第69話「再生会議 ― 理念と現実 ―」
グランテール中央議会ホール――。
白い大理石が並ぶ広間は、朝の光を反射して静かに輝いていた。
だが空気は張り詰め、そこに集う者たちの表情は一様に硬い。
議員、騎士団、商会、教会、そして冒険者ギルド。
この街を支える五つの勢力が、一堂に会していた。
目的はただひとつ。
――理念連盟事件の総括と、街の再生方針の決定。
壇上には巨大な円卓。
その中央に座るのは、市政代理議長バルマン。
落ち着いた声で宣言が響いた。
「これより、グランテール再生会議を開始する」
筆記官のペンが走る音。
重い椅子の軋み。
そのどれもが、街の未来を左右する音に聞こえた。
ユウリたちは、ギルド代表として列席していた。
ティアはそわそわと落ち着かず、膝の上で尻尾を押さえつけている。
ミナは耳をぴんと立て、真面目に前を見つめていたが、
緊張のせいで尻尾がふるふると小刻みに揺れている。
リアナは書類をめくりながら、冷静に全体を見渡していた。
「……主様、貴族派がだいぶ多いですね」
「まあ、あいつらは面子のために来てる。街のことなんか考えちゃいない」
「わかってるけど、ティア……椅子を揺らさない」
「だ、だって空気が固いんだもん!」
その小声のやりとりに、βが小さく信号を点滅させた。
《観測補足:ティア・ドラグネア、心拍上昇。退屈由来》
「分析しなくていい」
《了解》
壇上では議長が開会の辞を続けている。
「理念連盟の暴走によって、街の一部が混乱しました。
これをどう再発防止につなげるか、今後の制度に反映させる必要があります」
次々と発言が飛ぶ。
「連盟の信奉者を全員拘束すべきだ!」
「だが、彼らが提供していた資源がなければ、復興は進まん!」
「信仰か、管理か、どちらを優先するのだ!」
議場がざわつく。
あちこちで派閥ごとの言い争いが始まり、秩序は崩れかけていた。
ティアが耳を押さえ、顔をしかめる。
「うわぁ……誰も街のこと考えてない」
「そう見えるが、これが“人間社会”ってやつだ」
「主様は……平気?」
「慣れた」
ユウリは短く答えると、ゆっくり立ち上がった。
彼の声は静かだったが、不思議と会場全体に響いた。
「……もう少し静かに話そうか」
その言葉に、ざわめきが止まる。
ユウリの背後でβが青白い光を放ち、音声波を増幅していた。
「理念連盟を“悪”と断じるのは簡単だ。だが、問題はそこじゃない」
彼は視線を巡らせる。
議員たちの表情には焦りや苛立ち、そして恐れが混じっていた。
「彼らの目的は“支援”だった。だが、その支援が“支配”に変わった。
感謝を押し付けることで、弱者を縛った。それがすべての始まりだ」
場内が静まり返る。
ユウリは懐から銀色の端末を取り出し、βに合図を送った。
《再生開始。記録映像:理念連盟第三区会議ログ》
空間に青い映像が浮かぶ。
映し出されたのは、連盟代表ライオネルが部下たちに語る姿。
「街をひとつの理念で統一すれば、争いはなくなる」
「異なる考えを持つ者は、共鳴で導けばいい」
その映像が終わると同時に、会場に低いざわめきが走った。
「……導く、だと?」
「支援じゃない、洗脳だ」
「市政の許可なしにあんな技術を……」
バルマン議長が低く唸った。
「ユウリ・アークライト殿。証拠の信憑性は?」
「β、出力」
《解析結果:映像音声とも改竄痕跡なし。発言者の声紋一致率99.7%》
議員の一人が席を立ち上がる。
「ば、馬鹿な……技術局の試験研究を流用したなど……!」
「その通りだ」
ユウリの瞳が冷たく光る。
「理念連盟の“共鳴布”を開発したのは、技術局の一派だ。
秩序を作るために、人の心を同調させる――それが彼らの狙いだった」
会場の空気が一変する。
怒号、動揺、そして恐怖。
ティアがこっそりミナの手を握る。
「……主様、全部言っちゃうんだね」
「隠しても腐るだけだからな」
議長が深くため息をつく。
「つまり、街の混乱は“上の意志”が生んだものだと?」
「その通り。
――だが、それを正すのもまた、人の意志でしかない」
ユウリの言葉に、誰もすぐには返せなかった。
リアナが静かに立ち上がり、補足する。
「ユウリ様の言う“再定義”は、秩序を壊すためのものではありません。
人が“信じ合う力”を仕組みに変える――それが目的です」
ユウリが頷き、構文光を展開した。
青い輪が空中に浮かび、数式と文字が流れる。
「――《共鳴改造式・人間信号網》」
βの音声が説明を添える。
《個々の感情波を検出・変換し、街全体の魔力循環に組み込む構文。
“信頼”が高まるほど街の防御構造が強化され、悪意の波を中和する》
「つまり、“善意”が街を動かす……そういう理想論か?」
一人の商人が鼻で笑った。
だがユウリは即座に返す。
「理想を笑う奴がいるから、現実が腐るんだ」
その一言に、商人は言葉を詰まらせた。
ユウリの声は徐々に熱を帯びていく。
「街を守るのは制度でも権力でもない。
“隣にいる誰かを守りたい”と思える気持ちだ。
俺はその力を、魔法でも構文でもなく――仕組みにする」
会場の隅で老騎士がゆっくりと立ち上がった。
白髪を束ねた壮年の男。胸の鎧には《白百合》の紋章。
「……人の手で秩序を作る、か。
昔なら笑っていたが、今は……そうも言ってられんの」
そして、わずかに笑った。
「よかろう、若き改造者。試してみるがいい」
拍手がひとつ、ふたつ。
やがてそれが連鎖し、会場を満たしていった。
会議が終わる頃には、外はすっかり夕焼けに染まっていた。
広場には市民が集まり、窓から見守る子どもたちの姿もある。
「ねぇ、あれが《再定義者》の人たち?」
「うん、街を救ったって!」
そんな囁きが風に混じる。
階段を降りたユウリたちは、橙色の光を浴びながら息をついた。
ティアが腕を伸ばし、嬉しそうに笑う。
「ねぇ主様、すごかったよ! あんなにいっぱいの人の前で!」
「緊張はしてたけど、上手に喋ってた!」ミナが尻尾を振る。
「……あなた、演説もできるようになったのね」
リアナが少し微笑む。
「やめてくれ。ああいうのは柄じゃない」
「でも、あなたの声で空気が変わった。
“支配”じゃなく“信頼”で動く街――きっと、それが本当の再生です」
ユウリはしばらく黙り、空を見上げた。
陽が傾き、風が穏やかに吹く。
どこか懐かしい香り。
森の方角から、淡い翠の光が流れてきて頬を撫でた。
「……セリスか」
風が、微かに笑ったように感じた。
βが静かに報告する。
《構文記録完了。市民信号網の初期化、成功率92%。街の安定度、上昇傾向》
「……これでようやく、始まりだな」
「主様、街がちょっとずつ明るくなってく感じ、ボク分かるよ!」
「うん……風も、優しいの」
リアナが目を細めて言った。
「――風が笑っていますね」
ユウリは小さく頷いた。
「……なら、この街はまだ生きてる」
その風の流れの中で、ユウリたちはゆっくり歩き出した。
陽が沈み、灯がひとつ、またひとつ、街にともる。
それはまるで、新しい秩序の脈動だった。




