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Bloody Soldier〜暴露〜

 どんな人だって、隠したい過去があって、知られたくない真実がある。それはいつも明るく振る舞うあたしも同じ。


 季節外れの白詰草、3枚目の葉は空を舞い踊る。

 言葉を発しようとするたび、あたしは怖れる。その言の葉は何を含んでいるのか、相手に何を与えるのか、発言者にとってそれが曖昧であることが怖いのだ。


「ねぇ、千菜はどうだった?」

 ・・・あーあ。あたし、何してるんだろう。ときどき思う。

 友達は一番大切な存在。でも、一番恐ろしい存在でもある。学校で友達といれば、いろんなことを沢山話して、一緒に笑って、大切な時間をたくさんたくさん共有していく。それが楽しい。でもいなければ、休み時間を無言で過ごして、ただ淡々と授業で与えられる、何の変哲もない学問だけを押し付けられて、そうして1日が終わっていく。つまり友達に捨てられれば、もうそれは青春時代の終了の合図。だから友達の機嫌って、損ねたくないんだ。

 それでも・・・こんなふわふわして、へらへらして、なーんにも考えていなさそうな、ウザイ性格じゃ、ムカついちゃう人もいる。分かってる。でも、これはもう変えられない。


 涼しくて、騒がしい教室のある机で、あたしは机に両手を置いて、千菜を見上げていた。口角を上げ、にこにこして、その笑顔が千菜にも伝わるように、満面の笑みにする。千菜が手に持つ、期末テストの成績表をちょこっと下から見つめてみると、「21」という文字が微かに透けて見えた。

次に、千菜の顔を窺うと・・・少し、頬が歪んでいた。


 「また」か・・・。


 前にもあった。勉強の話して、こうやって、嫌な顔をしたの。きっとそれは、あたしの成績にあるんだと思う。自慢とかじゃないんだけど、あたし、よくテストで2位とか3位とか取るから・・・千菜は人一倍勉強を頑張ってて、それにプライドが高いから、へらへらしてるあたしに負けているって言うのが、ムカつくんだと思う。

 でもね、あたしだって、それなりに努力している。本をたくさん読んで、学校から帰ったら復習して、分からないことは解決するまで、ずーっと向き合ってる。

 そういうあたしを、解ってほしい・・・

「・・・どうしたの、千菜?」

 あまりにも空白があって、少し怖くなった。だからちょっと明るく聞いてみる。

 しかし、千菜の鋭い視線が降り注ぎ、あたしの心に少し刺さった。

「・・・まぁまぁ」

 いつもより低い声。それがまた、あたしの不安を増大させる。

「そっか」

 千菜の機嫌が少しでも良くなるように願って、あたしは笑顔で答えた。

 それから、逃げるように前の明里の席に、さっきまでの体勢を維持したまま、うさぎのように跳び移った。

「ん?この()、どうしたの?」

 その優しい声と、自然な笑顔が、あたしを癒してくれる。区別とか差別とか、そんなことはしないように努力してるけど、でも何かあると、すぐに体が明里のところへ動いてしまう。

「ううん。何となく」

 あたし―この花はこんな自分が嫌いだ。みんなを包むような、そういう優しさを出したいのに、弱いあたしは、自分を護ることに精一杯。そのための「曖昧な優しさ」を、みんなに分け与えているだけ。変わりたいって思っても、変わろうとする機会がなくて・・・。


 そもそもあたし、どうしてこうなっちゃんたんだろう・・・




 もともとあたしは、生真面目な性格だった。ルールは正しい。だから、必ず破ってはいけない。どんなことも、世間で正しい方を選んだ。

「このはちゃん、まじめすぎだよ~」

 って、よく言われたけど、あたしは頑固で、それでも「真面目」を続けた。

 駄目な子は堂々と注意して・・・ううん、そんなの嘘。あの時からもう弱かったから、何かあればすぐ担任の先生に言って、先生が注意しているのを、ただ遠くから見守っているのが常だった。

 でもそれも、正しい行為だって、思ってた。


 小学4年生になって、少しずつ心とか体とかが大人になってきて、それが正しくないって何となく気付き始めた。何かを先生に言うたびに、みんなに睨まれていることに気付いたんだ。

 それから、いつの間にか周りから嫌われている自分がいた。睨まれ、陰でひそひそ言われて、時にはあたしにわざと聞こえるように言って・・・あの時の恐怖は、今でも覚えている。

 あの時、「人から嫌われる怖さ」を初めて知ったんだ。


 だから、変わろうって思った。誰からも嫌われない、良い人間に。


 でも、人から嫌われない、完璧な性格にするのは難しかった。どんな人間でも、短所はあるし、それは大抵隠しきれない。どうすればいいのかさえ、あたしには分からなかった。

 考えている間にも、みんなは襲ってくる。あたしはまるで、何百もの敵の攻撃を、無防備に独りで受けている様だった。

 教室という名の戦場、言葉という名の矢。クラスメートという名の軍隊は、独りの一般市民に攻撃を浴びせていく。数本の矢がその市民に当たり、血を流す。あたしはただ、こうしてやられていくだけなのだろうか・・・。

・・・ううん、イヤだ。そんなのやだ。やられていくだけなんて、イヤだよ。まだ矢が降ってくるのだとしたら、あたしはそんな戦場に、立ち向かいたい。


 ―なら、あたしは戦士になればいい。


 重くて強い鎧をまとって、敵の中を突き進んでいく。そして腰に携える太い剣を、思いっきり振り下ろすんだ。


 結果、身にまとったその鎧が、今のあたしである。

 明るくて、吹っ飛んでて、ふわふわ浮いてる。そしてどこかムカつく。周りの敵を味方へと替える鎧。しかしそれは重装備で、もう自分自体が見えない鎧。

 でもね、その鎧をまとうのも大変だったの。弱いあたしにとっては、装備するのも大変で、まとうためにも、あたしは傷ついた。今でも、何かをするたびに、その傷口は開いて、体を鮮血が伝う。

