第90話「鋼の亡霊 ― アイアン・コア暴走」
港の朝は、異様な静けさに包まれていた。
昨日までの喧騒が嘘のように消え、波の音だけが響く。
だがその静けさの下で、街の地盤がわずかに震えていた。
《主、異常振動検出。港湾下層構造から高出力の魔導反応》
βの報告にユウリは頷き、視線を海辺へ向ける。
波の隙間に、微かに赤い光が漏れていた。
「……地下で、まだ何か動いてるな」
ティアが歯を鳴らす。
「まさか、昨日の奴らの仲間?」
「違う。もっと深い。“基盤”そのものが生きてる」ユウリの声は鋭かった。
ミナが耳を立て、地面に手を当てる。
「……下から、鉄の鼓動みたいなのがする。……大きいの」
「鼓動?」リアナが眉を寄せた。
「まるで“心臓”があるみたいだ」
セリスが杖を掲げ、詠唱を短く走らせる。
「《精霊視界》――開示」
翠色の光が視界を満たし、港の地面に巨大な円陣が浮かび上がった。
そこに刻まれていたのは、昨日のオートマトンを制御していた回路の拡大版。
しかも、中心には――ゾルドの印。
「ゾルドの……?」ティアが顔をしかめる。
《確定。改造構文基底式、ゾルド・ガルバ署名コード一致》
βの声が港の空気を震わせた。
「ガルスじゃない。こいつは――ゾルドそのものだ」ユウリの表情が一瞬だけ険しくなる。
◇◇◇
轟音。
海が裂けた。
水柱が上がり、鉄の柱が海中から伸びる。
まるで巨大な歯車の群れが地底から浮上するように。
港の人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
波止場が沈み、桟橋が折れ、鉄の腕のような機械構造物が街を貫いた。
「逃げろォォッ!!」
「港が……動いてる!?」
ティアが跳び上がり、拳に炎をまとわせる。
「主様、もう待てないっ! ぶっ飛ばしていい!?」
「いい。ただし制御核を壊すな。情報を抜く」
「了解っ!」
ティアが炎の竜を纏い、海上へ跳ぶ。
空気が爆ぜ、波しぶきが爆風に変わった。
リアナが結界を展開し、港の住民を包み込む。
ミナは屋根の上を駆け、制御回線を切断していく。
「回路、いっぱい繋がってるっ! こっち切っても、また動くのっ!」
「ゾルドの再帰式構文だな。自己修復型だ」ユウリが低く呟く。
《提案:改造構文“多層干渉型”の使用を推奨》
「よし――やるか」
◇◇◇
ユウリは両手を地面に叩きつけた。
構文陣が走り、光が港全体に広がる。
魔力の流れが逆転し、地面が唸る。
「《改造構文:流体干渉領域展開》」
瞬間、港の金属構造が軋んだ。
ガルスが仕掛けた回路が強制的に逆流し、波動が反転する。
セリスがすかさず補助構文を唱える。
「《共鳴拡張・翠律》!」
ユウリの構文に彼女の魔力が重なり、青と緑の光が交差した。
ティアが叫ぶ。
「うわ、なんかカッコいいっ! これ、名前つけようよ!」
「今は戦闘中!」リアナが叱る。
「じゃあ終わったら考えるー!」
その明るさの裏で、鉄の巨構が再び吠えた。
内部から声がした。
『――認識:改造師ユウリ・アークライト。プロトコル起動。人格模倣・ゾルド・ガルバ・モードA』
空気が凍りつく。
ティアの拳が止まった。
「い、今……ゾルドって言った?」
ユウリの瞳に冷たい光が宿る。
「人格複製体か……まさか、データを残してたとはな」
『ユウリ・アークライト。貴様の“修理”は甘い。秩序は痛みによって完成する』
機械の声が、まるでゾルド本人のように響いた。
ユウリはゆっくり立ち上がり、手のひらを掲げた。
「……お前の“秩序”は歪みだ。世界は命令で動かすもんじゃない」
『では証明してみせろ。お前の改造が――“秩序”を超えるか』
◇◇◇
鉄の巨体が動き出す。
桟橋を砕き、海を割り、腕のような構造物が空へ伸びた。
ティアが跳び、炎の拳を叩き込む。
「《龍神烈破》――ッ!!!」
炎の爆発が港を照らす。
だが巨体はびくともしない。
「やっぱり……強いっ!」
「当たり前だ。ゾルドの系譜だ」ユウリの声が低く響く。
セリスが横から詠唱を重ねる。
「《時界干渉・結束》!」
時間が一瞬止まり、巨体の動きが鈍る。
その隙にユウリが駆け出した。
「β、制御核の位置を!」
《座標確定。中枢動力炉、胸部第七構造層》
「ティア! ミナ! 俺を投げろ!」
「了解っ!」
ティアとミナが同時に頷き、ユウリを弾丸のように放り投げた。
風が裂け、青い構文光が尾を引く。
「《改造構文――心核穿孔式》!」
拳が鉄を貫き、光が爆ぜた。
衝撃波が空を割り、港全体が光に包まれる。
◇◇◇
光が消えたあと、そこに残ったのは沈黙だった。
海の上に浮かぶ瓦礫。
鉄の巨構は崩れ、動きを止めている。
ユウリは肩で息をしながら、倒れた金属の表面に手を置く。
その奥から、微かに声がした。
『……修理者、か。ならば、お前に託そう。秩序の“後継者”として――』
光が消え、機械の心臓が止まった。
βが静かに報告する。
《人格信号、完全消失。ゾルド・ガルバ複製体、無力化》
ティアが肩に拳を乗せて笑う。
「ふぅー! やっぱ主様、かっこよすぎ!」
ミナも満面の笑顔で頷いた。
「主様、最後のやつ……光、すごくきれいだった」
リアナは小さく祈りを捧げ、セリスが風に髪を揺らしながら呟く。
「……これで、港は“再生”しますね」
ユウリは海風を受け、遠くの水平線を見た。
「いや、まだだ。ゾルドは消えちゃいない。……影は、世界のどこにでも残る」
ティアが拳を掲げた。
「じゃあ全部、ぶっ壊して直そ!」
ユウリは笑った。
「そうだな。壊す前に、直してやる」
朝陽が昇る。
港の海面が金色に光り、潮風が彼らの髪を揺らした。
その背には――新しい旅の予感。




