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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第97話「リュミエル港 ― 波間に揺れる竜の心 ―」

 風が変わった。

 砂漠の乾いた息を抜けて、塩の匂いが混じる。

 遠くに広がるのは、海だった。

 陽光を受けて輝く群青――リュミエル港。潮風が肌を撫で、旅の砂を洗い流していく。


 ユウリたちは緩やかな坂を下りながら、港を見下ろした。

 白い屋根が並び、カモメの声が空を滑っていく。

 あれほどの戦闘のあとだというのに、街は穏やかに呼吸していた。


「……潮の匂い、久しぶり。」

 セリスが風に髪をなびかせ、目を細める。

 その横顔を見て、ティアがにやりと笑った。


「セリスってさ、やっぱり風の中が似合うよね。エルフって感じ!」

「そう?」

「うん! なんか、こう……絵になる!」

 ミナが小声で「主様の隣が似合う、の間違い」と呟き、ティアが聞き返す前に慌てて口を塞いだ。


 リアナは微笑みながら港の方を指した。

「宿を取りましょう。海沿いの街は宿も食事も少し高いですけど……皆さん、今はご褒美の時期です。」

「異論なし!」

 ティアが真っ先に手を挙げる。

 ミナも尻尾を揺らしながらうなずいた。

「主様、魚の匂いする。おいしいやつ。」

「食う前にまず休め。」

「やだ、食べてから寝る!」

「順序が逆だろ。」


 そんなやりとりの中で、街の喧騒が近づいてくる。

 潮の音、商人の掛け声、船のマストが軋む音。

 世界が少しずつ“戦場”から“日常”へと変わっていく。


◇◇◇


 港町の通りは、異国の香りで満ちていた。

 露店には香辛料、貝殻細工、帆布の衣――砂の国とはまるで違う彩り。

 ティアが目を輝かせて駆け出す。


「ねぇ見て! これ竜の鱗でできてる! ……あ、ボクのじゃないよ!?」

「どう見てもアクセサリーだ。戦闘用じゃない。」

 ユウリの言葉に、ティアは頬を膨らませた。

「もう、主様ってば真面目なんだから。こういうとこでは、笑って“似合う”って言うの!」

「似合う。」

「即答すぎ!」


 ミナは魚屋の前で足を止め、干物を見上げていた。

「ねぇ主様、これ……《改造》したら生き返る?」

「やめろ。それは食品だ。」

「うん……残念。」

 リアナはそんな二人を見て微笑む。

「相変わらず賑やかですね。セリスさん、疲れていませんか?」

「平気。風が、街を覚えてるみたい。」

「覚えてる?」

「……前に、この港を通った精霊がいたの。歌ってた。“ここには、まだ光が残ってる”って。」

 その声には、どこか懐かしさが滲んでいた。


◇◇◇


 やがて宿を取ると、荷を置いたユウリとセリスが二人きりになった。

 ティアたちは「食料調達!」と言い残し、路地へ消えていった。


 部屋の窓からは港の灯りが見える。

 遠くの桟橋で、子どもたちが縄跳びをしていた。

 その光景が、どこか昔のグランテールを思い出させる。


「……不思議ね。」

「何が?」

「あなたたちといると、世界が“動く”の。風も光も、全部、呼吸を合わせてくるみたい。」

「お前が感じてるだけじゃない。多分、そうなってる。」

 ユウリは窓を開け、潮風を吸い込む。

 その香りに混じって、わずかに鉄の匂いがした。


「この街、まだ奥に“修理が必要な場所”がある。」

「壊れてるの?」

「ああ。けど、人じゃなく“記録”が壊れてる感じだ。」

「じゃあ、直さなきゃね。あなたの仕事でしょ、改造師さん。」

 セリスの言葉に、ユウリは少し笑った。

「……そうだな。」


 夕日が沈み、灯台の光が港を照らす。

 その瞬間、遠くの波間で光が跳ねた。

 それはまるで、次の物語の幕を叩く合図のようだった。



◇◇◇


 夜。

 灯台の光がゆっくりと旋回し、港の波に銀の帯を描いていた。

 ユウリは宿の屋上に出て、潮風を吸い込んだ。

 静かな夜の中、遠くでカモメが鳴く。

 戦いを越えたあとの空気は、いつも少しだけ柔らかい。


「……ここにいたの、主様」

 背後から声がして、ティアが現れた。

 夜気に冷えた頬がほんのり赤い。

 彼女は屋上の手すりまで駆け寄ると、両手を広げて風を受けた。


「海って、あったかいね」

「海が、か?」

「うん。風がね、砂漠のときと違う。優しい匂いするの」


 ティアは目を閉じて、潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 髪が波のように揺れて、竜鱗のある頬が光を反射する。

