第65話「街の再定義 ― 灯をともす者たち ―」
朝の光が、崩れかけたグランテールの広場を照らしていた。
瓦礫を積み直す音、木槌の響き、どこかで笑い声。――街は、生き返ろうとしている。
「ミナ、その板もう少し右!」
「はいっ!」
汗まみれのティアが声を飛ばし、ミナが素早く釘を打つ。尻尾をくるくる巻き上げながら、屋台の修復に夢中だ。
リアナは子どもたちの擦り傷に薬草を塗り、優しく微笑む。
「ほら、これで痛くない。強い子ね」
広場の中心では、ユウリが噴水の亀裂を覗き込んでいた。
《観測完了。水路の詰まり三箇所。圧を逃せば再稼働可能です》
「了解。《改造構文:流路補正》」
蒼い光が走り、石の継ぎ目が滑らかに繋がる。次の瞬間――ぽこぽこ、と音を立てて水が吹き上がった。
拍手が沸き起こる。子どもが笑い、大人が顔を見合わせる。
「よし、一つ目クリアだな」
修復班の地図には、ユウリが書いた五つのルールが貼られている。
①壊れた場所を見つけたら印をつける。
②見た人ができる範囲で直す。
③道具は噴水前の物資台から貸し借り。
④危険作業は二人以上。
⑤“明日やる”は禁止。
《道具の貸出記録、私が管理します》
「頼んだ。数字じゃなく、続く仕組みにしていこう」
そんな中、荷馬車の音が近づいた。
旅装束の青年が、荷を積んだまま馬を止める。
「やあ、作業中でしたか。手伝わせてください」
整った顔立ち、落ち着いた声。
ライオネル――この街を訪れた、謎の旅人だった。
「木材と釘、それから食料を持ってきました。お子さんたちにどうぞ」
ミナの耳がぴくりと動く。
「干し肉の匂い……!」
「おお、わかりましたか」
ティアが訝しげに眉を寄せた。「優しすぎるな……どこから来たんだ?」
「北の街です。壊れた場所を回って、再建を支援している団体の一員で」
リアナが首を傾げる。「あなたたちの団体の名前は?」
「《理念連盟》と申します」
その名を聞き、ユウリはわずかに目を細めた。
「助けはありがたいが、条件がある。物資はここで分配する。順番も全員で決める」
「もちろん。あなたたちのやり方を尊重します」
即答。笑顔に一片の濁りもない。だが――βの光が微かに揺れる。
《反応時間、通常値より0.2秒の遅延。記録します》
「監視は続けてくれ」
《了解》
荷下ろしが始まる。ティアはハンマーを握り、ミナは木材を並べ、ライオネルは重い荷を軽々と運ぶ。
干し肉を受け取った子どもたちが笑顔を弾ませ、リアナが祈るように呟く。
「……あの笑顔、久しぶりに見ましたね」
「そうだな。人の手で灯した光は、強い」
昼過ぎ、マリアが駆けてきた。
「ユウリさん! 市場通りの梁が傾いています! でも商人たちが通行止めを嫌がって……」
「現場を見よう」
市場通り。屋根は歪み、梁がぎしりと悲鳴を上げていた。
「頭上注意! 落ちるぞ!」
ティアが子どもを抱え、屋台の外へ跳ぶ。ミナが屋根に駆け上がり、釘を打つ。
「一本、にほん、さんぼん!」
「数え歌やめろって!」
ユウリは金具を押さえ、青光を走らせた。
《構造安定。歪み率0.4に低下》
「これでよし。……もう崩れない」
商人たちの顔がほころぶ。「助かったよ!」「やっぱり《再定義者》だ!」
ティアが胸を張り、尻尾をぱたぱた振る。
「ふふん、ボクらにかかればこんなもん!」
「調子に乗るな」
「だって褒めてよ!」
「……よくやった」
「やったー!」
午後、広場に戻ると作業は一段落していた。
ライオネルが布の汗を拭いながら、穏やかに笑う。
「皆さん、素晴らしい働きです。……もしよければ、明日から資金援助を提案したい。街の仕組みを整えるために」
「資金援助?」
「寄付と投資の間です。返済も不要。ただ、管理を一括して――」
言い終わる前に、ティアが割り込む。
「主様、やっぱり怪しい! “ただ”でなんてあるわけない!」
リアナが彼女の肩を軽く押さえる。
「でも、拒めば街の修復は遅れます」
ユウリは少し考え、短く答えた。
「いいだろう。だが、条件は一つ。金も人も“透明”に動かす。裏は作らない」
「もちろん」
ライオネルは笑った。その笑みは、完璧すぎるほど自然だった。
ティアがベンチにどさっと座り、両腕を伸ばした。
「つーかれたぁ……でも、気持ちいい」
「ミナも……ねむい……」
ミナの頭がユウリの肩にぽすりと乗る。尻尾が膝に落ち、ゆっくり揺れる。
リアナは空を見上げ、小さく息を吐いた。
「今日の街、たくさん笑っていました」
「ああ。……明日は、もっとだ」
《主。彼の周囲、複数の未知通信を検出。“連盟”関連のタグと思われます》
「探るな。今は動かせない。……だが、観測は続けろ」
《了解》
ユウリは立ち上がり、灯りの数を数える。広場の端から端まで、点々と並ぶ灯。今日の朝より、確かに増えている。
「行こう。今日はもう終わりだ」
「はーい……主様、抱っこ」
「歩け」
「けち」
笑いながら、歩き出す。背中に夜の匂い。足元に、直したばかりの石畳の感触。
リアナはその光景を見つめながら呟く。
「今日、街が“動き始めた”感じがします」
「まだ始まりだ」
《主。広場の声の中に、“連盟”という単語が増加しています》
「……やはり、来るか」
ユウリは空を見上げた。
崩れた街の中に、小さな灯がいくつも瞬く。
その光の向こうで、次の波が、静かに近づいていた。




