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フランダースの犬

掲載日:2026/04/27

フランダースの冬は冷たかった。

ネロはもう、ほとんど歩けなかった。足は棒のようで、腹は空っぽで、パトラッシュの体温だけが頼りだった。


「もうだめかもしれないなあ」


そう言いながら、ふと、思い出した。

あの教会の絵。昔、一度だけ見たことがある。布に覆われていたやつだ。


ネロは、ふらふらと立ち上がり、教会へ向かった。

中は暗く、誰もいない。静まり返っている。


あの絵は、まだ布に覆われていた。


「最後に、もう一度だけ……」


ネロは手を伸ばし、布を引いた。


するり、と落ちた。


現れた絵を見て、ネロは首をかしげた。


「……あれ?」


なんだか、おかしい。

前に見たときと、少し違う気がする。いや、違うどころじゃない。どこか安っぽい。色も浅い。


じっと見ているうちに、ネロは思い出した。


「これ、見たことあるぞ」


教会じゃない。もっと、身近な場所で。


頭の奥で、何かが繋がった。


爺さんだ。


ネロを育ててくれた爺さんは、貧乏なはずなのに、なぜか時々、やたら金を持っていた。あの時の、妙に余裕のある顔。


「……まさか」


ネロは教会を飛び出した。

体はボロボロのはずなのに、不思議と動いた。


山小屋に戻る。

久しぶりの場所は、静かで、冷えていた。


ネロは床板をめくった。

前に一度、爺さんが慌てて隠していた場所だ。


地下へ降りると、そこには——


絵、絵、絵。


積み上げられたキャンバス。

どれもどこかで見たことのあるような、有名そうな絵ばかり。


だが、どれも微妙に違う。


「……偽物か」


ネロはしばらく黙っていたが、やがて、笑った。


「なんだ、そういうことか」


それからのネロは、早かった。


爺さんの残した絵を持ち出し、町へ行き、売った。

最初は怪しまれたが、数が増えるにつれ、買う側も慣れていった。誰も本物かどうかなんて、真剣には見ていなかった。


金はどんどん増えた。


ネロは服を買い、家を買い、食べ物を買った。

パトラッシュにも、山ほど餌をやった。


「ほら、好きなだけ食え」


パトラッシュは嬉しそうに食べた。

毎日、食べた。飽きるほど食べた。


ある日、動かなくなった。


「……食いすぎだろ」


ネロは少しだけ困った顔をしたが、それだけだった。

埋めるのも面倒だったので、誰かに任せた。


その頃には、ネロはもう大富豪だった。


教会の絵も、いつの間にか本物にすり替わっていたらしい。

あるいは、最初からどうでもよかったのかもしれない。


ネロはもう、絵を見ても何も思わなかった。


代わりに、夜の街へ出かけた。

金でいくらでも笑う人間がいることを知った。


「こっちのほうが楽しいな」


ネロは笑った。


あの冬の日、教会で何を感じたのか、もう思い出せなかった。

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