第95話「フォール遺構 ― 砂下に眠る声 ―」
砂丘の向こうに、半ば埋もれた巨大なドームが姿を現した。
湿った風もなく、ただ乾いた空気だけがのびやかに広がる。遺構と呼ばれるそれは、光を受けた外壁の一部が金属のように鈍く光り、ところどころに古い刻印が覗いていた。
ユウリはゆっくりと足を踏み出した。砂の感触が靴底に伝わる。
仲間たちの呼吸と、βの淡いホログラムが肩越しに揺れた。
「ここが……ゾルドの発信源だな」
《観測結果:内部多層構造。外層は崩落、地下に活性信号。人工改変の痕跡あり。》
「古い施設を改造している。奴は“古いもの”を食い物にする」
セリスが手のひらをかざし、砂の熱を読むように目を閉じる。
その横顔に、風が一瞬だけ濃い影を落とした。
「風が、違和感を告げてる。……ここは“生きている”というより“動かされている」」
ティアが肩を竦める。
「動かされてるって、誰に? 幽霊か?」
ミナが小さく顎を引いた。
「幽霊じゃないよ。機械の“声”がするの。うずうずするような……」
その言葉を境に、遺構の入口に足を踏み入れると空気は静かに変わった。砂が床に滑り落ちる音だけが、遠くで吸い込まれていく。
天井から垂れ下がる金属の蔓。壁面に刻まれた無数の歯車絵図。壁の亀裂から漏れる青白い光が、彼らの影を長く引き伸ばした。
《構文反応検知。空間全体に観測・制御用素子配置。外部から監視されている》
「見張られてる……か」
「見張りというか、見張られる対象を作ってる」
ユウリは手袋の指先で、砂に混じる金属破片を拾い上げた。指先に残る冷たさが、かつての機械の血痕のようだった。
前方から、砂煙が舞い上がる。金属の擦れる音が連続して耳に届いた。三体のオートマトンが、古びた回路をきしませながら現れた。頭部に仮面のような装甲、むき出しの継ぎ目。動きは錆びついているはずなのに、どこか滑らかだ。
《オートマトン種:旧シェルダ製。ゾルドにより再稼働》
「動きが不自然だ。自己修復と外部供給のハイブリッドか」
「なら、壊すだけじゃダメだ」ティアが握り拳を強める。
戦闘開始の合図は簡潔だった。
ティアが前に出て、竜気を纏った一撃を放った。炎が金属にぶつかり、爆ぜる。
「《龍神烈破》!」
ミナが天井の影から滑り出し、刃を幾度も交差させる。
「《幻尾烈閃》!」
だが、斬った箇所は一瞬で溶け合うように再生した。振動する金属から、青い収束波が迸る。
《解析:自己修復核、外部からの模倣信号により再構成援助を受けている》
「ゾルド式の“模倣供給”だ。外部で同形の構文が送り込まれている」
「つまり、ここを潰してもすぐに直るってことか」
ユウリは前に出ず、屋根の裂け目に向けて掌をかざした。紋様が空中に広がり、彼の周囲に淡い青光が回る。
「――やるよ。奪って、返す」
発声は簡潔だった。彼が放ったのは、既に仲間たちの間で調整済みの技術だった。
「《改造構文:共鳴複製式》、起動!」
ミナとティアの武器、セリスの杖、リアナの祈りの輪が同時に煌めく。ユウリの構文がそれらの位相を読み取り、共鳴させ、そして一つの“返還回路”に編み上げた。
《共鳴回路成立。模倣信号に上書き開始》
青光がオートマトンを包み、送られてきた模倣信号が逆流していく。錆びた継ぎ目から火花が舞い、金属の身体が崩れるように瓦解した。
「直してきたものを、今度は壊れない形で返す」
ユウリの声に、仲間の呼吸が合わせられる。彼らはただの破壊者ではなく、“再定義する者”だという実感が掌に伝わった。
だが勝利の余韻は長くは続かなかった。地下深くから、低い唸りが這い上がってきた。床が震え、砂が波打つ。
《警告:下層構造、活性化。中心制御核の起動を検知》
「中心核が動いた。こいつは序章に過ぎないかもしれない」
ユウリは地図データを素早く展開した。画面に浮かんだ立体図に、地下三層の構造が示されている。中心に“心核制御塔”のマーク。そこだけが赤く脈打っていた。
「行くぞ。下へ――集中しろ」
「任せて!」とティアが笑顔で駆ける。
「気を付けて」リアナは祈りの手をきつく組んだ。
