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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第91話「港の記憶 ― 義腕の少年 ―」

  リュミエル港に朝日が差す。

 昨夜の戦いの余韻がまだ街のあちこちに残っていた。崩れた倉庫、焦げた船着き場、黒く変色した海面。けれど、住民たちはそれでも手を止めなかった。

 壊れた桟橋を直し、網を干し、祈りを口にしながら、また一歩を踏み出している。


 ユウリたちは港湾区域の奥にある、アイアン・コアの工房跡を調べていた。

 かつて海運を支えたはずの技術拠点は、今や焼け焦げた鉄と歪んだ回路の塊に変わっている。


 ティアが金属の欠片を蹴飛ばし、顔をしかめた。

「うわっ、焦げ臭い……こんなとこでよく人が働いてたね」


「……働いてたというより、使われてた、だな」

 ユウリは黒い焦げ跡を指でなぞる。鉄の表面に、うっすらと魔導刻印が残っていた。

 形は――ゾルド式。


《構文解析完了。暴走の原因、制御式の多重書き換え。おそらく複数の人格データを重ねて使用していました》

 βの報告に、セリスが眉を寄せる。

「人格を……“部品”のように使った、ということ?」


「ゾルドのやり口だな。自分の断片を人に埋めて、代わりに動かす」

 ユウリの声には、わずかに怒気が混じっていた。

 彼は焼け落ちた作業台の下を覗き込み、何かが動いたのを見つける。


 鉄屑の影で、かすかに息をしていた少年がいた。

 年の頃は十にも満たない。腕から肘にかけて、金属の義肢が食い込んでいる。


「……っ!」

 ティアが駆け寄ろうとするのを、ユウリが制した。

「待て。反応がある」


 少年の義腕が微かに光り、唸るような音を立てた。

 次の瞬間、装置の中から赤い閃光が走る。

 ユウリはとっさに構文を展開した。


「《改造構文・静音領域展開サイレント・フィールド》」

 光が吸い込まれ、義腕の暴走が止まる。


「……だ、大丈夫……?」

 リアナがそっと近づき、少年の額に手をかざした。

 微弱な鼓動。意識はまだ戻らない。


「義腕が暴走の原因か」

 ユウリは膝をつき、接合部を慎重に観察した。

 黒い導線の奥から、ゾルド式の刻印が浮かび上がる。


《解析結果:構文由来の人格フラグメントを埋め込み制御。使用者を“支配対象”として管理》

「……人を機械の一部にする気か」


 セリスが小さく息を呑んだ。

「そんな……子どもにまで」


「ゾルドのやり方は、人を数字に変える。それが“秩序”だと思ってる」

 ユウリの声は低く、静かな怒りを孕んでいた。


 ティアが拳を握る。

「主様、これ、直せる?」

「直すさ。――こんなもん、子どもに背負わせる理由はない」


 彼は少年の義腕に手をかざした。

 青白い構文光が走り、複雑な回路が浮かび上がる。


「《コピー&改造:再定義モード》」

 周囲の鉄屑から微弱な波紋が伝わり、βが解析データを投影した。


《模倣対象確立。支配信号の解除には再定義構文が必要》

「了解。――奪う改造じゃなく、返す改造だ」


 ユウリの指先が光に包まれる。

 義腕内部の構文が書き換わり、赤から青へと変化していく。

 少年の表情が少し緩んだ。


「……痛くない……」

 かすかな声。少年が目を開けた。


「大丈夫だ。もう誰にも操られない」

「ぼく……ガルスさんに、直してもらったんだ。でも、途中で……怖くて」

「ガルス?」


 ミナが首をかしげる。

「主様、この子、あの工房の人?」


《確認一致。元アイアン・コア補助技師。登録名リオ》

 βの光が少年の顔を照らす。


 リアナが微笑んで膝をついた。

「リオくん。もう大丈夫。あなたの腕は、あなたのものよ」


 少年は小さく頷き、ユウリの手を見つめた。

「ありがとう……お兄ちゃん、すごいね」

「改造師だからな。直すのが仕事だ」


 ティアが腕を組んで笑う。

「やっぱり主様ってカッコいい! ね、セリス?」


 セリスは少し頬を染め、視線を逸らした。

「……確かに。けれど、格好良さより、その手の優しさが――」

 言いかけて、言葉を飲み込む。


 ユウリは気づかぬふりをして、少年の義腕を再確認した。

「これで完全に安定。β、動作確認を」

《正常稼働。ゾルド由来の構文反応、完全消失》


「よし。……リオ、立てるか」

 少年が恐る恐る立ち上がる。金属の指がぎこちなく動き、やがて自然な動きへ変わった。


「すごい……ちゃんと動く」

「本来、技術ってのは人を苦しめるためのもんじゃない。生きるためのもんだ」

 ユウリの言葉に、リオは泣きそうに笑った。


◇◇◇


 その日の午後。港の復旧作業が進む中、リオは他の子どもたちと一緒に船着き場で手伝っていた。

 義腕はもう、ただの“手”だ。

 リアナがその様子を見て微笑む。

「……強い子ですね」

「ああ。あいつもきっと、もう大丈夫だ」


 セリスが海風に髪をなびかせながら、静かに言った。

「あなたの“改造”って、不思議ね。壊すんじゃなく、ほどくみたい」

「ほどいて、結び直す。俺の仕事はそれだけだ」

「……そう。だからあなたは、見ていて安心する」


 セリスの声は潮騒に溶けた。

 その横でティアが大声を上げる。

「主様ー! 魚屋のおじさんがタダでくれたー!」

 ミナが駆けてくる。

「見て見て、リオが網直したのー!」


 喧噪と笑い声。

 焦げた街に、ようやく人の息遣いが戻ってきた。


 ユウリは空を見上げ、遠くの水平線に沈む光を見つめた。

「……ゾルド。お前の歪みは、どこまで広がってるんだ」


《観測ログ更新:南方以外にも信号片検出。内陸方向にデータ流出》

「内陸……つまり、まだ“次”があるってことか」


 ユウリはゆっくりと息を吐き、港の風を受け止めた。

 この街はもう、自分たちの手を離れても歩ける。

 ならば――進むしかない。


 夕日が波間を照らす中、再定義者たちの影がゆっくりと伸びていく。

 風の匂いは、次の旅の始まりを告げていた。

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