第73話「砂村の略奪者 ― 炎と風の制裁 ―」
――乾いた風が丘を渡る。
空は雲ひとつなく、焦げつくような陽光が砂丘を白く照らしていた。
古代飛空艇は、青白い浮遊光を放ちながら空を滑る。
その船体はまるで空そのものの一部で、地平線の彼方にかすかに揺れていた。
甲板の上、ティア・ドラグネアが欄干から身を乗り出し、金色の砂を見下ろす。
桃色の髪が風を受けて踊り、角の紅が太陽に反射した。
「うわー……すっごい! 見て、主様! 下、ぜんぶ金色! 砂が光ってる!」
ユウリは風防越しに視線を落とした。
遠く砂丘の陰、崩れた柵と焦げた屋根。
ひときわ小さな点――それが村の遺構に見えた。
「β、あれは?」
《観測結果:集落名。人口減少率八七パーセント。生体反応数値、危険域。建造物の損壊率六五パーセント。》
報告に、リアナが眉を寄せる。
「……まるで、焼かれた後のようです。人の気配がほとんどありません」
風が船体を撫で、金属の外殻がきぃんと鳴った。
ユウリは短く息を吐く。
「……嫌な予感がする。ティア、待機を――」
「えぇーっ! 主様、行ってみようよ! もし誰か倒れてたら、助けなきゃ!」
「ボクも賛成なの。足跡、風、匂い――人が戦った痕がするの」
ミナが欄干の上に軽く飛び乗り、目を細める。
「β、降下ルートを確保。ノヴァは上空で待機だ」
《了解。座標ロック完了。降下用エレベーター展開。》
風が甲板を巻き、光が渦を描く。
ユウリたち《再定義者》は光陣に包まれ、柔らかな浮遊感とともに空から降りていった。
◇◇◇
――砂と焦げた木の匂いが鼻を刺す。
砂塵を踏むたびに、靴底がきしむ音を立てた。
サーヴァ村。
かつて穀倉地帯の外れにあって、緑に囲まれた穏やかな村だったという。
だが今は、井戸は干上がり、畑は焦げ、柵は崩れている。
「……村が、息をしていない」
リアナの声は震えていた。彼女の瞳には、まだ“祈りの心”が残っている。
ユウリは冷たい目で辺りを見回す。
「β、反応は?」
《解析中……略奪者の反応、北西倉庫群に集結。生体反応十一、民間人三。拘束の形跡あり。》
「よし。救出優先。ティア、ミナ、リアナ――行くぞ。《再定義者》、出動だ。」
◇◇◇
――村の中央。
崩れた倉庫の前では、盗賊たちが戦利品を広げ、下卑た笑い声を上げていた。
麦袋を破り、穀物を踏みにじり、縛った村人を物のように転がす。
「へっへっへ! 田舎者のくせに麦は上等じゃねぇか!」
「騎士団も見て見ぬふりだ。俺らの天下だ!」
その時――地面が、低く鳴った。
砂を裂き、風が逆巻く。
上空から紅い閃光が一直線に降り注ぐ。
轟音と共に、地を穿つように炎の拳が叩きつけられた。
「パンを焼くなら火を使え。でも、人の家を焼くなら――燃やすのは、あんたらの方」
ティア・ドラグネア。
炎をまとった竜闘士の少女が、砂煙の中から姿を現す。
瞳に宿るのは怒りではなく、まっすぐな「正しさ」だった。
「な、なんだこの女はっ!」
「怯むな! 囲め!」
盗賊たちが剣を構えるより早く、ユウリの声が響いた。
「β、結界干渉を遮断しろ」
《了解。構文展開――《ジャミング・フィールド》発動》
青い光陣が地面を走る。
その瞬間、金属の音が止んだ。盗賊たちの剣が宙で固まり、手から滑り落ちる。
「な、なんだ!? 腕が動かねぇ!」
「その剣、もう使えないよ」
風を切ってミナが背後から滑り込む。
白銀の髪が光を反射し、短剣の柄が敵の顎を正確に叩いた。
「おしゃべりは禁止。次、行くの」
残像が幾重にも走り、敵の背を次々と叩き落とす。
ティアは拳を握り、肩を回した。
「主様、右は片付いた! ――本気出すよっ!」
「いい。だが巻き込むなよ」
「分かってる!」
彼女の拳が高く掲げられ、紅蓮の魔陣が地を覆う。
「《竜炎衝破》ッ!!」
炎の竜が吠え、紅の爆風が倉庫を飲み込む。
轟音と共に敵だけを弾き飛ばし、壁を焦がす。
焦土の熱が空気を震わせた。
炎が収まると、地には黒焦げ寸前の盗賊たちが転がっていた。
《敵勢力、全員無力化完了。死者なし。民間人三名、軽傷。治療可能範囲です。》
ユウリは剣を収め、静かに息をついた。
「……よし。ティア、火を収めろ。リアナ、治療を」
「了解っ!」
柔らかな光が村人たちを包み、焦げた匂いが少しずつ消えていく。
◇◇◇
――数刻後。
夕陽が砂丘を朱に染める。
リアナは祈りの光で崩れた柵を修復し、ユウリは残骸に手をかざす。
「《改造構文:物質再定義》――再構築」
淡い蒼光が走り、木片が噛み合う。
かつての形を取り戻した柵が、ゆっくりと地に根を下ろす。
見ていた老人が息をのむ。
「……まるで、奇跡のようじゃ」
「奇跡じゃない。理の修正だ」
ユウリは静かに笑った。
ミナは子どもの手を取り、傷を包帯で巻いてやる。
「これで痛くないの。怖くなったら、風の音を聞いて」
「風?」
「うん。風が主様の声を運んでくれるから」
ティアは拳を燃やしながら振り返る。
「主様、もうこの村は大丈夫! ――次、行こっ!」
「焦るな。リアナ、倉庫の補修を終えたら出る」
「はい。……でも、この村の人たちがまた立ち上がれるといいですね」
風が止み、静寂が戻る。
丘の上でセリスが目を細めた。
「……風が笑ってる。村がまた呼吸を始めた」
ユウリが空を見上げる。
「いい風だ。――β、ノヴァを降ろせ」
《了解。着陸モードに移行。サーヴァ北丘に停泊中。》
遠く、白銀の巨影がゆっくりと降下してくる。
《アーク・ノヴァ》の翼が月光を受け、滑らかに光を放った。
村の子どもたちが目を丸くし、歓声を上げる。
「す、すごい……空を飛ぶ船だ……!」
「うん。主様の船だよ!」とティアが誇らしげに胸を張った。
ユウリは帽子のつばを下げ、静かに呟く。
「……行こう。次は“人の知らぬ時代”が相手だ」
ミナが尻尾を揺らし、リアナが光を閉じる。
再定義者たちは光陣に包まれ、ノヴァの船内へと戻っていった。
――風が吹き抜け、サーヴァ村の鐘が鳴る。
焼けた土地に再び笑い声が戻り、空の上では白銀の翼がゆるやかに旋回した。
古代飛空艇。
それは、彼らの旅路を照らす“再生の灯”として――
今日も静かに空を渡っていく。




