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十五話 計画は慎重に遂行中

 ダンジョンというものは多くの場合、それ一つで完結している「系」である場合が多い。


 ケモノ、バケモノ。それらをひっくるめて魔物と呼ばれる生き物が住み着き、そのなかで互いに食いあい、殺しあって数を減らしながら独自の生態環境をつくりだしていく。


 人間はいう。ダンジョンなんてものがあると危ないから、なんとかしないといけない。

 自分達が手をだしたことによって必ず良い影響があると思い込む、その無自覚に独善的な思考を根底に連中は生きている。


 もちろんそれは人間という立場から離れた俺からこその意見で、連中からみれば、こちらのほうがよほど偏執的な意味不明の存在にみえるだろう。


 だが、連中がダンジョンにちょっかいをかけることで、それまでとられてきていたバランスが一気に崩れてしまうケースだって少なくはなかった。

 その結果、ダンジョンのなかだけでなくその周辺まで危なくなり、人間たちはそれをどうにかするためにさらなる戦力をそこに送り込む。


 自然なんてものは、それが調和がとれているにせよ、とれていないにせよ。放っておけばだいたいどうにかなるものなのだ。


 だが、人間にはそれができない。

 行動を起こしてしまう。それが悪意だけならまだわかりやすいが、ときどきそれは純粋な善意だったりするから性質がわるい。


 しかしその人間だって、自然の一部には違いない。

 つまり、あのやっかいなひっかきまわし屋も、そうした役割を自然から与えられた、システムの一部なのかもしれないわけだ。


 周囲からの刺激は変化をうむ。変化は進化につながる。


 変化することと、停滞すること。

 そのどちらかが良しかという話は善悪の二元論で語れることではない。


 きっと世界は混沌としてこれからも変化し、どこかでは停滞し、それをなにかがかきまぜ、ぐちゃぐちゃになりながら進んでいく。


 世界なんて馬鹿でかい規模のシステムが、果たして調和がとれているのか、それともいつかどこかの終わりにむかって突き進んでいるのか。そんなものわかるわけがない。

 だが、世界が一つの生き物だとするなら、いつかは死ぬ。それが当たり前だ。


 それを許せないというのが、きっと人間だろう。


  ◇


「マスター。ここにも精霊さんっているんでしょうか」


 夜の時間になり、人間どもが現れない隙を狙って洞窟の下見に出る。

 今日は冒険者はやってこなかったらしく、洞窟に松明などの灯りは残っていなかった。明かりの魔法を灯すシィの先導で歩きながら、スラ子がいった。


 湖の精霊の件があるから、どうしたってその手の話には敏感になってしまうのだろう。俺は答えた。


「そりゃいる。だが、ここにいるのは湖のとはちょっと毛色が違うからな」

「毛色、ですか?」

「ああ。ほとんど放置だ。てか寝てる。だいたい寝てる」


 ここに住む自然の管理者、地の精霊ノーミデスは洞窟の状態をあるがままにまかせて、姿を見せることもほとんどない。

 場の調和に気をつかうタイプだった湖のウンディーネとは正反対だ。まあ、湖と洞窟では求められるものが違うし、性格の差というのもある。


「……精霊さんが、そういうのでいいんでしょうか」

「そんなもんだ。そういうところだから、人間だってちょっかいを出す。俺みたいなのが派遣される」


 神経質な管理者だったら、自分の領域のなかに異物をいれようとはしないだろう。俺みたいなのが住み着けるわけがない。


「なるほど」

「不安か?」


 訊ねると、スラ子は苦笑してうなずいた。


「やっぱり、ここにいるだけでなにかおかしな影響を与えてしまうというのなら、迷惑だったりするかなと」


 ウンディーネが残した言葉の意味は、いまだによくわかっていなかった。

 スラ子が湖に近づくのを嫌がったのは、両者が似たような存在だったからか? 同属嫌悪、あるいはスラ子の危険性に気づいていた?


