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The Small and The Big World〜現在〜

 あの時、いつも私の目の前に広がっていたのは、「小さくて大きな世界」だった。


 季節外れの白詰草、最後の葉は、戸惑いながら飛び立つ。

 それは、不思議な世界。

 横長の長方形をした、自らの2つの瞳に収まる、小さくて、でもその奥にあるものは大きい、光放つ、眩しい世界。

 偽りの名で語る、真実の会話。

 手先に触れる、限られた動作で広がる言の葉。

 私が伝えようとする、あの時も、会話が流れていく。

『北海道行くの??』

『そうだよ~~』

『じゃぁ 会えるかなww』

 画面を通して語る会話。それは現実にある、「先輩」とか「後輩」などの境界を曖昧にしてくれる。

 私はまだ慣れないタイピングを必死で打った。

 遠い皆と、出来るだけ近くにいたかったから・・・




「そうだ明里!この夏休み、何処か遠いところへお泊りしない??」

 高校一年の7月。期末テストの成績が返され、少し教室がざわついていた。

 外はもう、直射日光とアスファルトからの熱の反射でじめじめとする暑さ。この学校もさすがに、クーラーを付け始めた。

 そんな中、私の席の端に両手を軽く掛け、私を下から見上げるこの()がきらきらとその瞳を輝かせながら言ったのだ。

「また唐突だなぁ・・・」

「でもさ、もう高校生なんだよ?友達だけで、好きなところ行きたくない??」

「まぁ、そうだね」

 あまりにも急な提案で少し動揺したが、考えてみればそういう夏休みもいいなと感じた。

「うん、いいかも」

 そう言うと、この花は嬉しそうに、子どものように笑った。

 人生で輝くときなんて、何十年も生きている中で、きっとこの高校生活付近の数年間しかない。若くして偉そうなことを言っているかもしれないけど、人生なんて、ゲームのようにやり直すことは出来ないから、そういうことは早い段階から認識しておきたい。だったら、この3年間、出来るだけ充実したものにしたいと思う。

「じゃあ、何処行きたい?何泊するの?」

 そしてそれなら、きちんと計画を立てて、無駄のないような夏休みにしたい。・・・こういうの、この花曰く「ちゃっかりさん」というらしい。

「うーん、高校生っていっても1年生だし・・・一泊二日でいいんじゃないかな?」

「そうだね。行き先は・・・」

『神奈川かぁ いいなぁ』

 私はいい行き先を色々と考えてみた。海、登山、避暑地・・・京都でお寺めぐりっていうのもあり。

『じゃあ、今度来てみる??』

 でも、何故か・・・

『うん!!行ってみたい!!!』

 不意に昔の会話が頭をよぎる。

『あたしも行きたいけど、新幹線使わなきゃ無理だね』

『でも、たぶん私もだよ♪』

 ・・・いつの間にか重くなった、固い口を開く。

「・・・『東京』で買い物三昧、とか楽しそうじゃない?」

「いいねぇ!!」

 結局、その「昔」に負け、先ほどまでの頭に浮かんだ案を押し切ってしまった。


 どうしてか、最近あの時の映像がよみがえる。

 それは、出会ったのが夏だったからか、それとも・・・あの時のみんなと同じ年齢になったからなのか。

 どうしてかは解らない。

 でもそれは、今でも忘れられない、私の近くて遠かった、今はもう会うことの出来ない仲間との記憶・・・。




 出会いはパソコンしていた時、あるサイトのチャット機能だった。

 部屋がいくつかに分けられていて、ドアを叩けば、そこには都道府県の遠近を越えた、現実では見られない絆が見て取れる。

 中学二年の夏、そんなチャット機能にはまっていた私は、1つの部屋の扉を開けたのだ。 そこで出会ったのが、「ぁず」・「てぃらみす♪」・「飛鳥」の3人だった。目の前で繰り広げられる会話は、私にとってとても輝いているように思えた。

 だから、その仲間に加わったのだ。

 そこで私に付けた偽りの名は「明」。自分の名と同じ「あかり」と書いて、いつか聞いた「みん」という読ませ方をした。

『明って・・・あかりって読めばいいのかな??』

『いえ、みんって呼んでください』

 そんな会話も、あった気がする。

 ぁずはその時、短大の1年生。てぃらみす♪は高校3年生。飛鳥は高校1年生と言っていて、私は4人の中で1番年下だった。

『みんなはどこすみ?? アタシは神奈川』

『おっ 私も神奈川だよー』

『あたしは北海道』

 皆の住んでいるところを見て、少し遠いと思った。

 それでも、この小さな画面を通せば、そんな遠いところとでも会話が出来る。

 それから2時間か3時間ぐらいずっとその部屋で話していた。自分のことや周りの話。学校の流行りとか、芸能界の話・・・話の内容はいつしか何気ないことばかりになっていた。近くに居ないからこそ言える、友人の愚痴も、いつの間にかみんなで語っていた。そして最初に使っていた敬語は、時間が経つごとに消えていったのだ。

