い、手に持った松明がその醜悪な姿を闇夜に照らしていた。



  

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