 ユウリは少し離れた場所で、その横顔を見ていた。

 彼女の中にはまだ、戦いで得た熱が残っているようだった。


「主様」

「ん?」

「ボクね……最近、よく考えるんだ」

「何を」

「強くなるって、どういうことなんだろうって」


 ティアは手すりに肘をついて、海を見下ろした。

 夜の波が街灯の光を飲み込んで、黒と金の模様をつくる。


「ボク、昔は“強い”って、“誰よりも戦えること”だと思ってた。

 でも主様たちと旅してるうちに、違う気がしてきたの」


 言葉を探すように、彼女は拳を握る。


「誰かを守れるのも、笑わせられるのも……それも“強さ”なんじゃないかなって。

 セリスやミナ、リアナさんを見てると、そう思うんだ」


 ユウリは静かにうなずいた。

 ティアの声には、竜人の闘志ではなく、人としての温度があった。


「お前はもう十分強いよ」

「ほんと?」

「ああ。俺の見てきた“強さ”の中で、お前のは一番まっすぐだ」


 その言葉に、ティアの肩がわずかに震えた。

 風が吹き抜けて、竜の髪がユウリの頬をかすめる。

 ティアはそっと視線を逸らし、耳の先が赤く染まっていた。


「……主様、ずるい」

「何が」

「そういうこと言うと、ボク……変な気持ちになる」

「変な?」

「胸の奥がぽかぽかして、落ち着かなくなるの」

「それは悪くないことだ」

「悪くないけど、なんか……困る」


 ティアは頬を押さえながら笑った。

 その笑顔は、竜闘士ではなく、ひとりの少女のものだった。


「主様ってね、たまにすごく遠いの。

 ボクが手を伸ばしても届かないくらい」

「俺が?」

「うん。でも、だからこそ追いかけたいって思う。

 主様の隣に並んで歩きたいの」


 ティアの声は静かで、けれど確かな熱を帯びていた。

 ユウリは一瞬だけ言葉を探し、それから短く答えた。


「だったら、これからも走れ。

 俺は止まらない。お前も止まるな」

「うん」


 ティアはうなずき、再び夜の海を見た。

 風の匂いが少しだけ変わる。

 遠くの波間で、灯台の光が一瞬途切れた。


「……ねぇ主様」

「なんだ」

「ボクね、将来、主様の子どもが欲しいって思うときあるの」

 ユウリは思わず目を瞬かせた。

「……唐突だな」

「うん、意味はよく分かんないけど。でも、主様みたいな子を抱きしめたら、あったかい気がするの」

「そうか」

「でもね、今それ言うの、ちょっと恥ずかしい」


 ティアは笑って顔を隠した。

 その頬の熱を冷ますように、潮風が吹き抜けていく。

 ユウリは何も言わず、その風の音だけを聞いていた。


 やがて、ティアがぽつりと呟く。

「主様……ボクね、強くなりたい。もっと、主様の隣にいられるように」

「もうなってるさ」

「え?」

「お前は、もう俺の“手の届く場所”にいる」


 ティアの瞳がわずかに揺れた。

 それは、言葉にできない何かを確かめるような光。


「……うん」

 短い返事のあと、ティアは笑った。

 それは、戦場の咆哮とは違う、静かな笑みだった。


 夜の潮騒が遠くで響く。

 港の灯りが一つ、また一つと消えていく。

 その光が海面に落ち、まるで星のように揺れた。


 ティアはそのきらめきを見上げて呟く。

「ねぇ主様。明日も一緒に歩こうね」

「ああ」


 ――風が、ふたりの間をやさしく通り抜けた。


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