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十四話 そろそろダンジョンしよう!

「はーいてーんしょーん!」


 声。

 衝撃。

 もがく。

 息、できず。

 死ぬ、死ぬ……。


「――殺す気かああああああっ」


 ベッドにダイブして人の身体を押しつぶしてきた柔らかい感触を無理やりひきはがして、俺は真っ赤になりながら怒鳴った。

 酸欠寸前のところに大声をだしたりしたもんだから、さらに悪化して意識が途切れかける。ふらついた頭が、ぽよん、と抱きとめられた。


「おはようございます、マスター」


 たわわな胸元から見上げる顔は満面の笑みで、声には甘えるような響きがある。


「……おはよう」


 うずもれた殺人的な弾力から顔を離し、にこにこと機嫌のいいスラ子を見た。


 最近、スラ子の機嫌がいい。

 相手をしてもらったことがそれほど嬉しかったのか、あの夜からずっとだ。


 それまでは朝、俺を起こしに来るのはシィだったのが、最近はスラ子も一緒に来るようになっていた。

 部屋の入り口を見ると、扉のそばにたたずむシィが感情の乏しい視線を向けてきている。


「シィ、おはよう」

「……おはようございます」


 スラ子のテンションが高い分、シィの返事はさらに落差を感じさせる声だった。


「さっき、なにかいってたか? 部屋にはいってきたとき。なんだったんだ、あれ」

「はい。ストロフライさんの、掛け声?をちょっと真似してみました」

「せんでいい、せんで。夢にまでアレに乗り込んでこられたらどうしてくれる」

「ふふー。そのときは私が助けにいきますっ。朝ご飯の準備、してきますねー」

「ああ、顔を洗ってからいく。ありがと」


 はーい、とスラ子がシィをつれて部屋からでていくのを見送ってから、息をはく。


 機嫌がいいのはいいが、朝からずっとあのテンションなのでちょっと疲れる。炊事、洗濯、掃除。きびきびと家事をこなしながら、スラ子は一日中あの調子だった。


 「とっても調子がいいんです」とはスラ子の言。

 精霊を取り込んだことがよほど具合がよかったんだろうか。まあ、よかったんだろうが。


 起き上がって、伸びをうつ。

 誰かの声に起こしてもらって朝を迎える。ぼっちのころにはありえなかった、そんなことを少しだけ当たり前のように感じられるようになった、そんな湿気の多い洞窟の朝だった。


  ◇


「ダンジョンですよ!」


 とスラ子がいった。

 勢いよく立ち上がり、食卓についてパンをかじる俺と野菜スティックをかじるシィを交互に見おろして、


「朝ご飯なんて食べてる場合ですかっ」

「いや、お前が用意したんだろ」

「そうですけど」


 そこで自分と周囲のテンションの差に気づいたのか、少し恥ずかしそうに卓について、


「ストロフライさんにみかじめも払ったことですし、そろそろ私たちも本格的に動いていくべきだと思います」


 シィの羽から採取した鱗粉を売り、当面の生活費を手に入れた。山の上に住む天然はた迷惑ヤクザがやってくることもしばらくはないはず。

 現状、人間どもに好き放題されているダンジョンについて、たしかにそろそろなにかしら行動をおこしていきたいところではあった。


 だが、肝心のなにをどうするかについては、まだ検討段階にすら入っていない。


「もう少し金を貯めてからじゃ駄目なのか? シィに協力してもらえば、安定した収入にはなるんだから」

「なにも、お金を稼ぐことだけで時間を過ごさなくてもいいと思います。それと並行して動く余裕があるんですから」

「まあ、それはそうだが。なにか考えがあるのか? 前にいっていた傭兵か」

「アカデミーのカタログはちょっと見てみました。いろいろ試算してみたんですが、維持費を考えると、どうしてももう少しお金が貯まってからじゃないと厳しいかなあって感じです」


 いつのまにかチェック済みだったらしい。安静にするようにいわれていたとき、よほど暇だったのかもしれない。


「なので、まずはお金がかからないところから。具体的には人間の印象の部分を変えていきたいなと思ってます」

「印象ね」


 腕を組んで考える。


 今、この洞窟がなんと思われているかといえば、入り口にある立て看板のとおりの『初心者用ダンジョン』だ。はっきりいって舐められてる。 


「それは、人間相手にケンカを売るってことにならないのか?」


 準備が整わないうちには正面から人間と事を起こすべきじゃないというのは、スラ子が前にいったことだ。


「あんまり急な動きになってしまうと、人間たちからの反発も大きいと思います。なので、基本はこっそりと。あくまで陰湿に進めていきたいです」

「目立たないように、ってことか?」

「はい。小心者のマスターにぴったりの作戦です」


 まあ、否定はできないわけだが。ちょっとイラっときた。


「問題は、人間があまりに気軽にダンジョンに来れてしまうところなので。少しでも彼らのダンジョンに対する意識を変えさせて、主導権を我々のものにしたいなと。一番いいのは、一切の戦闘をなしで、噂とかを広めることで人間たちの足が向かなくなることだと思いますが……」

