十八話 暗闇を殺す者
二人との合流はできた。
タイリンの魔法も、ストロフライ印の椅子があれば大丈夫だ。
どんな術中にはまってしまったとしても、この椅子は壊れないし、これだけは在り方が変わらない。俺たちはそれを基点にすればいい。
少なくとも、おかしな結界のなかで右往左往するようなことはないだろう。
あとはカーラが先に準備をしてくれている場所までいかねばならないが、
「スラ子!」
「平気、です……っ」
痛みに耐えながらの声は、ちっとも平気そうじゃなかった。
持ち上げようとする身体がずしりと重い。スラ子は鎧の状態を保つことさえ辛いのか、ほとんど普段の外見に戻りかけていた。
「シィ、レビテいけるかっ」
「はい――」
淡く羽が輝き、背負った重量が消える。
ぐったりとしたスラ子をシィに預けて立ち上がり、
「シィはスラ子を頼む。カーラが待ってるから先にいけ! スケル、俺とお前は逃げながら、あいつを牽制するぞっ」
「了解っす! あっしの役割はっ?」
「俺の盾になーれ!」
「この鬼畜ご主人があ!」
俺はにっこり微笑んで、
「椅子、使うか?」
「いーっす、遠慮しときます! いってる場合ですか、来ましたぜ!」
こちらの行動開始に、それまで様子をうかがっていたタイリンも動き出す。
一直線に駆け出してくる。
「あのナイフはやばい! 攻撃は受けるな!」
スケルは肉体が損傷してもあっさり復元する特性がある。
スラ子のように自由に身体は変化させられないし、それ以外に目立った能力があるわけでもない。
スケルトンというよりゾンビじみてるが、スラ子とは微妙に違う意味で物理攻撃に強いスケルでも、あのタイリンの攻撃を食らってどうなるかはわからない。
あのスラ子の苦しみ方。
魔法特効? 切られたら感覚がなくなる、というのも不気味だ。
恐らく闇属に関係するのだろうが、だとしたらおなじ魔法生体であるスケルだって危ない。
「だったらご主人が前にでてみるってのはどうですかね!」
「それは嫌だ!」
きっぱりと拒否。
それに、そんな必要はない。
タイリンの狙いは俺なのだから。後ろにいようがどこにいようが、あいつは絶対にこっちを狙ってくる!
「――!」
タイリンとスケルが交錯する。
スケルの攻撃をあっさり回避して、相手はそのまま速度を落とさずに俺へと襲いかかってくる。
「ご主人!」
返事をする余裕はない。
埋没した夜から浮き上がって繰り出される一撃の動きを見逃すまいと、俺は懸命に目に力を込めた。
両手の椅子は構えたまま。
これは武器でもなんでもない。重いし、かさばるし、振り回すような代物じゃない。
この椅子の有用性はただ一点、絶対に壊れないということで、そしてそれだけで値千金の価値があるのだ。
タイリンの右手がしなる。
振り回すのではなく、急所を一突きにしようという最小動作の行動に、俺は必死になって相手の腕が導く先へと両手に抱えた椅子をあわせる。
がつ、という鈍い音がして、タイリンの右手が弾かれた。
尋常ではない硬度の椅子に阻まれ、生じた反動を押さえ込めず、手のひらからナイフがこぼれている。
それに暗殺者が動揺したとしても、わずか一瞬。
次の瞬間には残る左手のナイフが動いている。
さっきの失敗を繰り返さないよう今度は椅子を避け、滑るようにその脇から俺の身体を薙ごうとした一撃に、反応の鈍い俺は意識はともかく身体が追いつかない。
そこへ、
「うらー!」
横合いからスケルが思いっきり蹴りつけた。
体重の軽さもあいまって、暗殺者が盛大に転がっていく。
「スケル、ナイス!」
「ご主人もナイス囮っす!」
ちらりと暗殺者の転がったほうを見ると、黒いものがうずくまっているのが見えるくらい。
ちょっとはダメージもあったかもしれないが、気絶まではないだろう。
「今のうちだ!」
「了解っす!」
俺とスケルは一目散に逃げ出した。
