第81話「風鳴りの遺跡 ― セリスの共鳴 ―」
風が戻った海を進むアルシェ号は、昼を越えた頃に小さな島影を見つけた。
岩と緑に包まれた、地図にも載っていない孤島――そこに古代の遺跡が眠っていた。
ティアが甲板から身を乗り出し、興味津々に叫ぶ。
「ねぇ主様! あれ、絶対なんかある! 宝とか! 罠とか!」
「後半は黙っとけ」
「えぇー、ロマンだよ!」
「略奪じゃないロマンならいいけどな」
ミナが尻尾をぴんと立てて頷いた。
「ミナも行く。……風が呼んでる気がするの」
その言葉に、セリスがそっと目を細めた。
「確かに、風がざわめいています。この島、何かを“思い出している”ような……」
リアナが微笑む。
「では、少しだけ寄り道ですね。皆さん、準備を整えて」
◇◇◇
上陸した島は、風の音が独特だった。
木々を渡る風が、まるで笛のように鳴く。
自然の音のはずなのに、どこか“調律された旋律”を感じさせた。
ユウリは崩れかけた石段を登りながら、掌に構文光を浮かべた。
「β、遺跡の構造をスキャン。崩落の危険は?」
《安定。地下に空洞あり。構造体は古代シェルダ文明の様式と一致》
「シェルダ……またその名か」
セリスが少しだけ表情を動かした。
風が彼女の髪を揺らし、光が耳飾りに反射する。
「わたしの故郷も、シェルダ文明の記録に残っています。千年前、自然と魔力を融合させて世界を築こうとした人々。けれど……」
「滅びた」
「はい。欲を制御できなかった。風を神と呼び、風を縛ろうとした」
ティアが振り向く。
「ねぇ、それって今のあの“風止め野郎”と同じじゃない?」
「似ていますね」セリスは静かに言った。
「“静寂こそ秩序”という思想……古代でも何度も繰り返された愚かさです」
ユウリは足を止めた。
「同じ失敗を、また繰り返してるってわけか」
◇◇◇
遺跡の中心には、風車のような構造物があった。
高さ十メートルの石柱が並び、中央に巨大な環が浮かんでいる。
セリスが一歩前へ進み、指先をかざす。
風が集まり、輪の中に淡い光が宿る。
「……“風の記憶”がまだ残っています。ここは“声を記す神殿”。風そのものに想いを刻んだ場所」
「想いを……風に?」ティアが首を傾げる。
「風は形を持たない。けれど、だからこそ“すべてを運ぶ”んです。願いも、痛みも、祈りも」
セリスの瞳がやわらかく光った。
「だから、わたし達エルフは風に語りかけてきた。けれど、いつからか、それを命令に変えてしまった。命令する風は、もう風じゃない」
リアナが静かに頷いた。
「……あなたの言葉、好きです。私も祈りを“命令”にしたくない」
ユウリは二人を見ながら、柱の根元にある文字を読み取った。
「“再生の門は、風が通るとき開かれる”。……これ、構文鍵だな」
《解析完了。風の流路を正しく通せば、神殿が起動します》
「なら――やってみよう」
◇◇◇
四人は位置についた。
ティアが東の柱、ミナが西、リアナが南、セリスが北。
ユウリは中央に立ち、全体の構文を制御する。
「全員、風を感じたら流れを合わせろ。無理はするな」
「了解!」
「うん!」
「はい!」
「任せてください」
セリスが目を閉じた。
彼女の周囲に、淡い緑の粒が舞い上がる。
それに合わせて、ティアの炎が柔らかく燃え、ミナの幻が風を纏い、リアナの祈りが光を放つ。
ユウリが構文を走らせた。
「《改造構文:風路再定義》――開け」
瞬間、遺跡全体に風が通った。
止まっていた空気が動き出し、旋律が鳴る。
それは笛の音のようで、声のようでもあった。
セリスが目を見開く。
「……聞こえる。風が――歌ってる」
彼女の耳に届いたのは、古代の言葉。
だが、意味は心で理解できた。
“ありがとう。まだ覚えていてくれたのですね”
風の声だった。
セリスの頬を涙が伝う。
長い年月の孤独と、風の再会。
彼女はその涙を拭おうともせず、微笑んだ。
「……わたし、やっと風と同じ方向を向けた気がします」
「風と?」ユウリが問う。
「はい。――ずっと、“守る”ことと“止める”ことの違いが分からなかった。でも今はわかる。守るって、動かすことなんですね。誰かの未来が流れていくように、風を進ませること」
リアナがそっと肩に手を置いた。
「あなたの風は優しいです、セリスさん」
ティアが笑う。
「よーし、じゃあもう正式にチーム入りだね! これで《再定義者》は四人と一機!」
「四人と一機?」ミナが首をかしげた。
「うん、ボク、ミナ、リアナ、セリス、あとβでしょ!」
《機ではありません。構成単位“補助知性体”です》
「細かい!」
「βもチームだよ」ミナが微笑むと、βの光が一瞬だけ明滅した。
《……了解。チームの一員として記録します》
そのやりとりに、ユウリは口元を緩めた。
風が吹き抜ける。
遺跡の環が静かに回転し、中心に浮かぶ光が上空へと伸びていった。
空の向こうに、遠い影が見える。
嵐のように渦巻く雲の中――誰かの気配。
ユウリは顔を上げた。
「……“風を止めた何か”の本体が、まだ残ってる。次は、そこだな」
セリスが頷く。
「今度は、風と一緒に戦います」
「いい返事だ」
ティアが拳をぶつけ、ミナが笑い、リアナが祈りの言葉を口にする。
風鳴りが高まった。
遺跡の歌が背中を押すように響く。
こうして、《再定義者》の新しい仲間が正式に加わった。
彼らの旅は――次なる空へ続いていく。