 その答えを知る相手は、もうスラ子のなかに取り込まれてしまった。多分、聞いても教えてくれなかっただろうが。


 精霊に似た存在の妖精なら、ウンディーネがなにをいおうとしていたのかわかるかもしれない。

 しかし、シィはあの日のことについてなにも語らない。聞いても、黙って首を振るばかりだ。 


 そういう態度はシィのいつもどおりのものだから、それがなにかを隠そうとしているのかどうかも俺には判断がつかない。


「……まあ、大丈夫だろ。一応、俺も気をつけておく」


 ウンディーネが残した言葉で一番ヒントになりそうなのが「場を乱す」というもので、それは恐らく、周辺の魔力のバランスのことだろう。


 それはもしかしたらスラ子の吸精能力のことかもしれない。けれど、周囲の環境に対してスラ子がそんな能力を発揮している様子はない。


 結局、この問題については今のところ、保留にしておくしかないだろう。

 もう少し頭がよければなにか気づくのかもしれないが、俺の凡庸な頭じゃむずかしい。


「はい、マスター」


 つられて深刻な表情になりかけたこちらを心配させないようにと思ってのことか、スラ子は俺にむかってにっこり微笑んでみせた。


  ◇


 静まり返った洞窟をしばらく歩く。


「――やっぱり、仕掛けるとしたらここでしょうか」


 いろいろと歩き回って、最終的にスラ子が結論を出したのは洞窟の奥。ここを訪れるルーキーたちが一応の目標にしている空間がそこにはひらけている。


 行き止まりになってはいない。

 入り口から続く道のほかに、先のない道がいくつかあって、その一つが俺たちの生活しているスペースに続く隠し扉のある場所につながっていた。


 中央には、人間たちが置いた大きな白石鉱の結晶がある。

 かすかに退魔の効果をもつその石を小さく削り取ってくること。それがこのダンジョンに来る初心者たちに課せられるクエストになっていた。


 スラ子が作戦の結構場所にここを選んだのには、俺も賛成だった。

 あたりに魔力の吹き溜まりがあって、魔物が沸きやすいこともだが、なにより逃げやすいし、逃がしやすいこと。それが一番いい。


「広いしな。逆に大勢に来られるとキツイが」

「それだけは、本当に注意しないといけませんね。冒険者さんたちは、だいたいどういうパーティ構成でやってくるのが一般的なんでしょうか」

「普通の冒険者なら、三、四名ってのが多いな。人が増えすぎると集団としての統制がとりづらい。逆にいえば、十人やら百人やらで問題なく意思統一ができてるってことは、それだけ訓練が行き届いているってことだから……」

「そんな人たちが来てしまうと、アウト。ですね」


 まあ、そんなのはどこかの騎士団クラスにならないとまずない話だ。


「複数の冒険者さんたちが、一緒になって来ることはありましたか? 四名構成のパーティが三組とか、そういう感じに」

「たまにぞろぞろとやってきてることがあるみたいだが、滅多にないな。なんのためにそんなことをしているのかは、知らん。引率するやつがいるみたいだから、訓練の一環なんだろう」


 もちろん、連中がなにをやっているか詳しいことがわからないのは、俺がいつも隠し扉の奥にひきこもっていたからだ。


「このあたりじゃ冒険者なんてのもそう流行っちゃいない。もっとしっかり『上』を目指すようなやつなら、違う街か都市ギルドで登録も、修行もするだろうしな。複数パーティが被るなんて偶然は少ないだろう。もちろん、最悪の場合は考えておくべきだが」

「やっぱり、まず洞窟への侵入者の数や、手ごわそうかを知ることが第一ですね。それによって作戦を仕掛けるか、次の相手を待つか……」


 侵入者がきたということだけなら、俺がこの洞窟に派遣されることになったときになけなしの金をはたいて買った反応石を入り口に埋めてあるから、察知できる。それが生き死にに直結するだろうと、小物なりの頭で考えたからの用意だった。

 だが、その数や強さまではさすがにわからない。


「遠見の魔法がかかったアイテムなんざ、高くて手がでないからなあ」

「シィ、あなたの魔法でできる?」


 シィは少し考えてから、ふるふると頭を横にふった。


「……練習、します」


 申し訳なさそうなシィをスラ子が優しくなでる。


「私もシィと一緒に魔法のこと、もっと勉強します。ただ今回は間に合わないとして。私たちがどこに待機しておくか、やりすごすかも重要ですね。相手をすぐに視認できないといけませんし」


 ここの洞窟は決して複雑ではない。だからこそ、途中に隠れるというのも簡単にはいかない。


「隠し扉もなあ。あれも高いんだよなあ」


 さっきから金のことしかいってないが、金があればたいていのことはなんとかなるいうのが世の中の真理である。

 それか竜にでも生まれればいい。それだけでなんとでもなる。


「今あるお金でなにを用意するか、悩みますね。大掛かりな仕掛けなんて無理ですし、高価なアイテムだって買えませんし」


 そもそも、そんな貴重なアイテムは近くの町になんか置いてないだろうな。


「焦らないで、じっくり考えればいいさ。しつこいようだが、あくまで慎重にな。俺は小心者なんだ。石橋を叩いて渡らないくらいの男だと思っておけよ」

「最終的には渡ってもらわないと困ります、マスター」


 そんなふうに少しずつ、俺たちは作戦の詳細について煮詰めていった。




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