プロローグ
「あのう‥、隣あいてます?」
通路側を振り返ると、いかにも人の善さそうな中年の婦人が、僕の隣の席を窺っていた。
「あ、どうぞ‥あいてます‥」
無理矢理に、恐らくはた目には引きつったような不自然な笑顔を浮かべ僕は快諾した。
婦人は土産めいた紙袋をドサッと下ろすと同時に豪快なスライディングでシートにもたれこんだ。
列車は名古屋を出発するとさらに速度を増していく。
弾丸列車とは良く言ったものだ。昔の人間のイマジネーションというのは本当に素晴らしい。
まさに弾丸のようなスピード。
この車内にはとんでもない数の人間が乗り合わせており、且つそれぞれが家族を持ち‥。
ダメだ。どうもいけない。列車でのひとり旅はついつい感傷に浸ってしまう。
感傷ついでに上着のジャケットに入れた携帯を取り出す。
愛着のある見慣れた名前の差出人。
ディスプレイに浮かび上がるその文面を目で追うごとに涙があふれてくる。
肝心な部分が滲んでしまう。
本当の涙というのはとてもとても熱いものだ。
そして涙というやつはこちらの思い通りには止まってくれない。
婦人に気取られたくない一心であわてて車窓に目をやる。
トンネルを抜けると西日が強い。
ふと、ブラインドを下ろそうと手を上げかけたが‥。
どうやら隣の婦人は外の景色にご執心のようだ。
まあいい。じゃあちょっとの眩しさぐらい我慢しようじゃないか。
こんな些細な我慢なんて何でもない。
今までだって我慢してきた。
これからだって我慢しなければならぬことは山のように有る筈なのだ。
普通なら。
普通なら。
だが僕にはそんな心配は要らないのだ。
だって。
僕は今日で死ぬのだから。