第66話「理念連盟 ― 名を名乗る者たち ―」
朝の光が、グランテールの広場に差し込む。
修復が始まって二日目。昨日よりも少しだけ整った石畳に、今日も人々の声が響いていた。
「ミナ、釘ちょうだい! こっちの板、もう一枚足りない!」
「はいっ!」
尻尾を器用に巻いて木箱を引き寄せるミナ。隣でティアが笑う。
「よーし、これで壁が立った! ボクたち、やっぱ最強だな!」
「まだ半分だぞ」
ユウリの声が飛ぶ。手には工具ではなく、紙とチョーク。修復箇所の地図を描き直している。
《広場の南側、補修率68%。午前中には終わります》とβの声。
「いいペースだ。……だが、物資が足りなくなるな」
《在庫残量32%。三日で底をつきます》
「ライオネルが今日、何をするかで決まる」
リアナが子どもたちに包帯を巻きながら、少しだけ顔を上げた。
「彼の“連盟”……名前だけが先に広がってますね」
「名前は便利な旗だ。問題は、その旗の下に誰が立ってるか、だな」
その言葉を証明するように――昼前、広場にざわめきが起きた。
木箱を積み上げた即席の壇上。そこに立つのはライオネル。
昨日とは違い、背に青い布を結び、人々に手を振っている。
「皆さん、聞いてください!」
張りのある声。陽光を背にして立つ姿は、まるで英雄のようだった。
「我々《理念連盟》は、“誰もが再建の担い手になれる”世界を目指します!
力ある者も、弱き者も、同じ舞台に立てるように――」
その言葉に、ざわりと人が動く。
「すげぇ……本気で街を作り直す気か?」
「金も出すって聞いたぞ。これなら生活が戻る!」
ティアが呆れたように呟いた。
「なんか……上手すぎない? “いい人オーラ”出しすぎでしょ」
ミナも尻尾をしょんぼり下げる。
「ミナ、ちょっとこわいの。全部“正しい”感じがするのが、こわいの」
ユウリは腕を組み、群衆の後ろから見つめていた。
「正しさは、時々、刃になる」
やがてライオネルは胸元から青い布を取り出し、群衆に見せた。
「賛同してくれる方は、この“印”を。これは希望の象徴です!」
青いリボンが次々と手渡され、腕に巻かれていく。
人々の顔に安堵と期待が混ざる。
《主。布繊維に微弱な魔力反応を検出。通信構文の残留あり》
「つまり……登録者を“追える”仕組みか」
《確度83%》
ユウリはわずかに目を細めた。
その時、広場の一角で声が荒れた。
「《再定義者》が最初に動いたんだろ! なんで“連盟”が仕切るんだ!」
「でも、あの人たちが金を出してくれるなら、文句言うなよ!」
「黙れ! お前らはまた誰かに支配されたいのか!」
瞬く間に口論が広がる。
ティアが慌てて割って入る。
「ちょ、ちょっと! ケンカはだめ! ボクたちは――」
「特別だから黙ってろ!」
吐き捨てられた言葉に、ティアの拳が震える。
リアナが背から抱き止めた。
「落ち着いて。今ここで殴れば、全部“暴力”に変わります」
ティアは歯を食いしばり、拳を下ろした。
ミナがその袖を握る。
「主様……みんな、どうしてこんなに怒るの?」
「“信じたいもの”が違うからだ。だが――信じ方を奪うのは、もっと危険だ」
群衆が散った後。
ライオネルが演壇を降り、ユウリの前に立った。
「あなたの仲間が止めてくれて助かりました。……ああいう混乱は望んでいません」
「だが、お前の旗が“争いの線”になっている。気づいてるな?」
ライオネルの笑顔がわずかに曇る。
「理想を語る者は、いつか批判されます。それでも進まなければならない」
「違うな。“理想”は進むための力だが、“強制”は止める力になる」
「……あなたは危険ですね、ユウリさん」
「理由を聞こうか」
「あなたは“秩序を拒む”。その自由は、人を壊す」
視線が交錯する。
空気がわずかに張り詰め、風が二人の間を通り抜けた。
ライオネルはそのまま背を向け、群衆の中へと消えていった。
夕暮れ。
噴水の水面に、灯りがいくつも映っていた。
ティアが焚き火の前で腕を組む。
「主様、あの人……絶対に何か隠してる。あんなの“正義の顔”じゃない」
「正義と支配は、紙一重だ」
「でも、もし“連盟”が街を良くしちゃったら……ボクたち、悪者みたいに見えちゃう?」
「構わん。結果が正しければ、評価はあとでついてくる」
ミナが尻尾を抱えて呟く。
「でも……“ついていく人”が増えるの、なんか、怖い」
《観測報告。連盟印の魔力信号、街の三分の一で検出》
「もうそんなに……?」
《さらに補足。ライオネル、今夜、貴族街区での接触を確認。相手名――ヴァルド・レーヴァン》
ユウリは火を見つめたまま、低く息を吐く。
「やっぱり、あの層に繋がってるか」
リアナが静かに目を閉じ、祈るように言う。
「理想を語る者が、最初に失うのは“謙虚さ”です。どうか、街が壊れませんように」
「壊れる前に、改造してみせるさ」
焚き火がぱちりと弾けた。
ティアが顔を上げる。
「主様、次はどうする?」
「明日。“連盟”がどこまで街を動かせるか見極める。それ次第で――対処を決める」
ユウリは立ち上がり、夜空を見上げた。
灯の数は増えている。だが、その下にある影もまた、濃くなっていた。
そして、βの光がひときわ強く瞬く。
《主。市議会旧庁舎の屋根に、新たな旗。紋章は“理念連盟”》
「……早すぎるな」
ティアが拳を握る。「まるで最初から仕組まれてたみたい」
ユウリは短く頷いた。
「明日は、“旗の意味”を問いに行く」




