第51話:システムの崩壊と、北の大地に響く歓声
スコアボードが示す『58対45』という数字。
第3クォーターが終了し、第4クォーター開始までのわずか二分間のインターバル。
真駒内アイスアリーナを包み込んでいた地元・北海道代表への大歓声は、今や完全に困惑のどよめきへと変わっていた。
無理もない。誰もが予想だにしなかった展開だ。
平均身長で圧倒し、冷徹なシステムバスケットを展開するはずの『北海大付属』が、創部一年目の無名校『黎明高校』を相手に、第3クォーターだけで一気に突き放されたのだ。
北海大付属のベンチは、重苦しい空気に包まれていた。
巨漢のセンターはタオルを頭から被り、肩で激しく息をしている。彼らの強みである「機械のような正確さ」は、疲労という熱によってすでにメルトダウンを起こしかけていた。
「……相手の足が、全く止まらねえ」
北海大付属のキャプテンが、血走った目で黎明のベンチを睨みつける。
彼の視線の先では、黎明の選手たちが、まるで今試合が始まったばかりのような涼しい顔で水分補給を行っていた。
「いいか、第4クォーター。相手は必ず死に物狂いで来るぞ」
黎明のベンチでは、如月蓮が戦術ボードを手に、冷徹な声でメンバーに指示を出していた。
「13点差。バスケットボールにおいて、この点差は決して安全圏じゃない。相手はこれまで徹底してきた『インサイドでの手堅いシステム』を捨て、リスクを承知でアウトサイドからのスリーポイント攻勢、あるいはトラップディフェンスを仕掛けてくるはずだ」
「システムを捨てるって……あいつら、感情を持たない機械じゃなかったのかよ?」
鮫島豪が、スポーツドリンクを飲み干しながら首を傾げる。
「機械だからこそ、だよ」
データ分析の綾瀬涼香が、ノートPCの画面を見せながら補足する。
「彼らのシステムは『最も勝率の高い選択肢』を選ぶようにプログラミングされているの。時間がなくなる中、2点ずつコツコツ返していてはタイムアップに間に合わない。だから、確率が低くても3点を狙う『ハイリスク・ハイリターン』な戦術へ強制的に移行せざるを得ないのよ」
「……なるほどな。機械も追い詰められりゃ、最後はギャンブルに出るってわけだ」
陣内誠が、シューティングフォームの確認をしながら不敵に笑う。
「相手がギャンブルに出るなら、俺たちはどうする?」
黒木凌が、長い手足を軽くストレッチしながら蓮に問う。
「付き合う必要はない。俺たちは、徹底して『時間』を支配する」
蓮は、ボードをベンチに置き、立ち上がった。
「オフェンスは、ショットクロックを24秒ギリギリまで使え。無理に攻めず、相手の焦りを誘え。ディフェンスは、スリーポイントラインの外側にプレッシャーをかけろ。インサイドは白石と鮫島に任せ、外角のシュートだけは絶対に打たせるな。……勝つぞ」
「「「おうッ!!」」」
黎明の選手たちが、力強い雄叫びを上げてコートへと向かう。
ピーーーーッ!
運命の第4クォーター開始を告げるブザーが鳴り響いた。
北海大付属のオフェンスからスタート。
蓮の予測通り、彼らはインサイドへのパスを囮にし、ガード陣が強引にスリーポイントラインの外側でスクリーンをかけ、外角からのシュートを狙ってきた。
「打たせるかッ!」
黒木が長い手足を活かし、執拗なディナイ(ボールを持たせないディフェンス)で相手のシューターにプレッシャーをかける。
手足が長いため腰が高くなりがちだった黒木だが、合宿で叩き込まれたバイオメカニクスにより、低い重心を維持したまま、リーチの長さを最大限に活かした鉄壁のディフェンスを実現していた。
相手ガードが苦し紛れに放ったパスを、黒木は自慢の長い腕を伸ばして鮮やかにパスカット! そのままボールを前線の陣内へと供給した。
「クソッ……!」
パスコースを塞がれた北海大付属のポイントガードが、焦りから強引なドライブを仕掛ける。
しかし、その先にはすでに、カバーに入っていた蓮が待ち構えていた。
相手の重心のブレを完璧に読み切った蓮が、ドリブルの隙を突いてボールを弾き飛ばす。
「ターンオーバー!」
神崎コーチがベンチから叫ぶ。
こぼれ球を拾った陣内が、そのままフロントコートへと駆け上がる。
「速攻だッ!」
だが、陣内はスリーポイントラインでピタリと足を止めた。
そして、慌てて戻ってきた北海大付属のディフェンス陣を嘲笑うかのように、ボールを後方からゆっくりと上がってきた蓮へとパスした。
「……なっ!?」
速攻を止められたと思った北海大付属の選手たちが、呆気にとられる。
「焦るな。じっくり行け」
ボールを受け取った蓮は、あえて攻撃のスピードを極端に落とした。
ショットクロックのタイマーが、刻一刻と減っていく。
20秒、15秒、10秒……。
負けている北海大付属からすれば、時計の針が進むこと自体が最大のダメージだ。
「当たれ! ボールを奪えッ!」
焦燥に駆られた相手選手たちが、ダブルチームで蓮に襲いかかる。
その瞬間。
蓮は、相手の圧力が自分に向いたコンマ一秒の隙を見逃さず、死角からゴール下へ飛び込んでいた白石へ、針の穴を通すようなバウンドパスを通した。
「シィィィィッ!」
白石が、パスを受け取ると同時に、巨体を反転させて強烈なボスハンド・ダンクを叩き込んだ。
ドガァァァァァンッ!!