「虫のいい話だな」

「はい、さすがにそこまでは。噂のもととなる出来事が必要だと思いますし、その為には戦闘行為というものも可能性にいれておくべきかと」

「だが、戦力っていったって、俺とお前とシィ、あとはスライムちゃんたちだけだぞ。スケルトンは、あれはもう骨がぼろぼろで戦闘は無理だ。走ることもできないくらいなんだからな。いたわってやれ」


 あとは洞窟の魔渦から自然発生する魔物たちくらいしかいない。


 スライムはともかく、魔法に長けた妖精という戦力は決して小さくはない。スライムという範疇をあきらかに越えてきているスラ子だってそうだ。

 しかし、スラ子が圧倒的に上位の存在であるはずの水の精霊を捕食したように、戦闘というのはなにが起こるかわからない。個体戦力の上下だけでははかれなかった。


 なにより問題なのは、戦力として計算できる存在がスラ子とシィの二人しかいないことだ。


 魔物はそれぞれ上級から下級までランクごとに語られることがあるが、それは単純な力の強さや身体の強靭さ、あるいは魔法力の高さで分けられるわけではない。


 まずはじめに見られるのは知性の有無。いかに強力な特殊能力を持っていようが、それを活用する知性がなければ意味がない。

 物理攻撃に強い性質を持つスライムがカテゴリーとして下級に位置していることなどは、まさにそれが理由になっている。


 一般的なスライムは単純な生存本能しか持ち合わせておらず、獲物をみつけ、包み、食べることしかしない。

 一旦、体内に捕らわれてしまえば厄介だが、隠れるような知能も相手を罠にかけるような狡猾さも持ち合わせていないため、対応自体はひどく容易だ。地を這う速度も早くないため、袋小路でもない限りそこから逃げる事だって難しくない。


 そして、人間たちの一番の脅威は、前にスラ子がいったようにその集団性にこそある。

 いくらスラ子やシィが戦力として優位にあっても、周囲すべてから囲まれて全員を打ち倒すような絶対性はありえない。


「下手に藪をつつくことになるのが怖いな」


 あくまで慎重な、別の言い方をすればヘタレな意見に、スラ子はうなずいて、


「はい。それだけは気をつけなければいけません。ただし、相手を選んで、慎重に準備をしておけば、相手を驚かせて退散させることくらいは十分に可能だと思います」


 それに、と続ける。


「相手を殺すか自分が死ぬか、なんて戦いをするつもりはありません。あくまで人間たちのあいだに用心をうませることができたら、それで成功なんです」

「人間を殺すのが目的じゃあない、ってことだな」

「はい。そこまでしてしまうと、相手のリアクションも大きくなってしまいます。逆にいえば、そこまで極端なことをしてしまわない限り、人間からの反応もそれなりに慎重なものに留まるのではないでしょうか」

「どうしてだ?」


 いってから、自分で気づいた。


「――ああ。上にアレがいるからか」


 はい、とスラ子はうなずいた。


「竜を怒らせるような真似、人間だってしたくないはずです。これは私が思う都合のいいシナリオですが、洞窟で起きた変化を竜族と関わりがあることだと勘違いしてくれればいいのになあと思ってます」


 あの無邪気にして凶悪な黄金竜、ストロフライはこんなちっぽけなダンジョンの抗争なんかに興味はもたないだろう。

 助力を求めるようなことは無理でも、こちらが竜の威を借るのでもなく、人間が勝手に勘違いするぶんには、気まぐれで気難しい竜の逆鱗に触れることもないはずだった。


「悪くないな。まあ、そんなに都合よくいくかは怪しいが」


 どこまでも煮え切らない俺の言葉に、スラ子はじれた様子もなくうなずいて、


「はい。状況は様々に想定できます。それらの対処を考えて、策を練って。実際に行動に移すのはそれから。まずは計画をたてることからはじめたいと思うのですが、いかがでしょうか」


 もちろん、俺にそれを否定する意見はなかった。


「わかりました」


 俺の了承を聞いて重々しくうなずいたスラ子が、すっくとその場に立ち上がる。


「それでは本日より洞窟奪還作戦、その記念すべき第一手をここに起草します。作戦名は、――『ドキッ。もしかしてやばい? あの洞窟』作戦と仮称します!」


 誰に似たのか、まったくひどいネーミングセンスの宣言を聞きながら、ぱちぱちと俺とシィの二人で気のない拍手をして。


 まあ、せこかったり地味だったりするのは俺らしいよな、と。そんなことを俺は考えていたのだった。




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