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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第68話「セリス・フィオリア ― 風の目覚め ―」

 市場騒動の翌朝。

 グランテールの街は、まるで深呼吸でもしたかのように静かだった。

 昨日まで熱に浮かされていた人々も、今は普段の顔で働いている。

 風がやさしく屋根瓦を撫で、遠くで鐘が鳴った。


 ユウリたちは街の外れ、小高い丘の上にいた。

 修復作業を終えたばかりの風車が、ゆっくりと回る。

「……よく回るな」

 ユウリがつぶやくと、ティアが胸を張った。

「当たり前っ! ボクと主様が組んで直したんだもん!」

「主様が九割、ティアが一割でしょ?」

 ミナの冷静な突っ込みに、ティアはふくれた。

「なによー! 火力の調整くらいちゃんとしたもん!」

「“火”で風車直すのがおかしいのよ……」

 リアナが笑う。その声が、風に溶けた。


 βが静かに告げる。

《観測報告:理念連盟、活動縮小を確認。構文共鳴信号の残存率、7%》

「やっと落ち着いたか」

「うん……でも、あの青い布、まだ街のあちこちに残ってた」

 ミナが呟き、ユウリは小さく頷いた。

「理想ってのは、形を壊しても風みたいに残る。……だからこそ、再定義がいる」


 そう言いながら、ユウリは丘の向こう――森の方角へ目を向けた。

 どこか、風の流れがおかしい。

 まるで空気の中に“別の呼吸”が混ざっているような、微細な違和感。


 その森の奥で、少女は目を覚ましていた。


 光の粒子が漂う樹間。

 風が葉を揺らし、陽が差し込む。

 少女の髪が、その光を受けて翡翠のように輝いた。

「……長く眠っていた、のね」


 セリス・フィオリア。

 エルフの古きシルヴァティアから遠く離れた異郷で、

 彼女は“風の囁き”に導かれていた。


 かつて世界の理を見守る存在だったが、今は静かに人の世界を見ている。

 人の争いも、涙も、祈りも――。

 それを眺めるたび、胸の奥が、妙にざわめいた。


「風は、嘘をつかない。……けれど、人の声は、揺れる」


 彼女の耳に、かすかな残響が届いた。

 ――「理想は、ひとつに統一されねばならない!」

 昨日、市場で響いた“理念連盟”の叫びの残滓だ。

 その波が風に乗って、森まで届いていた。


「……愚かだけど、痛いほどまっすぐ」

 セリスはそっと目を閉じた。

「同じ風を感じるのに、なぜ争うのかしら」


 頬に触れた風が、どこか懐かしいぬくもりを運んでくる。

 ――それは、人の世界にいる“改造者”の気配だった。


 一方、丘の上。

 ユウリが風の流れを読むように目を細めた。

「……この風、ただの自然じゃないな」

「風が、しゃべってる?」

 ティアが首を傾げる。

 リアナは静かに目を閉じた。

「……精霊の波です。とても古い風の……呼吸」

「精霊?」

「はい。おそらく、この地に眠っていた“風の巫女”が、目を覚ました」


 その名を聞いて、ユウリの脳裏に小さな構文ログが走る。

《観測対象:精霊波長一致率89%。識別名候補――“セリス・フィオリア”》

「……セリス?」

 その響きに、βの光が小さく震えた。


 森の中。

 セリスは立ち上がり、手のひらに風を集める。

 緑の光が揺れ、薄い魔法陣が浮かぶ。

「名を呼ばれた気がする……。誰?」


 彼女の周囲に、風の粒子が踊る。

 遠く離れた丘の上、ユウリの足元にも同じ光が現れた。

「構文反応!? β、位置特定!」

《座標確定――距離一キロ南東、森の中》

「行くぞ」

「了解、主様っ!」

 ティアが跳び、ミナが続く。リアナも祈りの紋章を光らせ、風の道を繋げた。


 森を抜けた瞬間、世界が静まった。

 鳥の声も、葉の音も止まり、ただ風だけが流れる。

 その中心に、少女が立っていた。


 透き通るような緑髪、金と黄緑が混ざる瞳。

 白と翠の装束を纏い、裸足で大地を感じている。

 セリス・フィオリア――風の巫女。


 彼女の瞳が、ユウリたちを見つめた。

「あなたたちが……この風を変えた人?」

「変えた、というより、壊れたところを“直した”だけだ」

 ユウリが穏やかに返す。

 セリスの表情がわずかに緩む。

「……“直す”。ふふ、それは懐かしい言葉ね」


 リアナが一歩前に出た。

「あなたが、この森の精霊ですか」

「私は……風の記録。長い時間を見てきただけ」

 セリスはゆっくりと髪を撫で、続けた。

「でもね、あなたたちの“音”は違った。壊すためじゃなく、繋ぐための音」


 その声は、まるで風の歌のように優しかった。


 だが次の瞬間、空気が震えた。

《警告:残留理念信号、森の結界内で再活性化!》

 βの警告音が走る。

「……くそ、まだ残ってたか」

 木々の間から、青い光の柱が立ち上がった。

 昨日市場で使われた“共鳴布”が、森に流れ着き、残響を放っている。

 その波がセリスの周囲に絡みついた。


「っ……これは、人の“怒り”の音……!」

 風が荒れる。樹々が揺れ、渦が巻く。


「主様、風が暴れてるっ!」

「β、反共鳴構文展開!」

《応答。展開率60%……外部要因が強すぎます!》


 ユウリがセリスに叫ぶ。

「セリス! あんたが風を抑えろ!」

「……できない! これは、人の心が生んだ嵐!」

「なら、俺が再定義する!」

 ユウリが手を翳し、構文を走らせた。

 だが、その瞬間――セリスの瞳が光を宿した。


「違う……これは、“わたしの風”として導かなきゃ」


 彼女の足元に風紋が広がる。

 風が音になり、音が歌になる。

 その旋律が、嵐を包み込んだ。


 ユウリの構文光と、セリスの風が交差する。

 光と風が混じり合い、やがてひとつの輪を描いた。

《共鳴値上昇。魂リンク形成開始――》

「……β、記録を止めろ」

《了解》


 ユウリが呟く。

「これが……“風の目覚め”か」


 やがて風は静まり、森に柔らかな光が差し込んだ。

 セリスは膝をつき、深く息を吐く。

「……ありがとう。あなたの声が、届いた」

 ユウリは手を差し出した。

「人も風も、壊れたら直せばいい。それだけだ」

 セリスはその手を見つめ、微笑んだ。

「……あなたの“理”、少しだけ好きになれそう」


 風が再び吹き、緑の髪が揺れる。

 その香りは、朝露と同じ――新しい始まりの匂いだった。

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