第92話「別れの灯 ― 港を出る日 ―」
朝のリュミエル港は、潮の匂いが濃かった。
夜通し続いた修理作業が終わり、壊れた桟橋は新しい板で補強されている。昨日までの焦げ跡が嘘のように、木材の表面が陽に光っていた。
ユウリは、船大工たちの手伝いを終えたところだった。
汗を拭いながら立ち上がると、少年リオが駆け寄ってくる。
「ユウリお兄ちゃん! 見て、ちゃんと動くよ!」
義腕を軽く掲げると、金属の指が器用に曲がった。滑らかに、自然に。
昨日までのぎこちなさはもうない。
「ああ、上出来だ」
ユウリが微笑むと、リオは胸を張った。
「お兄ちゃんが直してくれたんだもん。もう怖くない!」
その明るさに、ティアが目を細める。
「いい笑顔。……ねぇ主様、ボクたち、けっこう良いことしてるんじゃない?」
隣のリアナが微笑んだ。
「“けっこう”ではなく“とても”よ」
セリスは静かに風に髪を揺らしながら、港の方を見つめていた。
「……街の空気が変わったわ。昨日まで重かったのに、今日は軽い」
「人が直したんだ。俺たちは、その手伝いをしただけだ」
ユウリは桟橋の端に立ち、船の影を眺める。
港を離れる日。
《再定義者》は再び旅に出る。
◇◇◇
昼前、港の通り。
商人たちが品を並べ、子どもたちが走り回る。
リオが小さな包みを抱えて、ユウリたちの前に駆けてきた。
「これ、お礼! お母さんと作ったんだ!」
包みの中には、干した魚の携行食と、小さな銀の歯車のペンダントが入っていた。
手作りの彫刻で、「ありがとう」と刻まれている。
「……これは?」
「ぼくの義腕の残り部品。もういらないから、代わりにお守りにしたの!」
ユウリは一瞬、言葉を失った。
壊されたものの“残骸”を、自らの“感謝”に変えた少年の強さ。
それは、ユウリがずっと探していた“再定義”そのものだった。
「大切にする。ありがとう、リオ」
少年はうれしそうに笑った。
「ぼく、大きくなったらユウリお兄ちゃんみたいな“改造師”になる!」
「……いい心意気だ。でも、壊す方じゃなく、直す方になれよ」
「うんっ!」
その声に、港の人々の笑い声が重なった。
◇◇◇
出発の準備を終えると、ティアが桟橋の上で伸びをした。
「次はどこ行くの? 主様」
「β、信号の方向を」
《新規観測波、北東方向。古代文明の遺構に似た構造体を検出》
「また遺跡かぁ。でも、燃やしがいがありそう!」
「燃やすな」
「えぇー」
ミナがくすっと笑いながら、船のロープを結び直す。
「ミナ、海のにおい好き。魚もいるし、風もやさしいの」
「たまには海風も悪くないな」
セリスが波打ち際に目を落とす。
「……この街には、もう悲しい気配は残っていない」
「お前の風が、全部流してくれたんだろ」
ユウリがそう言うと、セリスはふっと表情を和らげた。
「……それなら、次の風も一緒に感じたい」
ティアが横から割り込む。
「ずるい! ボクだって感じたい!」
「あなたはいつも感じすぎて暴走してるでしょ」
リアナの冷静な突っ込みに、ティアがむくれた。
「主様ぁ、リアナが冷たい!」
「……まぁ、いつも通りだな」
小さな笑いが、潮風に溶けていった。
◇◇◇
その頃、港の倉庫跡ではβが淡く光を放っていた。
《観測ログ更新。ゾルド由来の残留信号、完全消失。ただし――》
「ただし?」
ユウリが問いかける。
《内部回路に、未知の暗号化構文を発見。発信源不明。形式は……“呼応型”。》
「呼応?」
《はい。誰かが、何かを“応答させる”仕組み》
セリスが静かに呟いた。
「……つまり、まだ“向こう側”がいるということね」
「ああ。ゾルドは、ひとりじゃない」
ティアが拳を鳴らす。
「じゃあ、次の街でぶっ潰す!」
「暴力で解決しようとするな」
「えぇー……じゃあ軽くぶっ叩く!」
「変わってないな……」
ユウリは苦笑しつつ、空を見上げた。
雲の切れ間から、細い光が差し込む。
潮風が頬を撫で、遠くからカモメの鳴き声が響いた。
「行くぞ。《再定義者》、出航だ」
ミナが軽やかにロープをほどき、ティアが船を押し出す。
セリスの風が帆を満たし、リアナが祈りの詩を口にした。
「――この海が、あなたたちを導きますように」
リアナの祈りの声が潮騒と混じり、まるで港そのものが祝福しているようだった。
白い帆が風を孕み、船体がゆっくりと前へと押し出される。
波を割って進む音が、胸の奥まで響く。
桟橋の先で、リオが小さな体で全力に手を振っていた。
その背後では、港の人々が作業の手を止め、次々と顔を上げる。
修復された板の上に並ぶ彼らの影が、まるで街全体が旅立ちを見送っているように長く伸びていた。
「ありがとうー! また来てねーっ!」
少年の声が海風に乗って遠ざかる。
ティアが甲板の端に立ち、振り返った。
「主様、あの子、絶対また会いたいって顔してた!」
「約束だな。……あの街が、もう泣かなくていいように」
ミナはリオの姿が見えなくなるまで目を細め、
「ミナ、次はパン持っていくの。焼きたてのやつ!」
と小さく呟いた。
セリスの風が静かに帆を揺らす。
「風が穏やか。……まるで、見送ってくれているようね」
その声音は柔らかく、けれどどこか祈りに似ていた。
ユウリは胸ポケットのペンダントを握った。
小さな銀の歯車が、手の中で微かに光を返す。
金属の冷たさの奥に、確かに“人の温もり”が宿っている。
「……次も、直すだけだ。世界を、少しずつ」
帆が風を受け、船が速度を上げた。
波の音が重なり、βの光がかすかに瞬く。
《航路安定。次目的地――シェルダ・フォール遺構、推定距離一週間》
「長い旅になりそうだな」
「でも、みんな一緒だよ!」
ティアが笑い、セリスが頷く。
リアナは静かに祈り、ミナは船首に座って波を眺めた。
空は広く、海は果てしない。
“再定義者”たちの新しい旅が、静かに、そして確かに始まった。
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