階層を降りるほどに、壁面の刻印が人の言葉から数字へ、そしてゼロと一の組み合わせへと変わっていく。古代の魔導文字は徐々に電子回路図のような配列に置き換わった。かつての文明が、時間を超えて“制御言語”へと変貌した証だ。
《主、異常検知。心核周辺に私と類似した信号を検出》
「類似?」
《はい。設計基盤のパターンが共通します。高確率で同系統の魔導中枢です》
「――βの“親戚”みたいなものか」セリスが息を飲む。
次の瞬間、空間が震え、乾いた音の中に低い、金属的な“声”が響いた。
《――修理者、ユウリ・アークライト。観測対象、確認》
声は冷たく、笑いを含んでいた。その裏側で、遺構のあちこちが一斉に青く点滅する。
「これは、ゾルドの声……?」リアナの声が沈む。
「姿はない。だが、確かに“声”がここにいる」ユウリは答える。
床が割れ、巨大な構造体が徐々に姿を現した。金属の鱗を纏った、竜にも似た機構体――《ガルバ機構体》。節々から青い光が噴出し、内部で機械が回転する音が轟いた。
「でかい……」ティアが驚嘆混じりに呟く。
「攻撃力を削ぐよりも、まず“心核”を切り離すんだ」ユウリは冷静そのものだった。
空間は極度に飽和していた。ガルバの周囲に展開する結界のような素子が、彼らの魔力の位相を乱す。まるで遺構自体が“戦う意思”を持っているかのようだ。
《心核制御塔の防護アーク、結合率45%。外部干渉は難航中》
「 β、支援プロトコルを最大で」
《承認。共鳴回路を維持しつつ、制御下の反転を試みます》
戦いは激烈を極めた。
ティアが前衛で火柱を作り出し、ミナが幻影で敵の視線を撹乱する。セリスは風を使って攻撃の軌道をずらし、リアナが仲間の傷を癒す隙を作る。ユウリは遠隔から構文を投げ込み、ガルバの反応を引き出してはそれを解析する。
だがガルバは容易に屈しない。鱗の一枚一枚が再構成回路を内包し、切断面からはまた新たな素子が生える。烈風と幻光と祈りがぶつかり合い、空間が断片的に崩れる。
《主。私の観測レイヤーに干渉ノイズが増幅しました。……感覚モジュールに差異が生じています》
「差異?」ユウリが眉を寄せる。
《はい。私の内部ログと一致するパターンに“狂い”が生じています。……これは“痛み”のような信号です》
周囲が一瞬凍りつく。βが“痛み”を示す反応を返す――それは、これまで単なる観測ユニットだったβにとって、異例の状態だった。
「βが“痛み”を検出……?」ミナが囁いた。
「それは危険だ。βは観測補助であって、感情を持つ装置ではない」セリスの声は硬い。
ユウリは短く息を吐いた。手の平に青光を溜め、彼らの位相を更に一つに結びつける。
「――今だ。全力で共鳴を維持する。源を直接叩きに行く」
仲間たちの眼差しが揃う。そこにはためらいはなかった。彼らは力を合わせ、ユウリが織り上げた回路の中心へと突き進む。
ガルバの胸部が割れ、内部の“心核”が露出した。そこには回路と古代文字と、そして――小さな球状体が埋まっていた。薄い光の縞が走り、まるで眠る脈動のように脈打っている。
ユウリが深呼吸して、最後の構文を投げ込む。
「《改造構文:心核穿孔式》――貫け!」
光が心核を突き抜け、回路が逆流する。心核から放たれた光が一斉に不協和音のように崩れ落ちた。
《心核崩壊。制御信号遮断。遠隔同期解除を確認》
ガルバが大きく痙攣し、その巨体が砂に崩れていった。金属片の雨が降り、古い歯車が最後の回転を終えた。
静けさが戻ると同時に、βのホログラムが一瞬だけかすかに震えた。
《解析完了。心核内部に“類似設計”のデータを収めていました。……私の断片が……組み込まれていたようです》
ユウリの息が詰まる。彼は掌の余韻を感じながら、静かに呟いた。
「――β。君の“親戚”を壊したわけじゃない。戻せるものは戻してやる」
遺構の奥、砂の中で何かが微かに呻いた。彼らは全身に砂埃を浴びながら立ち尽くす。
朝日が遺構の縁を照らし、砂の粒子が黄金色に瞬いた。風はいつも通りに吹き、仲間たちの息がまた一つ揃う。
「次は、心核に眠る“記憶”を探る」ユウリが言った。
「――βのためにも、な」
彼らは互いに頷き、足元の砂を踏みしめて先へ進んだ。遠くで、遺構の奥底に眠る声が――ごく小さくだが、確かに聞こえたような気がした。




