第97話「リュミエル港 ― 波間に揺れる竜の心 ―」
風が変わった。
砂漠の乾いた息を抜けて、塩の匂いが混じる。
遠くに広がるのは、海だった。
陽光を受けて輝く群青――リュミエル港。潮風が肌を撫で、旅の砂を洗い流していく。
ユウリたちは緩やかな坂を下りながら、港を見下ろした。
白い屋根が並び、カモメの声が空を滑っていく。
あれほどの戦闘のあとだというのに、街は穏やかに呼吸していた。
「……潮の匂い、久しぶり。」
セリスが風に髪をなびかせ、目を細める。
その横顔を見て、ティアがにやりと笑った。
「セリスってさ、やっぱり風の中が似合うよね。エルフって感じ!」
「そう?」
「うん! なんか、こう……絵になる!」
ミナが小声で「主様の隣が似合う、の間違い」と呟き、ティアが聞き返す前に慌てて口を塞いだ。
リアナは微笑みながら港の方を指した。
「宿を取りましょう。海沿いの街は宿も食事も少し高いですけど……皆さん、今はご褒美の時期です。」
「異論なし!」
ティアが真っ先に手を挙げる。
ミナも尻尾を揺らしながらうなずいた。
「主様、魚の匂いする。おいしいやつ。」
「食う前にまず休め。」
「やだ、食べてから寝る!」
「順序が逆だろ。」
そんなやりとりの中で、街の喧騒が近づいてくる。
潮の音、商人の掛け声、船のマストが軋む音。
世界が少しずつ“戦場”から“日常”へと変わっていく。
◇◇◇
港町の通りは、異国の香りで満ちていた。
露店には香辛料、貝殻細工、帆布の衣――砂の国とはまるで違う彩り。
ティアが目を輝かせて駆け出す。
「ねぇ見て! これ竜の鱗でできてる! ……あ、ボクのじゃないよ!?」
「どう見てもアクセサリーだ。戦闘用じゃない。」
ユウリの言葉に、ティアは頬を膨らませた。
「もう、主様ってば真面目なんだから。こういうとこでは、笑って“似合う”って言うの!」
「似合う。」
「即答すぎ!」
ミナは魚屋の前で足を止め、干物を見上げていた。
「ねぇ主様、これ……《改造》したら生き返る?」
「やめろ。それは食品だ。」
「うん……残念。」
リアナはそんな二人を見て微笑む。
「相変わらず賑やかですね。セリスさん、疲れていませんか?」
「平気。風が、街を覚えてるみたい。」
「覚えてる?」
「……前に、この港を通った精霊がいたの。歌ってた。“ここには、まだ光が残ってる”って。」
その声には、どこか懐かしさが滲んでいた。
◇◇◇
やがて宿を取ると、荷を置いたユウリとセリスが二人きりになった。
ティアたちは「食料調達!」と言い残し、路地へ消えていった。
部屋の窓からは港の灯りが見える。
遠くの桟橋で、子どもたちが縄跳びをしていた。
その光景が、どこか昔のグランテールを思い出させる。
「……不思議ね。」
「何が?」
「あなたたちといると、世界が“動く”の。風も光も、全部、呼吸を合わせてくるみたい。」
「お前が感じてるだけじゃない。多分、そうなってる。」
ユウリは窓を開け、潮風を吸い込む。
その香りに混じって、わずかに鉄の匂いがした。
「この街、まだ奥に“修理が必要な場所”がある。」
「壊れてるの?」
「ああ。けど、人じゃなく“記録”が壊れてる感じだ。」
「じゃあ、直さなきゃね。あなたの仕事でしょ、改造師さん。」
セリスの言葉に、ユウリは少し笑った。
「……そうだな。」
夕日が沈み、灯台の光が港を照らす。
その瞬間、遠くの波間で光が跳ねた。
それはまるで、次の物語の幕を叩く合図のようだった。
◇◇◇
夜。
灯台の光がゆっくりと旋回し、港の波に銀の帯を描いていた。
ユウリは宿の屋上に出て、潮風を吸い込んだ。
静かな夜の中、遠くでカモメが鳴く。
戦いを越えたあとの空気は、いつも少しだけ柔らかい。
「……ここにいたの、主様」
背後から声がして、ティアが現れた。
