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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第78話「風の兆し ― 東方高地からの呼び声 ―」

 船が海を滑る。

 波は穏やかで、朝の光を受けて白銀にきらめいていた。

 潮の匂いと風の音が混ざり合い、帆の影が甲板に揺れる。


 ティアは船首に腰をかけ、海鳥の飛ぶほうを指さした。

「ねぇ主様! 見て! あの鳥、ずっとボクたちの船の前を飛んでる!」


「風の流れに乗ってるだけだ」


 ユウリは舵のそばで答え、操舵輪を軽く回す。

 βが甲板の上で淡く光を放つ。


《航路安定。現在、南東への速度を維持中。異常信号――検出まであと三分》


「異常信号?」

 リアナが問い返す。


《はい。山岳帯方面から断続的に古代構文の残響。微弱ですが“意思”を持つ波形です》


「意思……?」

 セリスが静かに風を読むように目を閉じた。


「たぶん、呼んでいます。東の方角から。……何かが、私たちを」


 ミナの耳がぴくりと動いた。

「主様、悪い呼び声なの?」


「まだわからん。けど――放っておけない」


 ユウリが視線を東へ向けた。

 遠く、霞の向こうに灰色の山影がのぞいている。



 昼。

 船は湾に入り、風が次第に重くなった。

 空の色が変わり始め、潮風が乾いた匂いを運んでくる。


「……雨じゃないね。風の粒が違う」

 ティアが眉をひそめた。


 βが静かに解析を続ける。

《構文濃度上昇。自然現象ではありません。古代遺構由来の魔素流です》


「山からの風が混じってる。……間違いないわね」

 リアナが結界の杖を握った。


「上陸地点、決定。――右舷側、入り江へ」

 ユウリが操舵輪を切ると、船は滑るように進路を変えた。

 波が岩肌を打ち、白い飛沫が上がる。


 セリスが目を細める。

「このあたり、昔は交易の港だったはず。……けれど、今は地図にも載っていません」


「古代文明が栄えていた頃、この海岸線はまだ生きていた。

 “風の門”と呼ばれていたはずだ」


 ティアが甲板から身を乗り出す。

「“風の門”? なんか格好いい名前だね!」


「門ってことは、何かが通るための場所よ」

 リアナの声が少し硬くなった。


「……何か、ね」

 ユウリが小さく息を吐く。



 やがて、船は入り江に着いた。

 岩場に簡易の桟橋があり、苔むした柱が風に軋んでいる。

 上陸すると、潮の香りの奥に“金属の焦げた匂い”が混じっていた。


「……何か、燃えた?」

 ティアが鼻をひくつかせた。


「古代構文の残滓だ。たぶん誰かが、最近ここを触った」

 ユウリが指先をかざす。

 蒼い光が地面の上に浮かび、円環を描いた。


《解析開始――構文層、断片的再生。映像投影可能》


「やってくれ」


 βが地面に光を走らせ、空気の中に映像が立ち上がった。

 それは、黒衣の人影。

 仮面をつけ、何かを“祈るように”構文を刻んでいる。


 セリスが息を呑んだ。

「この詠唱……風を“閉じ込める”構文。……止めの魔法です」


「風を止める……?」

 ティアが眉をひそめる。

「そんなことできるの?」


「普通は無理。でも、古代の遺物を使えば、風を封じて土地を“死なせる”ことはできる」


「死なせる?」


 ミナが小さく声を上げた。

「そんなの、ダメ! 風がなくなったら、人も苦しいの!」


「そうだな」

 ユウリが頷く。


「β、詠唱の座標を割り出せ。そこが本拠地だ」


《解析完了。東方高地帯――“アルケイン遺跡群”の西端と一致》


「アルケイン遺跡……?」

 リアナが小さく呟いた。

「伝承では、風の神殿が眠る地。……でも、そこに人が立ち入れば、風は怒ると」


「なら、確かめるしかない」

 ユウリの目に、決意の光が宿る。



 日が沈みかけるころ、入り江の空が赤く染まった。

 船の上で、ティアが空を見上げる。

「主様、あの仮面の人、悪いやつだよね?」


「少なくとも、善い意図じゃない」


「なら、倒そう。……風を止めるなんて、あたし許せない」


 ユウリは微笑んだ。

「その意気でいい。ただし、突っ走るな。

 “封じられた風”が相手なら、戦うより先に“開かせる”ほうが大事だ」


「了解! でも、戦うときは全力でいくからね!」


「わかってる」


 リアナが小さく祈りの詠唱を口にした。

 穏やかな光が甲板を照らす。


「旅が再び始まりますね。……どうか、風が味方でありますように」


「風は、味方にするものだ」

 ユウリが言い、舵輪に手をかけた。


「行くぞ。――風の門を、開けに」


 船が再び滑り出す。

 夕陽の中、帆が赤く染まり、東の空が静かに揺れていた。


◇◇◇


 翌朝。

 入り江の海面は鏡のように静まり返っていた。

 夜の名残を映す水の上で、ユウリたちの船《アルシェ号》がゆっくりと帆を張っていく。


「潮、上がってきてる。出るなら今だね!」

 ティアが甲板から顔を出した。

 風に揺れる桃色の髪が朝日を反射する。


「ミナ、ロープ持ったの! ……あれ、結び目、これでいいの?」

「逆。輪が上だ」

 ユウリが手を添えて結び直す。

「力を込めなくても解けないように、指先の角度を意識しろ」

「なるほどなの! ……よし、今度は大丈夫!」

 尻尾をぱたぱた揺らし、ミナが満足げに笑う。


 セリスは舷側に立ち、潮風を感じていた。

 薄緑の髪が朝の光を受け、ほのかに光を返す。

「風が東へ流れています。……“呼ばれて”いるのを、やはり感じます」

「それって、危険?」ティアが尋ねる。

「危険、というより“必然”です」

「よし、それなら迷う理由はないな」


 ユウリが舵輪を握る。

 βの光が甲板に浮かび上がった。


《航路確定。目標:東方高地、アルケイン遺跡群外縁。推定航行時間、四十七時間。》


「長い航海になりそうね」

 リアナが短く息をつく。

「でも、もう“戦争”のために戦うんじゃない。人の暮らしを戻すため――それなら、どんな遠くも行ける」

 彼女の声は静かだが、芯が通っていた。


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