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第34話 修羅場デート

 

 エドワードがセレンに居座ってから三日。「エルセリア、君の瞳に映る景色を、私が独占したいのだ」という王子の強引な誘い(と、これ以上店先で騒がれては営業妨害になるというマルタの冷徹な判断)により、エルセリアは彼と半日だけ外出することになった。


 行き先は、街を一望できる見晴らしの丘。だが、当然ながら二人きりで済むはずがなかった。


「エルセ。その男の半径三メートル以内は汚染区域です。俺が常にこの扇で、不純な視線を跳ね返しますから」


 エルセリアの右側には、漆黒の戦闘服に身を包み、殺気を隠そうともしないギルベルト。


「閣下、いい加減にしてください。僕は痴話喧嘩の仲裁に来たのではありません……」


 左側には、死んだ魚のような目で竪琴を抱えるカイン。


「ははは! 賑やかで良いではないか。カイン、もっと祝祭にふさわしい曲を弾け。ギルベルト、貴様のその顔は湿気ているぞ。もっと私の王妃になる女性の隣にふさわしい、喜びの表情を作れ」


 そして正面には、太陽の光を反射して輝く褐色肌のエドワード。エルセリアは、溜息をつく暇さえなかった。




 ◇ ◇ ◇




 丘の上に着くと、そこには一面の菜の花が広がっていた。碧い海と黄色い絨毯の対比は、目を見張るほど美しい。


「素晴らしい光景だな。……だが、エルセリア。この花々も君の微笑みの前では色褪せるな」


 エドワードがさらりとエルセリアの手を取り、跪こうとした。その瞬間、シュバッ! という風切り音と共に、ギルベルトが差し出したピクニックシートが彼の膝元へ滑り込む。


「金だけの王。エルセの視界に入ろうとしないでいただけますか? 跪くなら、あちらの崖の淵でどうぞ」

「おっと、厳しいな。ならば立ち話で愛を語るとしよう。エルセリア、クレイウスへ来れば、毎日この花畑のような庭園を歩かせてやれる。君のその清らかな力で、我が国の砂漠を緑に変えてみないか?」

「……エドワード様。それは求婚ではなく、国家規模の労働要請ではありませんか?」


 エルセリアが苦笑しながら答えると、カインが後ろからボソリと呟いた。

「同感ですね。閣下、口説き文句が実務的すぎますよ。もっとこう、『君の吐息で、

私の凍てついた心が溶けていく』くらい言えないのですか?」

「貴様は黙っていろ、蛇。……エルセ、今のあいつの言葉を聴きましたか? 溶けるなどと、卑猥です。猥褻です。今すぐその耳を俺の愛の言葉で上書き保存させてください!」





 お弁当の時間になっても、静寂は訪れない。エルセリアがマルタと用意したサンドイッチを広げると、男たちの視線が火花を散らした。


「エルセリア、私に食べさせてはくれないか? 王族は、愛する者以外から食事を摂らないという伝統があってな(嘘)」

「その腐った舌を切り落とせば、何も食べなくて済みますよ。さあ、エルセ、こちらを。俺が選びに選び抜いた、最も美味しい水です」

「二人とも、エルセが困っているでしょう。……エルセ、僕に一口いただけないかな? 昨夜から何も食べていなくて、ふらふらするんだよ(演技)」


 カインまでが碧い瞳を潤ませて、弱々しくエルセリアに縋り付こうとする。


「もう! 皆さん、静かに召し上がってください! 喧嘩をするなら、私は一人で帰りますよ!」


 彼女がピシャリと言うと、三人は一瞬で背筋を伸ばし、無言でサンドイッチを口に詰め込み始めた。




 帰り道。夕日が丘をオレンジ色に染める中、少しだけ歩調が遅れたエルセリアに、エドワード王子がふと真面目な顔で語りかけてきた。


「……エルセリア。笑い話ではなく、私は本気だ。君のその救いたいという純粋な意志は、この小さな街に収まるべきではない。……だが、君がそれを望まない理由も、少しだけ分かった気がするよ」


 彼はエルセリアの隣を歩くギルベルトを一瞥した。


「……これほどまでに狂った愛を注がれ、守られている女を、力尽くで奪うのは不粋というものだな」

「……エドワード様?」

「だが、諦めるとは言っていないぞ。私は、君が自ら私の方へ歩きたくなるような、最高の男になってみせる。……次は、もっと豪華なデートを用意しよう」


 エドワードは悪戯っぽく笑い、彼女の指先に軽く口づけをした。


「……なっ……! 貴様、最後に隙を突いて……!! 死ね! 今度こそ死ねクレイウスの暴君!!」

「ははは! 追ってみろ、番犬!」


 夕焼けの中、全力疾走で追いかけっこを始める王子とギルベルト。それを呆れ顔で追いかけるカイン。


「ふふっ。……本当に、騒がしいですね」


 エルセリアは一人、黄金色に輝く海を見つめながら、小さく笑った。

 前世の彼女には、こんな風に笑える日は一度もなかった。彼女の日常は、明日もまた、目が回るような騒動に包まれるに違いない。けれど、それが今の彼女にとって、何よりも守りたい日常なのだった。

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