リングが激しく軋み、アリーナに衝撃音が響き渡る。
『60対45』。決定的な追加点。
「うおおおおおっ!!」
白石の咆哮に、黎明のベンチはお祭り騒ぎとなった。
対照的に、北海大付属の選手たちの足は、今度こそ完全に止まっていた。
圧倒的なスタミナの差、そして、感情を完璧にコントロールされた絶望感。
北の王者の誇る冷徹なシステムは、この瞬間、完全に崩壊したのだ。
その後も、黎明の優位は揺るがなかった。
蓮の完璧なゲームコントロールによって、時間は容赦なく消費されていく。
陣内がダメ押しのスリーポイントを沈め、鮫島がリバウンドをもぎ取り、黒木が長い手足でパスカットを連発する。
残り10秒。
ボールを持っているのは、如月蓮。
もはや、北海大付属の選手たちに、ファウルに行ってまで時計を止める気力は残っていなかった。
彼らはただ、コートの中央でボールを保持する蓮の姿を、呆然と見つめることしかできない。
蓮は、静かにスコアボードを見上げた。
点差は18点。
完璧な、完全勝利。
5、4、3、2、1……。
ピーーーーーーーーーーッ!!!
試合終了を告げる長いブザーが、真駒内アイスアリーナに鳴り響いた。
その瞬間、沈黙していたアリーナから、勝者である『無名校』に対する割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がった。
「勝った……勝ったぞおおおおっ!!」
鮫島が陣内に抱きつき、白石と黒木がハイタッチを交わす。
ベンチから神崎コーチ、綾瀬涼香、そして橘葵がコートへと飛び出してきた。
「みんな、お疲れ様! 本当に、本当にお疲れ様!」
葵が、目に涙を浮かべながら選手たちにタオルを配って回る。
蓮は、タオルを受け取ると、静かに息を吐き出した。
(インターハイ初戦突破。……だが、俺たちの目標はここじゃない。これは、全国制覇へのほんの第一歩だ)
熱狂に包まれるコートの中央で、かつてNBAの頂点を見た男の瞳は、すでに次なる戦いを見据えていた。
創部一年目、黎明高校バスケットボール部。
彼らの快進撃が、ついに全国の舞台で幕を開けたのである。
◇
――橘葵のマネージャーノートより。
一九九八年、八月某日。天候、晴れ。
インターハイ初戦、北海大付属戦。
試合終了のブザーが鳴った瞬間、私、我慢できなくて泣いちゃった。
北海道の代表校相手に、みんな本当に一歩も引かなかった。
手足の長さを活かして泥臭くディフェンスをし、何度もパスカットを決めた黒木くん。見事なシュートを決めた陣内くん。インサイドで体を張った鮫島くんと白石くん。
そして、誰よりも冷静にコートを支配していた蓮くん。
冷徹なシステムで迫ってくる相手の心が折れていくのが、ベンチから見ていてもはっきりと分かった。
合宿でみんなの筋肉が悲鳴を上げるまで頑張った成果が、今日、最高の形で実を結んだんだ。
アリーナ中から降ってくる私たちへの拍手を聞いて、やっと「全国で勝ったんだ」って実感できた。
でも、みんなの顔にはもう「次」への闘志が燃えている。
怪我のケアも栄養管理も、まだまだ私の出番はいっぱいある。
このチームで、どこまでも勝ち上がっていこう。
明日も全力で、みんなをサポートする!
読んでいただき、本当にありがとうございます!
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
下にある【☆☆☆☆☆】の評価やブックマークをいただけると、執筆の大きな励みになります!
次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




