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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第79話「出航 ― 再定義者、次なる地へ ―」

 太陽が真上に昇るころ、遠くの水平線に黒い影が浮かんだ。

 最初は雲かと思った。だが違う。風の流れがそこで途切れている。

「風が……止まってる?」

 ティアが驚いた声を上げる。


《観測異常。前方一帯に気流停止領域を確認。風速ゼロ、温度変動あり。自然現象ではありません》

「例の“風封じ”の余波か」ユウリが低く呟く。


「近づいてもいい?」

「行くさ。止まった風は、誰かが“奪った”ものだ。なら、取り返すまでが俺たちの仕事だ」


 ティアの瞳が燃えるように輝いた。

「了解っ! 悪党退治、再開だね!」

「張り切りすぎるなよ」

「だって、気持ちいいじゃん! スカッとするやつ!」

「そういう気持ちは大事です」リアナが微笑んだ。

「ただ、あまり派手に爆発させないでくださいね」

「努力する!」


 甲板の向こうで、セリスがゆっくりと手を掲げた。

「……風が、泣いています。奪われた空気が戻りたがっている」

「なら、呼び戻してやろう」

 ユウリが構文を展開する。

 空中に淡い青の数式陣が浮かび、βの声が重なる。


《改造構文:風流路再構築。起動準備。》

「やるの? 主様」

「ああ。向こうの“風封じ”を崩すには、まず風を通す道を作らなきゃならん。ティア、前方の気流ラインを焼き払え。セリス、同調して“導風陣”を維持しろ」


「了解っ!」

「了解。……風よ、流れを戻せ」


 ティアが拳を握り、地を蹴る。

 炎の龍が海面を走り、止まった空気を焼くようにかき分けた。

 同時にセリスの魔力がそれを包み込み、穏やかな旋律が風に乗る。

 ユウリが構文を上書きし、βが結界の流れを補強する。


《風流再接続――成功率、上昇中。》


 その瞬間、止まっていた海面がざわりと動いた。

 風が戻り、波が立ち、帆が再び膨らむ。

「……戻った?」

「戻った。やっぱり、“誰かが”止めていたな」


 ユウリの表情が鋭くなる。

 遠く、霧の向こうで何かが動いた。

 人の形――だが、まるで影そのものが海の上を歩くような姿。

「主様、何あれ」

「……“風封じ”の術者だ」


 セリスが瞳を細め、わずかに震えた。

「……感じます。あの気配――生きているのに、風を拒んでいる」


 リアナが杖を構える。

「どうしますか?」

「逃げ場はない。――行くぞ。止められた風を、取り返す」


 ティアの拳が赤く光る。

「任せて! ボクたちの風、もう誰にも奪わせない!」


 ミナが続くように腰の短剣を抜いた。

「ミナも! 今度は“影”の中まで追いかけるの!」


「……いい風だ」

 ユウリは舵を押し込み、甲板の上で静かに構文を展開した。


《全システム同調。改造構文:局所加速領域――起動。》


 船体が光に包まれ、波の上を滑るように疾走する。

 白い飛沫が舞い、風が吠える。

 その先には、影の術者が待っていた。



◇◇◇


 海は静かすぎた。


 船の名はアルシェ号。いつもなら帆をはらませて気持ちよく進むはずなのに、今はまるで水面に貼りついたみたいに動かない。


 風が、ない。


 ティアが甲板の先端に身を乗り出して、頬をふくらませた。


「主様、風が休んでる。サボってる」


「サボってるわけじゃない。奪われてる」


 ユウリはそう言って、海の向こうをにらんだ。


 空は薄い灰色。雲は流れず、陽の光が鈍く広がっている。水平線まで続くはずの波も、途中でぴたりと止まって歪んでいた。まるでそこだけ海が固まっているようだ。


 ミナが船べりに手をかけ、耳を伏せる。


「音もしないの。カモメの声、波の音、全部ない……きもちわるい」


「これは“封じ”です」


 セリスが静かに言った。


 風を読むように、細い指が空中をなぞる。動きが止まるたび、わずかに眉が寄る。


「自然に起きるものではありません。意図して、風そのものを止めている。海から奪っている。……こんなふうに空気を壊す術、私は見たことがありません」


「そんなの、誰がやるの?」ティアが面倒くさそうに拳を鳴らした。


「誰か一人じゃないかもしれないけどな」


 ユウリは短く息を吐き、構文端末を展開した。彼の手の周りに青い光が集まり、海面に薄い網目のような文字列がすべっていく。


「β、範囲解析。どこから“風を奪ってる”?」


《回答。前方、約九百メートル。局所的な気流停止領域を検出。中心に生命反応ひとつ》


「ひとつってことは……」ミナの耳がぴくりと上がる。


「敵はいる。ほぼ目の前に」


 ティアの目がきらっと光った。


「よし、じゃあ燃やそっか」


「まだだ。相手の力がわからないまま突っ込むな」


「えぇ〜」

「“えぇ〜”じゃない。お前この前もそれで壁ごと燃やそうとしただろ」


「ちゃんと止めたもん! 半分で!」


「半分燃やす時点でダメなんだよ」


 リアナが苦笑し、両手を合わせた。


「はいはい。二人とも、船の上は仲良くしましょうね。落ちたらわたしが引っ張り上げることになるんですから」


「はい……」


「はぁい……」


 場の緊張がほんの少し和らいだ。だが、空気はすぐにまた張りつめる。


 セリスがそっと告げた。


「来ます」


 誰も動いていないはずなのに、海の真ん中に“人影”が立っていた。


 そこは水深のある外洋だ。普通なら立てるはずがない。それでも、そこにいた。


 黒い布をまとった影。輪郭は波の揺らぎみたいに安定せず、目も口もはっきりしない。ただ、そこに“人の形”がある。


 ティアが低くうなる。


「あいつ、海の上に立ってる。ずるい」


「ずるいとかじゃない」


 ミナが一歩前に出て、細い目で相手を見た。


「……あの人、においがしないの。生き物ならわかるはずなのに。からっぽ?」


「からっぽ、ですか」


 リアナが表情を引き締めた。


「魂を削って術だけを残した存在かもしれません。そういう作り物は、時々……」


 言いかけたところで、影が口を開いた。


 声は、男の声でも女の声でもない。低い声と高い声が同時に響いているようだった。



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