『そろそろおいとまする???』

『そうだね もうこんな時間だし』

 それを見て自分の部屋を見渡すと、カーテンの閉まっていない窓の外はもう真っ暗になっていた。タンスの上に置かれた時計を見ても、とうに夜の7時を超えている。

『えー 結構楽しかったのになぁ』

『うんうん!! このチャット始めて、こんなに楽しかったことないよ!!!』

 そこで切り出したのが、ぁずだった。

『じゃぁ、アタシのブログ来る??』


 その後私たちは、ぁずが自分のブログに作った新しいページのコメント欄を利用して、ときどき話すようになった。

 何もかもが他愛もない話で、きっとここでしか会うことの出来ない、一生それぞれの顔を見ることもないだろう関係だけど、それでも私にはみんなの笑う姿がよく浮かんでいた。

 1番年下ともあって、ときどき分からない会話もあったけど、頑張ってついていった。今思えば、そういうもどかしさが見えない画面の上だからこそ、頑張れたんだと思うんだ。


『高校の勉強がわからなーい!!!』

 飛鳥が不意に、そんなことを叫んだ。いや、叫んだのかどうかは分からない。でも、「叫んで」いたように見えた。

『高校の勉強って、そんなに難しいの?』

 私はあの時、中学校の授業はなんとなくだけど、全てきちんと理解していたし、高校もきっと、そんなものだって思ってた。だからこの言葉が来たときは、すこし驚いたのだ。

『難しいよー 中学とは比べ物にならない(^_-)-☆』

『今度成績悪かったら、ケータイ取り上げとかないよ・・・』

『大丈夫っ アタシも高校時代は赤点なんて何度も取ったことあるよ(ノ-△-)ノ』

『ぁず それフォローになってない(笑)』

 悩みを発しているのに、楽しそうに語るみんなは、すごく笑っているように見えて、それを見ている私も何だか楽しくなった。

 そんな毎日が凄く楽しくて、家に帰れば階段をどたばた鳴らしながら2階の自分の部屋に入って、すぐにパソコンのスイッチを押していた。

 あの時、私がパソコンのスイッチを押すたび目の前で光りだす液晶画面の奥に広がるのは、触れることは出来ない、小さくて、でも私とみんなををつなぐ大きな世界に思えたんだ。


『荒らしが多いので、このブログを閉じたいと思います。

 新しいブログのURLを知りたい方は、コメかメールで知らせてください。』

 ぁずのブログのトップに、黒の太字で大きくそう書かれていたのは、3人とあって半年経つか経たないかの時だった。

 それを見たときは、もちろん新しいぁずのホームページを教えてもらおうと思っていた。新しい部屋でも、また何気ない話で盛り上がって、笑って・・・そう考えながら、マウスを滑らかに動かした。

 しかし、どうしてだろうか。同時に自分の心の何処かで、その行動を引き止めんとするものがいた。急にではない。もともとあったものが、膨らんでいく。膨らみは勢いを増し、気持ちを満たす。

 私はそれに負けじと、そのページ下にあるはずのコメント欄にマウスを動かす。


 だがそれが、私の心に再び拍車をかける。


『新しいの 教えて!!』

『荒らしって大変だもんね URL教えてくれない??』

『ぁずさんの新しいホームページ 教えてください』

 コメント欄には既に、たくさんのコメントが押し寄せていた。

 ぁずは私たちの部屋以外にも、何十個ものページを作っていて、サイト内の友達はたくさんいることなんて、もともと分かってた。それに、ぁずとてぃらみす♪は住んでいる場所が近いからか仲がよく、私と1番歳の近い飛鳥は自分のホームページを立ち上げて、みんなを招待していた。

