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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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92/122

第92話「別れの灯 ― 港を出る日 ―」

 朝のリュミエル港は、潮の匂いが濃かった。

 夜通し続いた修理作業が終わり、壊れた桟橋は新しい板で補強されている。昨日までの焦げ跡が嘘のように、木材の表面が陽に光っていた。


 ユウリは、船大工たちの手伝いを終えたところだった。

 汗を拭いながら立ち上がると、少年リオが駆け寄ってくる。


「ユウリお兄ちゃん! 見て、ちゃんと動くよ!」


 義腕を軽く掲げると、金属の指が器用に曲がった。滑らかに、自然に。

 昨日までのぎこちなさはもうない。


「ああ、上出来だ」


 ユウリが微笑むと、リオは胸を張った。

「お兄ちゃんが直してくれたんだもん。もう怖くない!」


 その明るさに、ティアが目を細める。

「いい笑顔。……ねぇ主様、ボクたち、けっこう良いことしてるんじゃない?」


 隣のリアナが微笑んだ。

「“けっこう”ではなく“とても”よ」


 セリスは静かに風に髪を揺らしながら、港の方を見つめていた。

「……街の空気が変わったわ。昨日まで重かったのに、今日は軽い」


「人が直したんだ。俺たちは、その手伝いをしただけだ」

 ユウリは桟橋の端に立ち、船の影を眺める。


 港を離れる日。

 《再定義者リデファイア》は再び旅に出る。


◇◇◇


 昼前、港の通り。

 商人たちが品を並べ、子どもたちが走り回る。

 リオが小さな包みを抱えて、ユウリたちの前に駆けてきた。


「これ、お礼! お母さんと作ったんだ!」


 包みの中には、干した魚の携行食と、小さな銀の歯車のペンダントが入っていた。

 手作りの彫刻で、「ありがとう」と刻まれている。


「……これは?」

「ぼくの義腕の残り部品。もういらないから、代わりにお守りにしたの!」


 ユウリは一瞬、言葉を失った。

 壊されたものの“残骸”を、自らの“感謝”に変えた少年の強さ。

 それは、ユウリがずっと探していた“再定義”そのものだった。


「大切にする。ありがとう、リオ」


 少年はうれしそうに笑った。

「ぼく、大きくなったらユウリお兄ちゃんみたいな“改造師”になる!」

「……いい心意気だ。でも、壊す方じゃなく、直す方になれよ」


「うんっ!」


 その声に、港の人々の笑い声が重なった。


◇◇◇


 出発の準備を終えると、ティアが桟橋の上で伸びをした。

「次はどこ行くの? 主様」


「β、信号の方向を」

《新規観測波、北東方向。古代文明の遺構に似た構造体を検出》


「また遺跡かぁ。でも、燃やしがいがありそう!」

「燃やすな」

「えぇー」


 ミナがくすっと笑いながら、船のロープを結び直す。

「ミナ、海のにおい好き。魚もいるし、風もやさしいの」

「たまには海風も悪くないな」


 セリスが波打ち際に目を落とす。

「……この街には、もう悲しい気配は残っていない」

「お前の風が、全部流してくれたんだろ」

 ユウリがそう言うと、セリスはふっと表情を和らげた。


「……それなら、次の風も一緒に感じたい」


 ティアが横から割り込む。

「ずるい! ボクだって感じたい!」

「あなたはいつも感じすぎて暴走してるでしょ」

 リアナの冷静な突っ込みに、ティアがむくれた。


「主様ぁ、リアナが冷たい!」

「……まぁ、いつも通りだな」


 小さな笑いが、潮風に溶けていった。


◇◇◇


 その頃、港の倉庫跡ではβが淡く光を放っていた。

《観測ログ更新。ゾルド由来の残留信号、完全消失。ただし――》


「ただし?」

 ユウリが問いかける。


《内部回路に、未知の暗号化構文を発見。発信源不明。形式は……“呼応型”。》

「呼応?」

《はい。誰かが、何かを“応答させる”仕組み》


 セリスが静かに呟いた。

「……つまり、まだ“向こう側”がいるということね」

「ああ。ゾルドは、ひとりじゃない」


 ティアが拳を鳴らす。

「じゃあ、次の街でぶっ潰す!」

「暴力で解決しようとするな」

「えぇー……じゃあ軽くぶっ叩く!」

「変わってないな……」


 ユウリは苦笑しつつ、空を見上げた。

 雲の切れ間から、細い光が差し込む。

 潮風が頬を撫で、遠くからカモメの鳴き声が響いた。


「行くぞ。《再定義者リデファイア》、出航だ」


 ミナが軽やかにロープをほどき、ティアが船を押し出す。

 セリスの風が帆を満たし、リアナが祈りの詩を口にした。


「――この海が、あなたたちを導きますように」


 リアナの祈りの声が潮騒と混じり、まるで港そのものが祝福しているようだった。

 白い帆が風を孕み、船体がゆっくりと前へと押し出される。

 波を割って進む音が、胸の奥まで響く。


 桟橋の先で、リオが小さな体で全力に手を振っていた。

 その背後では、港の人々が作業の手を止め、次々と顔を上げる。

 修復された板の上に並ぶ彼らの影が、まるで街全体が旅立ちを見送っているように長く伸びていた。


「ありがとうー! また来てねーっ!」

 少年の声が海風に乗って遠ざかる。


 ティアが甲板の端に立ち、振り返った。

「主様、あの子、絶対また会いたいって顔してた!」

「約束だな。……あの街が、もう泣かなくていいように」


 ミナはリオの姿が見えなくなるまで目を細め、

「ミナ、次はパン持っていくの。焼きたてのやつ!」

と小さく呟いた。


 セリスの風が静かに帆を揺らす。

「風が穏やか。……まるで、見送ってくれているようね」

 その声音は柔らかく、けれどどこか祈りに似ていた。


 ユウリは胸ポケットのペンダントを握った。

 小さな銀の歯車が、手の中で微かに光を返す。

 金属の冷たさの奥に、確かに“人の温もり”が宿っている。


「……次も、直すだけだ。世界を、少しずつ」


 帆が風を受け、船が速度を上げた。

 波の音が重なり、βの光がかすかに瞬く。


《航路安定。次目的地――シェルダ・フォール遺構、推定距離一週間》

「長い旅になりそうだな」

「でも、みんな一緒だよ!」

 ティアが笑い、セリスが頷く。

 リアナは静かに祈り、ミナは船首に座って波を眺めた。


 空は広く、海は果てしない。

 “再定義者”たちの新しい旅が、静かに、そして確かに始まった。

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