因習の園 5
そして受話器を下ろすと大きく息を吐き出して目の前に立っている人物を見た。
「浜中さんは……鷹司に戻ってもらいたいんですね」
警察庁長官である浜中勝彦は苦く笑むと
「萬田警部、俺を鬼のような人間だと思うだろう?」
と告げた。
「鷹司の正義感に付け込んで……全国巡回駐在員に戻らせようと思っている」
萬田横柄は息を吐き出して首を振った。
浜中勝彦は笑みを浮かべ
「俺はこの警察機構を守り、そして、人々のために正常に動かしていかなきゃならない。その為なら平気で鬼にもなれる」
と告げた。
「その代わり……鷹司の奥さんと亡くなった息子さんには永遠に頭を下げ続けなきゃならないな」
萬田横柄は笑みを返すと
「恐らく貴方は稀代の警察庁長官になると……等々力さんは言ってましたが俺も今そう思いました」
と言い
「だが、今回は確かに鷹司に同行してもらえて正直助かりましたので」
と敬礼して立ち去った。
浜中勝彦は萬田横柄が出て行くと窓の外から東京の町を見つめ
「俺の評価なんかどうでもいいんだ……ただ警察機構が正常でなければ社会の秩序はあっけなく壊れてしまう。それは社会の不幸だ。どれだけの人々に不幸が降り注ぐか」
俺はそれを悔いたくないだけだ、と呟いた。
翌日、陽は準備をと整えると千代と勇気に後を頼み、消防団の高瀬昭一に声をかけて東京に向かって飛び立った。
萬田横柄とは東京駅で待ち合わせをしていたので多くの人々が行き交う東京駅の待ち合わせの代名詞である銀の鈴待合場所へ行くと
「萬田さん」
と手を上げて駆け寄り
「お待たせしました」
と告げた。
萬田横柄は首を振ると
「いやいや」
と告げた。
陽はにっこり笑むと携帯を出して
「あ、赤木に今から向かうことを言っておきます」
と告げた。
萬田横柄は驚きながら
「おお?」
と目を見開いた。
陽は赤木勇介が出ると
「赤木、村の方には連絡を入れておいてくれたか?」
と聞いた。
赤木勇介はそれに
「ああ、全国巡回駐在員が定期巡回に行くと言っておいた。二人な」
と告げた。
陽は笑むと
「サンキュ、じゃあ、行ってくる」
と通話を切って、萬田横柄を見た。
「新幹線の中で話します」
萬田横柄は笑みを浮かべると
「ったく、化けやがったな」
と呟いた。
初めて会った時は新米も良いところであった。なんせ彼と赤木勇介が2年の交番勤務を終えて直ぐだったからである。
それから12年だ。
陽は何処か穏やかな視線で見つめてくる萬田横柄を見ると
「ソタイに入って俺と赤木の教育をしてくれたのが萬田さんだった。半年くらいだったけど、俺の基本を作ってくれたのはその半年だ」
と告げた。
「俺はその時の感謝は忘れていません」
萬田横柄は陽の肩を軽く叩いて
「お前は」
と言い
「忘れろ。その代わり次の人間にお前の全てを教えていけ。俺はそれで十分だ」
と告げた。
……そうやって警察機構は次世代へ次世代へと忘れていけないものの流れを作っていかないとならねぇ……
陽は足を踏み出して歩きながら敬礼をした。
「はい」
北陸新幹線に乗り指定席に座ると陽は萬田横柄に
「崩沢村は山間を縫うように走る道路が一本通っているだけの本当に閉鎖された場所なんです」
と告げた。
萬田横柄は頷いて
「そんなところだったのか」
と答えた。
萬田横柄は東京については良く知っているが他の地域はそれこそ観光客と変わらない程度の感覚しかないのだ。
陽は息を吐き出し
「そのため良く言われる閉鎖されたクローズドサークル的な場所で村の人たちは殆どがそれこそ村長がいたとしても千成家一族には敵いません。言い換えるとあの村は千成王国です」
と告げた。
「俺が最初に村へ行った時は多津川巡査の父親が村の人間で彼自身も村人だったので受け入れてもらえました。しかし、今回はその多津川巡査が千成家と衝突しての行方不明だとすれば」
それだけ状況は恐ろしく厳しいということである。
萬田横柄は腕を組み
「そう言うところなら宿泊施設もないだろう? どうするつもりだ?」
と聞いた。
陽はにっこり笑うと
「まあ、それは何とかなると思います」
と告げた。
「ならなかったら……1時間ほど走れば白馬なので問題ないかと思います」
萬田横柄は苦く笑みながら
「なるほど」
と答えた。




