第三話 時計の曲が流れる時 10
広々とした日本家屋でその一番奥にある縁側から日本庭園が見える部屋で松城剛一と向かい合いながら
「実は調べさせていただきたい事があります」
と一枚の紙を差し出した。
そこには田胡の字でメッセージが書かれていた。
『剛一様とお会いになってこれをお見せください。後は先生に全てを託します。宜しくお願いいたします』
下には楽譜が書かれていた。
剛一は真っ直ぐ見つめる月に
「先生の御心のままに」
と微笑んだ。
月は立ち上がるとその部屋の中にある剛一が初当選した時に購入した置時計を退けて下に置かれていたUSBを手にした。
「この楽譜はフランツ・ヨーゼフ・ハイドンの交響曲101ニ長調……時計と言う愛称で呼ばれる曲です」
告げて周囲を見回し
「貴方にお会いする時はいつもこの部屋と決まっているので田胡さんはこのような形で書かれていたのだと思います。この部屋の時計はこれだけですから」
と告げた。
「あと、初心と言う言葉も松城代議士に伝えたかったのでしょう」
剛一は息を吐き出すと
「田胡も悩んだことだろう。あれも愚かしいことをしたものだ。だがそう仕向けたのはわしかも知れない。生まれ落ちた時から道を決めて走らせてきた。わしは抵抗がなかったが剛志はそうではなかったのだろう」
と呟き
「嫁の菜摘と曾孫の更紗の事は安心してもらって構わない。私が責任を持って二人を守っていく。先日、田胡が来た時にそんな予感はしていた」
と言い、頭を下げると
「剛志の居場所は調べておいた……しかるべく……」
と告げた。
月はそれに応えるように頭を下げて
「かしこまりました」
と言いUSBメモリを手に立ち去った。
月は剛一の手配で待っていた車に乗り松城剛志がいる愛人宅へと向かった。
既に陽は暮れ夜の帳が町を包み込んでいる。
議員たちを回り終えてクタクタになっていた萬田と陽の元に勇介から連絡が入った。
「田胡健一の件で松城剛志のアリバイが崩れました。証拠もあります」
三人は合流すると捜査一課に連絡を入れ松城剛志が愛人のマンションにいると聞き向かった。
その夜は静かな夜であった。
先にマンションに着いたのは月であった。
剛志も祖父の言に逆らえず彼を部屋に入れた。
その姿を見て慌てて萬田と捜査一課の小守達夫が割り込んだ。
小守が手帳を見せると
「お話があるのでご一緒していいですか?」
と告げた。
月は剛志と愛人の女性を見て
「俺は構いませんが」
と告げた。
剛志も息を吐き出して中へと入れた。
月はマンションに設置されたオルガンを見ると埃が被ったそれの鍵盤に指を置き
「あちらの家では更紗ちゃんがピアノを毎日楽しそうに弾いていますよ」
と言い、顔を背けた剛志に
「剛一氏から伝言があります」
と言葉を続けた。
「奥様との離縁を認めるという事と『しかるべく』と」
剛志は目を見開き直ぐに下へと視線を向けた。
月は陽の横に行くとUSBメモリを渡して椅子に座りゆっくりとオルガンを奏でた。
インパクトのある出だしから緩やかに曲が流れ始め荘厳に壮大に音が広がっていく。
陽は小さく
「これは」
と呟いた。
それに勇介が眼鏡のブリッジを軽く押し上げて
「ベートベンの交響曲3番」
と言い、剛志の前に進むと
「田胡氏の事件のあった22時50分に中部国際空港の出口に貴方の姿がありました。貴方は20時50分発の那覇中部空港行きに乗り車で東京へと向かった。そして犯行に及びそのまま中部空港から今度は朝一の6時5分の那覇行きに乗って戻った。東京へ向かう高速道路のNシステムに貴方が運転する車が写っていました。搭乗者名簿も確認済みです」
と携帯を見せた。
「貴方は中部国際空港を利用して往復し田胡氏と接触をした。理由は恐らく10月18日の勉強会と言う名の組織ぐるみの収賄」
剛志はガックシと座り込んだ。
「田胡は前回の様子をこっそり録画していて……やめるように迫ってきた。議員として政策を作り戦えと……松城家の名を落してはダメだと」
……だが金が欲しかった……
「俺の自由にできる金がな」
陽はそれを聞き
「それで? 自由になった金で愛人囲ってそれがしたかったことなのか? そんなことの為にあんたを大切にしてくれている人を刺したのか?」
と聞いた。
剛志は一課に連行されながら
「ただ……いつもいつも縛られている気がしていた。それに反抗したかっただけなのかもしれない」
と呟き立ち去った。
月は二章を弾き終えると立ち上がり
「きっと目隠しされた状態でこれまで歩いてきたんだ。その目隠しを取りたかったんだと思う。間違った方法だったけどね」
と言うとそのまま立ち去りかけた。
陽は慌ててUSBメモリを
「あ、これ」
と呼びかけた。
月は振り向くと
「しかるべく」
と言い立ち去った。




