第89話「歪んだ模倣 ― ギルド《アイアン・コア》」
翌朝のリュミエル港は、戦いの余韻を飲み込みながらも、再び動き始めていた。
波止場には木槌の音と怒鳴り声が響き、海鳥が瓦礫の上をついばむ。
昨日まで焦げついていた空気に、鉄と油の匂いが混ざる。
ティアが目を細めて言った。
「……なんか、修理ってより“実験”してるみたい」
港の一角、崩れた桟橋の先で、黒い作業服の男たちが奇妙な工具を使っていた。
先端が光り、空気が震える。普通の職人の道具ではない。
セリスが小声で呟く。
「感じます。魔力の流れが……異様です。自然じゃない、人工的な干渉です」
彼女の掌の上に微光が集まり、空中に淡い紋様が浮かぶ。
それは、かすかにゾルドの魔導回路に似た波形だった。
ユウリは眉をひそめた。
「構文の走り方が……俺の改造構文と似てる。けど、歪んでるな」
《解析開始。構文式一致率41%。出典:ゾルド・ガルバ式改造術》とβの声が淡く響く。
ティアが振り返った。
「ゾルド……また、あのやつ?」
「正確には“ゾルドの技術を模倣してる誰か”だ」ユウリの声は低く静かだった。
彼の指先で光が走り、残留構文をスキャンする。
「――誰かが、奴の思想を引き継いでる」
◇◇◇
午後、港湾ギルドの会議室。
厚い板張りの机の向こうには、アイアン・コアの代表が座っていた。
油に汚れた作業着、だが胸元には光る歯車の徽章。
笑みは柔らかく、瞳だけが氷のように濁っている。
「私たちはただ、港を再建しているだけです。古代技術の再利用は、公式に許可を得ていますよ」
彼は穏やかに言いながらも、どこか人を値踏みするような視線を向けてきた。
「ゾルド・ガルバの構文を使ってるな」ユウリが切り出す。
「偶然ですよ。技術は人類の財産だ。似ることもある」
「偶然、ね」ユウリの目は細い刃のようだった。
ティアが机に手をつく。
「偶然でこんなもの作れるかっての!」
だがユウリは片手で制した。
「ティア、下がれ」
静かな一言に、ティアは唇を噛んで黙った。
リアナが落ち着いた声で尋ねた。
「ガルスさん。あなた方の動力炉、魔力流の構成が通常とは違います。なぜ改造を?」
「効率化です。古い方法にこだわっていたら、街の再建など間に合いません」
「でも、“魂の波形”を組み込む必要はないはずです」セリスの声が鋭く刺さる。
一瞬、ガルスの口元が歪んだ。
「――あなた方は“古い倫理”に囚われている。
私は、世界を進化させているだけですよ」
その一言で、ユウリの中の何かが冷たく動いた。
「……進化、ね。奴も同じことを言っていた」
◇◇◇
夕暮れ。
港の光が赤く染まり、海が血のような色を帯びていた。
ティアは堤防に腰かけ、串焼きをかじる。
「主様、あいつ絶対怪しいよ!」
「……ああ、間違いない」ユウリは短く答える。
ミナが尻尾を揺らしながら言った。
「でもね、あの人、少しだけ“悲しい匂い”がしたの。人間の、泣きたい時の匂い」
セリスが目を伏せる。
「それは……魂が壊れかけている時の波です。模倣構文を使いすぎると、自我が削れる」
リアナが両手を胸に重ね、祈るように呟いた。
「つまり彼は、自分の中の何かを“捨てた”のですね」
「捨てたんじゃない。“塗り潰した”んだろう」ユウリの声が沈む。
「人格を複製し、命令を刻み込む――ゾルドの《人格複製》の派生技術だ」
《補足:ガルス・マードの神経波形に一致パターンを検出。人格干渉の可能性大》
「つまり、もう“本人”じゃないってこと?」ティアが眉をひそめる。
「半分な。残りの半分はゾルドの残響だ」
潮風が吹き、港の灯がゆらめいた。
ユウリは立ち上がり、手袋を締め直す。
「……夜になったら動くぞ」
◇◇◇
深夜。
港の裏通りは、潮と油の匂いでむせかえるほどだった。
βが低く告げる。
《熱源反応検出。倉庫区画C-07、動力炉稼働中。登録外作業》
ユウリは外套のフードを深く被る。
「セリス、結界を張れ。ティア、陽動。ミナは屋根から監視」
「了解!」
「任せて!」
リアナがそっと祈りの印を結ぶ。
「ユウリ様、加護を」
「いらないよ。俺の手で直す」
静寂を切り裂くように、構文光が広がった。
《改造構文・静音領域展開》
周囲の音が一瞬で消え、夜が凍る。
倉庫の扉を開いた瞬間、眩い光が弾けた。
内部に並んでいたのは、金属の巨体――十体の人型機械。
鎖のような配線が天井に繋がり、胸部では赤い光が脈動している。
「まさか……オートマトン?」セリスの声が震えた。
《分類:ゾルド式人格端末。内部に人格データフラグメントを格納》
ティアが叫ぶ。
「これ、動いてるよっ!」
その瞬間、鋼の瞳が赤く点灯した。
◇◇◇
轟音。
鉄の腕が振り下ろされ、床が砕ける。
ティアが炎を纏って跳び上がり、拳で受け止めた。
ミナが屋根から滑り込み、幻走の軌跡を描く。
「主様、こいつら……怒ってるの!」
「怒りじゃない。命令だ」ユウリが低く答える。
βが警告を飛ばす。
《構文コア発熱上昇。人格複製フラグメント、暴走状態》
「止めるぞ。壊すんじゃない、“解く”んだ!」
セリスが杖を掲げ、翠の光が弧を描いた。
「《森羅律動》――解け、偽りの魂!」
木の葉のような魔力が舞い、鉄の体を包む。
その隙にユウリが構文を重ねる。
「《改造構文:信号上書き・抑制式》」
光が交錯し、倉庫全体が震えた。
リアナの祈りが響く。
「――どうか、還ってください。あなたが奪われた心の場所へ」
ティアの炎が一気に爆ぜ、ミナの幻が揺らめく。
金属の巨体が次々に膝をつき、赤い光が消えていく。
◇◇◇
最後の機体が沈黙した時、夜明けの光が差し込んだ。
港の海面が、薄桃色に揺れている。
ティアが大きく息を吐き、額の汗を拭った。
「ふぅー……主様、あいつら、壊さないで止めたの?」
「ああ。……まだ“人の作ったもの”だからな」
セリスが静かに頷く。
「あなたは、優しい改造師ですね」
ユウリは少しだけ笑った。
「優しいのは違う。俺は、壊すのが下手なだけだ」
βの光が淡く瞬く。
《解析終了。人格データの残滓を追跡中……座標検出。発信源は、アイアン・コア本部》
ユウリの目が鋭く光った。
「……やはり、次は“本丸”か」
波が砕ける音がした。
海風が彼らの髪を揺らし、朝の匂いが広がる。
ゾルドの影はまだ消えていない。
だが、それでも――
彼らの歩みは、止まらなかった。