「マスター!」
町外れまで辿り着くと、カーラが俺たちを待ってくれている。
すでに麦の刈り取りの終わった畑。
障害もなく広がるだだっぴろい空間のあちこちに、燃え盛った焚火。
火はカーラが用意してくれたもので、つまりここが俺たちがタイリンとの決戦場に選んだフィールドだった。
炎の勢いは決して弱くないが、夜の闇を照らすのには数が足りなすぎる。
むしろ、圧倒的な広がりをみせる暗闇に心細さを感じさせるそれらを眺めながら、
「首尾は」
「シィさんが既に上空へ。スラ子さんは、そこに……」
すぐそばに、ぐったりとスラ子が横になっていた。
シィの手当てが効いたのか、さっきよりはおちついた様子ではあるが、それでも状態がよくないのは一目でわかる。
――これじゃ、スラ子に無理はさせられない。
俺たちがこの場所に用意できたものは、罠ともいえないものだ。
前の竜騒動のときと違って時間もなかったし、町のなかを好き勝手にできるわけでもない。
落とし穴とか、そういうのがあるわけでもない。
出来たのはあくまで舞台としてのお膳立てで、そこから先をやるのは自分たちだ。
「……カーラ、スケル。手伝ってくれ」
いくら舞台を整えても、俺一人じゃタイリンの隙はつけない。
「はい!」
「今さらっすねぇ」
真剣な表情でうなずくカーラと、ゆるく笑って肩をすくめるスケル。
二人に向かってなにかを口にしかけて、その自分の唇をきつく噛みつぶした。
――こっちのわがままに巻き込んでおいて。
簡単にごめんだなんて謝って、許されようなんて虫がいい話だ。
それは二人に対してだけじゃない。
たとえ他の誰が許してくれなくても、自分だけは、自分を許してしまえるから。
その行為をなんというか、俺は知っている。
それは諦めというのだ。
暗く、穏やかで、湿ったあの洞窟の奥底のような。
決してそれが悪いと思っているわけではなく、その心地のよさを誰より知っているとしたって。
それでも、そこにひきこもったままの自分でいるのが嫌だというのなら――俺は、今ここで、一言だって持ってはいけない。
光が溢れた。
純白の魔力光があたり一面を照らし出す。
大気にふんだんに撒かれた妖精の鱗粉が、それを上から降らせる相手の魔力に感応してゆるやかな発光現象を起こしていた。
町の一角に突如として生まれた昼間。
そこに足を踏み入れかけた一人の暗殺者がこちらを見つめている。
暗闇という絶対的なアドバンテージを失ったその小さな女の子は、恐れるようにその場に立ち尽くしていた。
「――タイリン。悪いヤツは、ここにいるぞ」
呼びかけると、ぴくりとその肩が震えて。
一歩、足を踏み出した。
「……頼む。お前たち」
『いってきますっ』
カーラとスケルが駆ける。
すぐに二人と一人のあいだに戦端が開かれる。
手甲を握ったカーラが殴り、防ぎ、ナイフ一本の暗殺者がそれに反撃する。
カーラに押されたタイリンが後ろに距離をとる。
そうはさせるかと、そこにストロフライの椅子を掲げたスケルが追いかける。
タイリンは闇属の魔法でそれを牽制しようとするが、その周囲に発光する妖精の鱗粉が、文字通り手に取るようにその発動を教えていた。
生じた闇色のなにかを、スケルが大きく振り回した椅子がたやすく打ち散らす。
さらにカーラの追撃。
息を尽かさない猛攻が続き、一対二という状況のまま均衡が崩れない。
さすがのタイリンも、二人を切り抜けてこちらへは向かって来れない。
むしろ、二人を相手にしてまがりなりにも互角に渡り合っているのが異常なのだ。
そんな彼女たちの戦いを見ながら、俺はただ待っていた。
「――マスター」
声にびくりと振り返ると、スラ子が立ち上がっている。
「スラ子。お前、」
「……いきましょう」
弱々しく、微笑んだ。
「いきましょうって。――いい。お前は寝てろ」
「平気、です」
