第一話 英雄の曲が流れる時 1
草むらの上を風が駆け抜けていく。
葉先は風に揺れ、その行く先を葉擦れの音と共に教えてくれていた。
小さな。
小さな。
鄙びた島の思い出。
太陽が輝くその下で朝から月が輝く日暮れまで駆けまわって遊んだ。
その一夏の思い出が ずっと ずっと 胸の中で残っている。
――季節は春。
爛漫の桜の季節。
それは辞令の季節でもあった。
鷹司陽はその辞令を手に大きく目を見開き、口をバカンと開けた。
一瞬、顎が外れそうになった。
東都大学法学部を卒業して警察学校に入り、夢にまで見た地域課の交番勤務になった。
所謂、お巡りさんだ。
東京都の山間の田畑に囲まれた奥多摩の田舎町で地域の人たちと挨拶を交わしながら自転車を漕いで犯罪の影がないかを毎日チェックして過ごしていた。
町の守り手の誇りと喜びがあった。
勤め始めた当初こそ挨拶をしてもヒソヒソ話で噂をされる毎日だったが、半年もすれば気軽に話をしてくれるようになって「あそこの川沿いで見知らぬ人が~」とか「あそこの空き家に人が~」とか話を持ってきてくれるようになった。
そのため少々『事件待ち』などというトンデモナイあだ名はついたもののそれでも解決して町を守っているぞ! このまま自転車お巡りさんで地域の平和を守っていくんだ! と気合を入れていたら2年ほどで警視庁の機動隊に行くことになった。
手にした辞令を前に思ったことは唯一つだけ。
「何故だー!」
である。
彼は小さくプルプルと震えながら
「……これ断ったら……ここにずっと置いてもらえますか?」
と涙目で上司である田中巡査部長を見つめた。
田中淳二巡査部長は部下の陽を優しく包み込むように見つめ慈愛の表情を浮かべたまま
「んー、警視庁の機動捜査隊とトレード」
とにっこり答えた。
それは暗にこの交番にお前の席はもうないぞ、という事である。
陽は辞令を落してそのまま泣き崩れた。
「まじかー!」
交番勤務2年で機動隊はある意味において出世できるコースである。
田中淳二は目の前で泣き崩れる陽を見下ろし
「いや、普通は泣いて喜ぶだろ。俺なら泣いて喜んで小躍りするぞ」
と心の中で突っ込んだ。
まさに、人それぞれの価値観の違いであった。