 みんなと私との間に、「溝」を感じたのだ。

 いや、もともとあったんだ。私があのサイトのあのチャット部屋へ入ったときから、「大人」と「子供」の、境界が。

 拍車は、止まった。

「・・・もう、いっか」

 私は諦めた。

 それでも閉鎖直前まで、いつもの部屋で語った。もうすぐ会えなくなる、分かってるけど、それでも寂しくなんてなかった。ブログ閉鎖の話なんて、一度も出ることはなかったし、新しいブログの場所をせがまない私に、ぁずは何も言わなかった。みんなと、最後の最後まで、今までどおり、楽しく会話をしていた。


 ―そうして、ブログは閉じられた。



 美鈴のところから、この花がちょこちょこと可愛いしぐさで帰ってきた。

「どうだった?」

「田舎がいいって」

「田舎!?」

 この花・千菜・美鈴・そして私、この4人でのお泊り計画は、未だ目的地を決められないでいた。そして少し遠くに座る美鈴の意見を聞いてきたこの花の報告に、驚愕しているところである。

「どうするー?」

 あまりの意見の違いに悩まされていると、教壇に立っていた先生が席に着くよう生徒に促した。

「じゃあ、あとで集まって決めようよ」

「わかった」

 小声でそうつぶやくと、この花は自分の席へと舞い戻っていった。



 先ほどまでの喧噪は消え去り、教室に静寂が満ちてくると、先生は教壇に美しい身なりで立ち、ゆっくりとルージュに染まった口を開いた。

「えー、明日の予定ですが、明日は1時間目から塾から先生をお招きして、学年全体で大学受験についての講義を聴いてもらいます。」

 高校受験が数ヶ月前に終わったばかりなのに、進学校であるこの高校では、早くも大学受験の話である。

 今の私は、どこに向かおうとしているのかが分からなくて、勉強する意味も分からず、ただぼーっとしているだけである。当然、難易度の上がった勉強が進まなくて、中学生に維持してきた成績は、下降傾向にあるのみだ。

『高校の勉強がわからなーい!!!』

 そう。飛鳥が言ったあの言葉は、正しかったのである。

 今ではその成績のために、母に怒られてばかりで、あの時の笑顔なんて、もう忘れてしまった。


 でも・・・


 みんなと会ったとき、私がまだ中学生で、あの辛さが分からなかったとき、高校生活を経験しているみんなはすごく楽しそうに笑っていた。それは私が追いつけないほど眩しかったのだ。

 今では画面の向こうで輝いていたみんなは、私にとって憧れの存在である。

 ねぇ、今みんなはどうしてる?ぁずは大学を卒業して、就職とかしたの?どういう会社?てぃらみす♪は高校卒業したよね。大学とか行ったのかな?飛鳥。飛鳥はもう高校3年生なんだね。大学受験はするの?受験ってさ、大変だよね。私も今年、初めて経験したんだ。

 ・・・私?私は高校生になったんだ。憧れていた可愛い制服で、初めて電車で通学して、学校での友達も、いっぱい、いっぱい出来たんだよ・・・

 そう、みんなに伝えたい。でももう、そのみんなに会う手段はない。

 ぁずの新しいブログの場所も、飛鳥の初めて立てたホームページも、あの広いインターネットの中では何処にあるのか分からないのだ。

 家に帰れば、自分の部屋に入って最初に目に飛び込むのはいつも、もうあまり付けることのなくなった、あの古いシルバーのノートパソコンである。そして時々付けて、インターネットにつなげば、真っ先に調べてしまうのは「ぁず」の文字。しかし、もうその検索結果に、あのブログは現れない。そうして私は勝手に、淋しさと孤独に浸るのだ。

 でも、高校生の私は前を見なければいけない。

 見た先に見えるのは、幸福や笑顔だけじゃない。苦難や、悲惨なことだってある。進んで行けば、立ち止まったり、壁にぶつかったり、ちょっとした事で転んじゃって・・・。そしてその度に思い出すだろう、あの時の楽しい日々を。でも私は、そんな現実に直面しても、絶対に諦めたくない。これから現れるどんな困難にも、いろいろ考えて、いろいろ手段を使って、必ず立ち向かってやる!!

 だから今は、勉強のことも、大学のことも、目に見える全てを受け入れて、身近なことから頑張って、いつかみんなに追いつくよ。


 だから・・・


 私はふと、まぶたをそっと閉じてみた。そこには、私が想像する、ぁずとてぃらみす♪と飛鳥の笑顔が、ゆらゆらと水面を揺らめくように浮かんでいた。

暗闇の中に浮かぶ3人、その笑顔は溶けるように、ほどけて、広がっていく・・・


『ばいばい。』


 私は心の中で、みんなにコメントを送った。


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