「そんなわけあるかっ!」
スラ子は外見こそいつもの様子を取り繕っていたが、妖精の鱗粉が照らし出すせいではっきりとその異常が見て取れた。
青く透き通った、水精霊に酷似したその半透質の身体が、薄く濁ってしまっている。
体内にまじったなにかがスラ子を蝕んでいるような、そんな不吉な想像にぞっとする。
いつかのことを思い出す。
取り込んだ水精霊になりかけたあの洞窟での戦い。
壊れてしまったスケルを生み出したあと、自分の身体さえ保てずに崩れかけてしまったこと。
リザードマンとマーメイドたちの争いのときだって、そうだ。
こいつは、いつだって無茶をする。
俺なんかのために、自分の全てを懸けてしまう。
察しの悪い俺は、いつもそんなスラ子の異常に気づいてこれなかったのだから。気づいてしまったら、無茶なんかさせられるわけがない。
「カーラや、スケルが頑張ってくれてる。大丈夫だ。ちゃんとやってみせる。だから、」
「――届けるんですよね」
俺の言葉にかぶせるように、スラ子がいった。
「マスターが、届けるんです。私のマスターが、――意地を通すんです。だったら……私も、一緒にいます」
顔が辛そうに歪んだ。
「怖いんです。……一緒に、いさせてください」
今にも泣き出しそうに懇願されて、俺は言葉を失った。
後ろを見る。
三人の戦いは続いている。
こう着状態なんてそうそう続かない。いずれ均衡は崩れる。
二人が懸命につくろうとしてくれている、その隙を逃すわけにはいかなかった。
「……わかった」
議論している時間はない。
俺はため息を吐いて、背中を向けて腰を落とす。
「マスター?」
「はやくしろ。一緒にいくんだろ」
「……重いですよ」
「あほ。女一人背負えなくてどうする」
くすりと笑い声がした。
「私、スライムです」
「知るか。お前はお前だ」
吐き捨てる。
少し待って、背中に柔らかい感触。
ぎゅっと首に腕がまわされる。
「締めるなよ?」
「ふふー」
「……行くぞ」
立ち上がる。
「はい。……マスター、ありがとうございます」
「礼なんかいらん」
「いいえ、今ので。少し――わかったような気がします」
「なんのことだ?」
答えはない。
そのかわりに、耳元でうわごとのような声が聞こえた。
「水はたゆたう――土は紡ぐ。……闇は、」
均衡が崩れた。
スケルの大振りな振り回し。
その隙を冷静にみてとったタイリンが、無言のままナイフを振り上げる。
スケルの右腕が切り飛ばされた。
「つあっ……!」
「スケルさんっ――」
動揺したカーラの腹に蹴りが叩き込まれる。
なんとかそれをブロックしたカーラが後方に飛ばされる。
蹴ったタイリンはその反動を利用して、そのままカーラとの距離をあけて。一気にこちらへ駆け出してきた。
「マスター!」
疾走する暗殺者。
「――スラ子、」
「はい、マスター」
声にはやはり力はなく、ただ確固とした決意が秘められていた。
背中のスラ子がどろりと溶け、全身を這う。
そのまま流れるように全身を覆ったスラ子をまとい、全力で駆け出した。
「――!」
俺の行動が予想外だったのか、暗殺者の速度が落ちる。
だが、躊躇は一瞬。すぐに胸元にナイフが構えられる。
急所を狙った刺突。
今のスラ子にそれを防げるか? いや、そんなことは考えなくていい。
俺は、俺のやるべきことをやるだけだ――
「っ!」
なにかに蹴られた。
それが、鎧状から元の姿に戻ったスラ子が俺を踏みつけていったのだと頭が悟ったときには、もう身体の傾きが止まらない。
こける。
地面に思いっきり顔面から突っ込んで、あわてて顔をあげる。
そこではスラ子とタイリンががっしり四つに組み合っていた。
タイリンのナイフが、スラ子の左手を貫いている。
貫かれたまま、握りしめてそのまま離さない相手に、タイリンの身体から黒いもやのようなものが浮かび上がった。