夜気に冷えた頬がほんのり赤い。
彼女は屋上の手すりまで駆け寄ると、両手を広げて風を受けた。
「海って、あったかいね」
「海が、か?」
「うん。風がね、砂漠のときと違う。優しい匂いするの」
ティアは目を閉じて、潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
髪が波のように揺れて、竜鱗のある頬が光を反射する。
ユウリは少し離れた場所で、その横顔を見ていた。
彼女の中にはまだ、戦いで得た熱が残っているようだった。
「主様」
「ん?」
「ボクね……最近、よく考えるんだ」
「何を」
「強くなるって、どういうことなんだろうって」
ティアは手すりに肘をついて、海を見下ろした。
夜の波が街灯の光を飲み込んで、黒と金の模様をつくる。
「ボク、昔は“強い”って、“誰よりも戦えること”だと思ってた。
でも主様たちと旅してるうちに、違う気がしてきたの」
言葉を探すように、彼女は拳を握る。
「誰かを守れるのも、笑わせられるのも……それも“強さ”なんじゃないかなって。
セリスやミナ、リアナさんを見てると、そう思うんだ」
ユウリは静かにうなずいた。
ティアの声には、竜人の闘志ではなく、人としての温度があった。
「お前はもう十分強いよ」
「ほんと?」
「ああ。俺の見てきた“強さ”の中で、お前のは一番まっすぐだ」
その言葉に、ティアの肩がわずかに震えた。
風が吹き抜けて、竜の髪がユウリの頬をかすめる。
ティアはそっと視線を逸らし、耳の先が赤く染まっていた。
「……主様、ずるい」
「何が」
「そういうこと言うと、ボク……変な気持ちになる」
「変な?」
「胸の奥がぽかぽかして、落ち着かなくなるの」
「それは悪くないことだ」
「悪くないけど、なんか……困る」
ティアは頬を押さえながら笑った。
その笑顔は、竜闘士ではなく、ひとりの少女のものだった。
「主様ってね、たまにすごく遠いの。
ボクが手を伸ばしても届かないくらい」
「俺が?」
「うん。でも、だからこそ追いかけたいって思う。
主様の隣に並んで歩きたいの」
ティアの声は静かで、けれど確かな熱を帯びていた。
ユウリは一瞬だけ言葉を探し、それから短く答えた。
「だったら、これからも走れ。
俺は止まらない。お前も止まるな」
「うん」
ティアはうなずき、再び夜の海を見た。
風の匂いが少しだけ変わる。
遠くの波間で、灯台の光が一瞬途切れた。
「……ねぇ主様」
「なんだ」
「ボクね、将来、主様の子どもが欲しいって思うときあるの」
ユウリは思わず目を瞬かせた。
「……唐突だな」
「うん、意味はよく分かんないけど。でも、主様みたいな子を抱きしめたら、あったかい気がするの」
「そうか」
「でもね、今それ言うの、ちょっと恥ずかしい」
ティアは笑って顔を隠した。
その頬の熱を冷ますように、潮風が吹き抜けていく。
ユウリは何も言わず、その風の音だけを聞いていた。
やがて、ティアがぽつりと呟く。
「主様……ボクね、強くなりたい。もっと、主様の隣にいられるように」
「もうなってるさ」
「え?」
「お前は、もう俺の“手の届く場所”にいる」
ティアの瞳がわずかに揺れた。
それは、言葉にできない何かを確かめるような光。
「……うん」
短い返事のあと、ティアは笑った。
それは、戦場の咆哮とは違う、静かな笑みだった。
夜の潮騒が遠くで響く。
港の灯りが一つ、また一つと消えていく。
その光が海面に落ち、まるで星のように揺れた。
ティアはそのきらめきを見上げて呟く。
「ねぇ主様。明日も一緒に歩こうね」
「ああ」
――風が、ふたりの間をやさしく通り抜けた。
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