 あたしは、自分を護るだけで精一杯の、血まみれの戦士なのだ。




「そうだ明里!この夏休み、何処か遠いところへお泊りしない??」

 この高校に来て仲良くなった、明里と千菜、そして美鈴。3年間も一緒だから、もっと仲良くなっておきたいと思った。

 昔みたいに、嫌われたくないから・・・。

「また唐突だなぁ・・・」

「でもさ、もう高校生なんだよ?友達だけで、好きなところ行きたくない??」

「まぁ、そうだね・・・うん、いいかも」

 大人っぽい雰囲気をかもし出す明里は、あたしを見下ろしながら、優しく微笑んだ。その微笑を見ると、やっぱり心が安らぐ。それにつられてか、あたしも笑った。

「じゃあ、何処行きたい?何泊するの?」

 大人な明里は、すぐに大事なところをついてくれる。

「うーん、高校生っていっても1年生だし・・・一泊二日でいいんじゃないかな?」

「そうだね」

 また優しく微笑む。

 冷房が利いて、ひやっとする教室内は、まだざわついていた。さっき返されたテストの成績表を見せ合ったり、プールのことなんか話したり・・・明里の後ろに座る千菜はというと、一人で静かに本を読んでいた。

「行き先は・・・東京で買い物三昧、とか楽しそうじゃない?」

「いいねぇ!!」

 その言葉を聴いたあたしの脳内にはたくさんの絵が思い浮かんだ。今にも空に届きそうな、高くそびえるビル群。交差点を行き交う人々。夜になっても眠らない、ネオンの光る街並み。そして宝石箱のような夜景・・・!!自分の胸が、鼓動を早めながら高まっていく。

「千菜はどう?」

 明里が振り向いて呼びかけると、千菜は本を開けたまま、その凛とした顔を上げた。

 そして千菜に先ほどの計画を語ると、少し考え込んだ。

「いいけど・・・親が駄目って言うかも」

 そう言った千菜の顔は、少し悲しそうで、悔しそうだった。

 あたしはそういう顔を見るのが嫌い。まだ昔の正義が残っているらしくてさ、その悲しみを消したくなっちゃうの。

「じゃぁさっ、良かったら一緒に行こうね」

 あたしは満面の笑みで答えた。すると千菜は、少し微笑んでうなずいた。

「美鈴はどうだろう?何処か行きたいところとかあるのかな?」

「じゃぁ、聞いてくるね」

 そう言うと、あたしはしゃがんた足を伸ばし、思いっきり伸びをしてから、千菜の席から窓側の斜め後ろに座る美鈴の席に向かって、机と机の間を縫って進んだ。

 美鈴は左手で頬杖をつきながら、何処か遠くを眺めるように、窓の外を見つめている。クーラーの冷たい風が、美鈴の艶やかな黒く長い髪に触れ、微かにふわっと膨らんだ。

「美鈴。この夏休みね、4人で何処か行こうって言ってるんだけど、美鈴は行きたいところとかない??」

 美鈴の前の席に座っている人が教室の何処かに行っているらしく、きちんと仕舞われていない木製の椅子が、寂しそうに存在していた。あたしはその寂しそうな椅子に、背もたれを前にするような、本当はやってはいけない座り方で腰をかけ、美鈴に問うた。

 しかし美鈴はその声が全く聞こえてないらしく、未だ外を眺めていた。

「・・・聞いてる、美鈴?」

 覗きこむようにして美鈴に問いかけると、美鈴はハッとなって、何も理解していないようなきょとんとした目であたしを見た。

「え、えっと・・・何?」

 やっぱり、聞いていなかったらしい。何をそんなにぼーっとしていたんだろうと考えたけど、まぁ美鈴には美鈴の事情があると思って、深く考えないようにした。

「だーかーらー、この夏休み、4人でどこか行かない??せっかくの高校生なんだし、行こうよ!!ね、どこ行きたい??」

 美鈴の目はまだ虚ろで、どこを見ているか分からなかった。しかし、しばらくすると、また外を見て、こう呟いたのだ。

「・・・田舎に行きたいな」

 ・・・予想外だった。まさか田舎と来るとは。

「そっか。じゃぁ、行けそうなの?」

「うーん、多分」

「わかった」

 あたしは笑顔を見せて席を立ち、また机の草むらをくぐりぬけた。

「どうだった?」

「田舎がいいって」

「田舎!?」

 明里は唖然とした。そりゃそうだ。あたしだってビックリしたんだから。

 教室にいる生徒が生む喧噪に、あたしたちは包まれていた。



 あたしは、今この生活が好きだ。

 確かに鎧は被ってる。自分が見えない、重たい鎧を。でも、それでも、そんなあたしを受け止めてくれる友達がいるから、どれだけ血が流れても、いつの間にか苦しさなんてなくなって、重たいはずの鎧も軽く感じられて、今は毎日が楽しく感じる。


 人生は物語だって、格好つけてる人はよく言う。それぞれが、それぞれの物語の主人公なんだって。でもあたしはね、今「この花」という物語の立派な主人公を演じるよりも、「明里」・「千菜」・「美鈴」、この3つの物語の立派な脇役を演じて、3人の青春をより一層輝く物語にしたいって、そう思うようになったんだ。


 だから、

 あたしは輝き続ける。この、偽りの明るさで。


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