大気に散った妖精の鱗粉が反応を起こして火花じみた光と音を鳴らす。
闇色の魔力光。
スラ子に痛打を与えた、その魔法の発動を前にして、スラ子は退かなかった。
「――水はたゆたう。土は紡ぐ」
響く。静かに落ち着いた声。
闇が放出される。
至近距離でそれを浴びたスラ子は動じない。
悲鳴もなければ、のけぞりもしない相手に、
「……ううっ」
恐れるように、タイリンが唸り声をあげた。
「闇は、――覆う」
スラ子の声。
それは、後ろから聞いていて顔を見れない俺にも、なにかぞっとする響きを持ち合わせていて。
「ううううううううう!」
連続する火花。
闇が生じ、弾け、光と交差する。
激しく点滅する視界のなかで、タイリンが絶叫じみた声をあげ、
「あなたが、私のなにを覆おうとしたって――それを全部、食べてしまえばいいんでしょう!?」
スラ子が吠えた。
「マスター!」
声が、立ち上がることを強制した。
考える前に走り出す。
「あああああああああああああああ!」
タイリンが叫ぶ。
闇色の魔力が極限まで膨らんで、ふっと消失する。
ふらり、と小さな身体が揺れた。
それを抑えていたスラ子の身体も揺れ、力尽きたように倒れていく。
――スラ子、と呼びかける一呼吸分も許されない。
俺にそんな余裕は許されていない。
カーラが、スケルが、シィが、そしてスラ子が。
俺のわがままを叶えるために無理をしてくれた全員の行いを無駄にしないために、今はただ限界まで手を振り、足を投げ出して、目の前の相手に突進する。
こちらの接近に気づいたタイリンが朦朧としたままナイフを構える。
途方もない反復練習が、半ば意識のない状態でも適切な行動を呼び起こす。
心臓めがけて突き出されるナイフを、俺は左の手のひらで受け止めた。
痛みはない。
ただ痛すぎて痛覚が吹っ飛んでるだけかもしれないが、どうでもいい。
相手からの攻撃を受け、次の一拍を数える前に、俺は身体ごとタイリンに体当たりをした。
転がる。
転がって転がって、よくわからないうちに姿勢が馬乗りになっている。
タイリンのナイフは、俺の手のひらに深々と突き刺さったまま。
小さな暗殺者は、まだ朦朧とした状態でこちらのことを見上げている。
「――」
その口元が、なにかをかたどった。
マギ、に見えた。
錯覚かもしれないけれど。
「……さっき、ちょっと間違えてた」
呼びかける。
大の大人が、自分より十も違いそうな小さな女の子にのしかかって。
ずきんずきんとしゃれにならない痛みを訴えだす左手に、あと数秒だけでもいいから耐えてくれ俺の涙腺と奥歯を噛みしめ、喉の奥から言葉を搾り出す。
「俺は、悪いヤツじゃなくて。――悪い友達だ。タイリン。お前の、友達だ」
――それを聞いた、タイリンの表情に変化はなかった。
当たり前だった。
友達だなんだといったところで、場の勢いでかわしただけの言葉にいったいどれほどの力がある。
子どものころから人を殺す訓練を受け続けてきた相手の心に、いったいなにが響く。
言葉の奇跡は、たとえ実在したって今この場には訪れない。
俺は、そんな奇跡に値することをしてきていない。
そして、そんな奇跡だなんていう都合のいいものを求めているのでもなかった。
ルクレティアがいったように。俺の器量はせいぜい、たった一人でせいいっぱいなのだから。
だったら、――たった一人から始めてやる。
「っつーわけで、まあ、宣言というか……前もって謝罪というか? だって友達ってそういうもんじゃないか。なあ」
人形じみた眼差しでこちらを見上げる相手に、段々と台詞があいまいになってくる。
こんな格好で、俺はいったいなにをいっているんだと気恥ずかしくなり、息を吸った。
「……なんだ。そう、とりあえず、よろしくな」
覚悟を決めて振り下ろす。
手ではなく頭を。
盛大に、火花が散った。
◇
