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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第88話「波間の残響 ― 港を修理する者たち ―」

 朝の海は、まだ眠っているように穏やかだった。

 リュミエル港の波止場には、崩れた桟橋と折れたクレーンの残骸が並び、潮の匂いと焦げた木の匂いが入り混じっている。

 昨日の戦いで港の半分が瓦礫と化したが、今はもう誰もが手を動かしていた。


 ユウリたち《再定義者リデファイア》もその中にいた。

 ユウリは袖をまくり、崩落した支柱の基部を覗き込む。

「腐食じゃない。……これは意図的な構造崩壊だな」


 ティアが顔をしかめる。

「誰かが壊したの? モンスターじゃなくて?」


「多分な。爆破の角度が内側だ。港の外から攻撃した跡じゃない」

 ユウリが低く答えると、βの光が彼の肩の横で淡く浮かんだ。


《解析開始。素材成分に異常反応。……構造式内に“改造痕”を検出》

「改造痕?」とセリスが首を傾げた。

 翠の髪が潮風になびく。彼女は目を細め、指先で光を編むように魔力を広げた。


「……確かに。地脈の流れが乱れています。人工的な干渉……それも、ユウリ様の構文に似ている」

 彼女の声には静かな驚きが混じっていた。


 ユウリは苦い顔で頷く。

「似てる、というより“盗用”だろうな」

《補足:コードパターンはゾルド・ガルバ式構文断片と一致率42%》

「ゾルド……」セリスが低く呟く。


 ミナが耳を伏せた。


「また、あの……“見えない敵”?」

「ああ。だが今回は、直接じゃない。――残滓ざんしだ」

 ユウリは崩れた支柱を軽く叩く。

「奴の技術を真似てる誰かがいる」


 リアナが祈るように目を閉じた。

「つまり、人の世界にまで“改造”が流れ込んでいるのですね」


「放っておくと、この街も飲み込まれる」


 ティアが拳を鳴らした。

「じゃあ直す! ボクたちの出番だねっ!」

 明るい声に、ユウリの口元が少し緩む。

「……ああ。仕事だ」


◇◇◇


 港の修復作業は、街の職人たちと共同で進められた。

 ティアは炎魔法で鉄材を溶接し、セリスは地魔法で基礎を安定させる。

 リアナは負傷者の治療をしながら、子どもたちに笑いかけていた。

 そしてミナは、港の倉庫で瓦礫を片付けながら鼻をひくつかせる。


「この匂い、なんか違うの。鉄と……油? でも、どっちも人の手の匂い」

《補足:高濃度エーテル燃料の残留を確認。ゾルド系動力炉由来の可能性あり》

「……つまり、誰かがゾルドの技術を使ってた?」

《肯定。港の修理ギルド《アイアン・コア》の関与率:73%》


 ユウリが顔を上げる。

「その名、どこで聞いた?」

《昨夜、市民会話ログより収集。“港の新しい修理屋”として急成長中》

 セリスが静かに息を吸った。

「修理を名乗る者が、破壊の技術を使う……皮肉ですね」


 その声は冷たい風に溶けた。


◇◇◇


 昼過ぎ。

 波止場に仮設の屋台が立ち、職人たちが塩漬けの魚とパンを配っていた。

 ユウリたちはその片隅で昼食を取りながら、βのデータを確認する。


《ゾルド由来技術:形状再構築構文の一部流出。出所は不明。現在もリュミエル周辺で複数の“修理師”が活動中》

「修理師ね……ずいぶん耳障りのいい看板だ」ユウリがぼそりと呟く。

「でもさ、同じ“直す仕事”でも、使い方で全然違うんでしょ?」とティア。

「ああ。道具は中立だ。人がどう使うかで、意味が変わる」


 ミナがパンをもぐもぐ食べながら首を傾げる。

「主様の“改造”は、怖くないの。光って、あったかい。あの人のは……冷たかった」

 ユウリが笑った。

「お前は感覚が鋭いな。技術にも“温度”があるってわけか」


 セリスが横で静かに頷く。

「人が触れるものには、必ず心が宿ります。だからこそ、心が壊れていれば、技も歪む」

 リアナが祈るように微笑む。

「なら、私たちは“直す心”を広めていけばいいのですね」


 潮風が吹き抜け、港の鐘が鳴った。

 陽光が海面に反射してきらきらと跳ねる。

 その輝きの向こうに、古びた倉庫の屋根が見えた。


 ユウリは視線をそちらに向ける。

 ――屋根の上に、見覚えのない紋章が刻まれていた。


《解析開始。……構文一致:ゾルド・ガルバ式制御陣形の断片。改変率34%》


「……やはりか」


 ティアが立ち上がる。

「主様、行くの?」

「少し見てくる」

「ボクも!」

「お前たちはここで休んでろ。β、同行」

《了解。観測モード移行》


 潮風が、ユウリの外套を翻した。

 桟橋の板を踏みしめる音が響く。


 海の向こうで、白い帆がゆっくりと動き出した。

 水平線の彼方では、雲の切れ間から光が差し、海面に銀の道を描いている。

 港の喧騒は少しずつ遠のき、波と風だけが世界を満たしていた。


 ユウリは立ち止まり、崩れかけた防波堤を見下ろす。

 掌に残る砂の感触が、まだ温かい。

 ――この街の時間は確かに動き出している。けれど、その裏側では何かが、音もなく軋んでいる。


 瓦礫の隙間から、ひとすじの光が漏れた。

 βの視界が薄く点滅し、波紋のように情報が広がる。

《観測補足。港湾地下構造に、未解析の構文断片を検出。ゾルド技術由来の可能性、55%》


 ユウリは口の端をわずかに吊り上げる。

「……やっぱり、奴の痕跡か」

 潮風が髪を揺らし、外套の裾が翻る。


 ティアたちの笑い声が遠くから聞こえてくる。

 リアナは子どもたちの手当てを続け、ミナは魚屋の手伝いをしている。

 その穏やかな風景の中にあって、ユウリの瞳だけが、鋭く海を見つめていた。


 ――この港の奥に、まだ“誰か”がいる。

 ゾルドの技術を知り、それを利用している者が。

 そしてその者たちは、世界の“修理”を装いながら、別の何かを造ろうとしている。


 ユウリは静かに歩き出した。

 足音が波のリズムに溶けていく。

 βの光が肩越しに寄り添い、微かな電子音を立てた。

《主、これからの行動方針を》


「決まってる。……世界を直す仕事は、まだ終わっちゃいない」


 その声は風に乗り、海へと流れた。

 波が防波堤にぶつかり、白い飛沫が上がる。

 沈みかけた太陽がその水面を照らし、港を黄金色に染める。


 ユウリの足跡は潮に洗われ、すぐに消えた。

 だがその背中に残る意思だけは、どんな波にも消せない光を宿していた。




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