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第5話 楽しい日々


 ある日の午後のこと。エルセリアは、成長期に入ったギルベルトの背が、いつの間にか自分を追い越そうとしていることに気づき、ふと思い立った。


「ねえ、ギル。せっかくだから、もっといろいろなお洋服を着てみない?」


 その一言が、平和な別邸を「着せ替え会場」へと変貌させた。


「……お嬢様。俺は、お嬢様を守るためにも常に動きやすい服装をすべきです。こんな、フリルやリボンがついた服が必要だとは思えません」


 ギルベルトは、まるで処刑台に登る囚人のような顔で、エルセリアが用意した貴族の騎士風のジャケットを羽織らされていた。上質なベルベット地に金糸の刺繍。マルタがどこからか拝借してきたという、最高級品だ。


「あら、とても似合っているわね! ギルは顔立ちが整っているから、こういう華やかな色が映えるのね」


 エルセリアは目を輝かせ、次から次へと服をギルベルトに当てていく。普段は言いたいことを何でも口に出す彼だが、エルセリアに「似合う」と言われると、拒絶する言葉が喉の奥で消えてしまう。彼は頬を赤く染め、大人しく彼女の着せ替え人形に徹していた。


(……エルセリアが楽しそうなら、それでいい。このまま、エルセリアの着せ替え人形として一生を過ごすのも、悪くないかもしれない……)


 ギルベルトがそんな陶酔に浸りかけた、その時だった。


「……お嬢様。一つ、提案があります」


 背後で見ていたマルタが、瞳の奥を怪しく光らせた。彼女の手には、なぜかギルベルトに着せる用には適していないように見える、ふりふりのリボンがこれでもかとあしらわれた可愛らしすぎるドレスが握られている。


「ギルベルトだけが着替えるのは不公平だとは思いませんか? お嬢様も、こちらを着てみるべきかと」

「えっ、私が? でも私、そんなに可愛いものは……」

「お嬢様。これは、お嬢様がどのような服を着てもいつも通りふるまえるようにするための訓練です。さあ、そこの仔犬。あなたも、お嬢様をエスコートする練習が必要でしょう? ならば、お嬢様が最も可愛く美しく見える衣装をあなたが選び、着替えるお手伝いをするべきです」


 マルタの言葉に、ギルベルトの脳内に雷が落ちた。

 『お嬢様を着せ替える』。その響きに含まれる、禁断の甘美さ。


「……先輩。たまには、いいことを言いますね」

「あら、お嬢様。ギルベルトの瞳が本気(ガチ)になりましたね」

「ちょっと、待って……! ギル、顔が近いですよ! ひゃっ、リボンを解かないで……!」


 立場は一瞬で逆転した。


 エルセリアが気づいた時には彼女自身がソファに座らされ、ギルベルトの手によって手際よく髪を解かれ、衣装を合わせられた。彼は至近距離でエルセリアの香りを吸い込みながら、恍惚とした表情で彼女を「自分好みの姿」へと変えていく。


「お嬢様、動かないで。……この金色のリボンの方が、あなたの髪に合う」

「あ、あの、ギル……? さっきから、髪に触れる回数が多い気が……」

「気のせいです」


 結局、エルセリアは、ギルベルトとマルタの完璧な連係プレーにより、頭の先からつま先まで可愛らしい姿に変身させられてしまった。




 ◇ ◇ ◇




 そのまま、食事の刻となる。食べる場所は、別邸の小さなダイニングルームだ。今日だけは、ギルベルトもエルセリアの隣で食事をすることを認められた。


「さあ、お二人とも。本日のメニューは、お嬢様が楽しみになさっていた牛煮込みと、焼き立てのパンです。ただし……」


 マルタは料理を並べ、ギルベルトの背筋に指を突き立てた。


「ギルベルト。……背筋が曲がった瞬間に、食事を没収します。お嬢様に完璧な給仕をしながら、完璧な作法で食べなさい」

「マルタ、厳しすぎない……?」

「こちらは、愛の鞭というものです。ギルベルトが無作法なふるまいをすれば、お嬢様の品も下げることになります。さあ、どうぞ食べてください」


 そこからは、まさに戦場だった。エルセリアが座ろうとすると、ギルベルトが音もなく椅子を引き、ナプキンを膝にかけてスプーンを手渡す。その動作があまりにも洗練されていて、逆に落ち着かない気分になる。


「お嬢様、どうぞ。……熱いですから、俺が冷ましましょうか?」

「ギルベルト。お嬢様は赤ん坊ではありません。甘やかしすぎです」


 マルタの鋭い視線がギルベルトを射抜く。エルセリアは慌てて煮込みを口に運ぶが、その横でギルベルトが、まるで獲物を監視する鷹のような視線を送ってくる。


(……エルセリアの、唇。……あぁ、食べたい。……煮込みになりたい……)


「ギルベルト。心の欲望が殺気となって漏れています。お嬢様が怯えているでしょう」


 着せ替え人形にされた挙句、一息つく暇もない晩餐。けれど、窓から差し込む夕日は優しく、三人の影を床に長く伸ばしていた。


 ひとしきりの食事が終わる頃。エルセリアは眠気を感じ、ギルベルトの肩に頭を預けた。


「お疲れ様です、お嬢様。……俺が、お部屋まで運びますね」


 ギルベルトは、まるで羽毛でも扱うように、エルセリアをお姫様抱っこで持ち上げた。マルタはそれを見て、微かに目を和らげながら後片付けを始める。


「やれやれ。お嬢様には、この狂犬をしっかりと飼い慣らしてもらいたいのですけどね」


 ギルベルトは、眠りに落ちたエルセリアの額に、マルタに気づかれないように口づけを落とした。


「……俺はすでに、エルセリアだけのものです。……一生、この鎖を外さないでくださいね、お嬢様」


 別邸の夜は、こうして更けていく。三人の「家族」としての時間は、大切に紡がれていった。

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