気がつくと、四人に見おろされていた。
スラ子、シィ、カーラ、スケル。
「マスターっ」
「お目覚めですかい、ご主人」
「ここは……って――」
ずきん、と頭に響いた。
「痛ったあああああ!」
ごろごろとのたうち回る。左手が地面に触れて、それでまた激痛が走った。
「ぎゃああああああああああ!」
「なにをやってるんですか」
やれやれといったスラ子の声が降ってくる。
「左手と、頭。手の傷はばっちり貫通しちゃってますし、頭のたんこぶもひどいです。大人しくしてください」
「うおおおおお、マジで痛い!?」
「当たり前です」
はっと気づいた。
「お前らこそ、怪我――」
右腕を切り飛ばされたスケルは、もうしっかりくっついて怪我のあとさえ見えない。
カーラは、わき腹を包帯で巻いていて、顔色は悪くない。
直前までスラ子に魔力供給をしていたシィも疲労の色は濃いが、大丈夫そうだ。
そして、
「大丈夫です」
にこりとスラ子が微笑んだ。
「全員、無事です。マスター」
澄んだ半透明の質感は黒く濁った様子もなく、表情はいつものように柔らかい。
それはもしかしたらただの強がりかもしれなくて、でもそれを聞いて全身の身体が抜けてしまっていた。
「そっか。――よかった。よかった……」
うなだれる。
すぐに頭を跳ねあげた。
「タイリンは!」
「彼女は、そちらに」
すぐそばに小さな暗殺者が寝かされていた。
俺の渾身の頭突きで気絶して、そのまま目覚めていないらしい相手は、そのあらわになったおでこが赤く腫れあがっている。
自分もそんなふうになっているのかとそっと額に触れてみて、激痛に飛び上がった。
「……っ~~!」
あまりの痛さに声もない。
「にしても、こんな女の子に全力で頭突きとは、ご主人もひどいことするっすねえ」
「しかも、馬乗りになってなにか格好いいこといってましたからね」
「聞いてたのかよ!」
そんなまさかと愕然として四人を見ると、
「もちろん。聞いてました。ねえ、シィ、カーラさん」
にやにやと楽しそうにスラ子が話を振って、
「えっと。うん。……聞こえちゃいました」
「……俺は、悪い友達」
申し訳なさそうなカーラのあとに、ぽつりとシィがつぶやく。
いつの間にかその胸元に抱かれたドラ子が、けらけらと手を叩いていた。
「いやあ、ご主人もいうときはいうんですねぇ。感心しました」
「ふふー。最後はきちんとマスターっぽかったですけどね」
「やめて! 痛い! 心が痛い!」
恥ずかしさのあまり、俺はごろごろと地面を転げまわる。
「それで、マスター。これからどうしますか?」
一転、真面目な口調でいわれてしまい、もだえるのをやめて起きあがる。
周囲では、これでもかと撒かれまくった妖精の鱗粉の発光現象がおさまりつつあった。
暗闇が徐々に勢力を戻しつつある。
そのなかで、すぐ近くで昏倒している小さな暗殺者を見おろして、
「……そうだな」
まだなにも解決していない。
タイリンのこと。町のこと。
やらなければいけないことはたくさんあって、それを考える時間は多くない。
だが、それぞれ怪我だってあるし、全員が疲れてもいる。
とりあえずはタイリンを連れ、外れの家に戻ろうと口を開きかけて、
「――ご苦労様でした」
冷ややかな声が響いた。
そして気づく。
妖精の鱗粉の最後の発光がとだえ、完全な夜の闇に戻った一帯に無数の灯りが燃えている。
それはカーラが用意してくれていた焚火の数より明らかに多かった。
十、二十。
その焚火の横に、幽鬼のような表情が揺れている。
――いつの間にか、町の人間が俺たちを取り囲んでいた。
それを従えているのは、金色の髪を長く伸ばした美貌の女性――ルクレティア。
「マギさん、カーラさん。賊の捕縛、ご苦労でした。さあ、それをこちらにお渡しなさい」
言葉には、有無をいわせぬ強制が込められていた。




