第64話「崩壊の議事堂 ― 再定義者、集結 ―」
光が消えた。
数秒遅れて、瓦礫と灰がゆっくりと降り注いだ。
議会塔の天井は完全に吹き飛び、夜明けの光が薄紫に滲みながら差し込んでいる。
紅と蒼が空に溶け合い、まるで龍の咆哮の余韻が空気に染み込んでいるかのようだった。
焼け焦げた石壁の隙間から、崩れた天井の光が差し込み、あちこちに残る蒼炎の残光を照らしている。
ティアは膝をつき、荒い息の合間に笑った。
「はぁ……はぁ……主様、勝った……よね……」
ユウリは剣を地に突き立て、肩で息をしながら静かに頷いた。
「ああ。……“秩序の王”はもう倒れた」
瓦礫の中央。
ヴァルド・レーヴァンがうつ伏せに倒れていた。
あれほど神を気取り、“秩序の意志”を語っていた男が、今はただの人間に戻り、埃にまみれたまま動かない。
額にかかっていた金の冠は砕け、無数の金属片が散らばっている。
その一片が、まだわずかに蒼光を放ちながら床を転がった。
ユウリはそれをじっと見下ろし、かすかに呟いた。
「……これが、“完全秩序”の果てか。誰も笑わず、誰も泣かない世界の、なれの果てだ」
リアナが静かに膝をつき、杖を胸に抱えた。
祈りの声が、崩壊した議事堂の中に穏やかに響く。
「――神ではなく、人として罰を受けられますように。
その罪が、人の手で再び正されますように」
ティアが肩で息をしながら苦笑した。
「主様、リアナってばほんと真面目すぎるよね。あたし、正義とかよくわかんないけど……」
「それが、あいつの強さだ」
ユウリは微笑みながら言い、視線をヴァルドへ戻した。
「そして――俺たちが学ばなきゃいけない“人の強さ”でもある」
灰の中に混じって、βの光がゆらりと浮かぶ。
《観測結果:律令冠、完全崩壊を確認。対象ヴァルド・レーヴァン、生存反応あり。ただし精神波は混濁状態。》
「殺してはいない。……壊すのは仕組みだけでいい」
ユウリが短く呟いたとき――
瓦礫の奥から、金属靴の音が響いた。
規律正しい足音。それが十人以上、同時に近づいてくる。
◇◇◇
崩れた扉の向こうから、白い鎧が姿を現した。
《白百合》の紋章を肩に刻む騎士たち。
その先頭に立つのは、銀髪の青年――副官セリオ・ハルスト。
顔には煤が付き、片腕には血が滲んでいる。
それでも、その眼には誇りと清廉さが残っていた。
「ユウリ殿……貴殿が、彼を止めてくれたのですね」
「ああ」
ユウリは短く答え、肩の埃を払う。
「俺たちだけの力じゃない。街の人々が、もう“沈黙の秩序”に従わなかった。それが勝因だ」
セリオはゆっくり頷き、周囲を見渡した。
崩れた議会塔の中で、空が見える――その異様な光景に、誰もが息を呑む。
「……我々も見ました。あの瞬間、炎と理がひとつになり、空の色が変わった。
あれが《再定義者》の力なのですね」
ユウリは軽く首を振る。
「違う。俺たちが見せたのは、“人が変われる”という証明だ」
その言葉に、セリオの瞳がわずかに揺れた。
ティアが拳を掲げ、無邪気に笑う。
「ね! ボクら、ただの冒険者チームだもん! 難しいことは主様に任せるの!」
その明るさに、重かった空気が少しだけ和らぐ。
ミナも尻尾を揺らしてティアの隣に立った。
「でも、街を守れたの。主様、また褒めてくれる?」
「よくやった。全員、最高の動きだった」
ユウリの一言に、ティアとミナの顔がぱっと輝いた。
リアナも小さく微笑み、そっと祈りの指を解いた。
◇◇◇
βが空中に淡い光を走らせながら、無機質な報告を流す。
《構文波の安定を確認。秩序冠崩壊に伴い、貴族評議会の指令網は機能停止。
……現在、街の行政主導権は空白状態に移行中。》
「つまり、この街を動かしている者が今はいない、ってことか」
《はい。推定七十二時間以内に統治混乱が発生する確率、83%。》
ティアが腕を組み、眉をひそめる。
「せっかく勝ったのに、また騒ぎになるの?」
「放っておけば、“新しいヴァルド”が生まれる」
ユウリの言葉に、リアナが静かに頷いた。
「権力の空白がある限り、欲望は形を変えて戻ってきます。
だから――また“再定義”が必要なんですね」
「そうだ」
ユウリは瓦礫の上に立ち、朝日を背に受けながら言った。
「秩序を壊したなら、次は――街を再定義する」
ティアが目を丸くする。
「再定義って、主様の《改造》のこと?」
「ああ。だが今回は人間社会を対象にする。力じゃなく、構造から変える」
「うわぁ……それ、ボクの炎より難しそう」
「だからこそ、俺たちがやる」
セリオが前へ出て、剣を抜いた。
瓦礫の上に立て、まっすぐ頭を下げる。
「……《白百合》は貴殿たちに協力を申し出ます。
ヴァルドの腐敗を正すために、共に新しい街を作りましょう」
「受けよう。ただし条件がある」
「条件?」
「上から命令するのはやめろ。これからは、横に並んで歩くんだ」
セリオは一瞬驚き、そして微笑んだ。
「――それが、“再定義”の第一歩というわけですね」
◇◇◇
瓦礫の隙間から光が差し込む。
崩れた壁の外では、人々がざわめいていた。
夜が明け、グランテールの街に新しい一日が訪れようとしている。
ギルド前の広場では、マリアが空を見上げていた。
紅と蒼の余光がまだ残る空に、彼女は小さく手を合わせる。
「ユウリさん……やっぱりあなたは、“壊す人”じゃなくて“直す人”なのね」
遠く、鐘の音が響く。
それは戦いの終わりではなく――再生の合図のように。
◇◇◇
瓦礫の山の上、風が吹き抜ける。
ティアが外套を翻しながら、疲れた笑顔で立っていた。
「主様、次はどこを直すの?」
ミナがその隣で尻尾を揺らしながら笑う。
「ミナ、孤児院の庭がいい。あそこ、柵が壊れてたの」
リアナは杖を握りしめ、静かに言った。
「祈りの鐘も、割れたままです。……直してあげたい」
ユウリは小さく息を吐き、三人を見渡した。
「順番にやるさ。まずは、壊れたこの街の“心”からだ」
その言葉に、ティアが拳を握った。
「じゃあボク、また燃やすね! ……じゃなくて、燃えない方で手伝うっ!」
「そうしてくれ」
「任せて!」
ミナが笑い、リアナが静かに頷く。
風が吹き抜け、空が広がる。
秩序は崩れた――だが希望は、確かにここに残っている。
ユウリは拳を軽く握り、目を閉じた。
脳裏に、これまでの戦いの記憶がよぎる。
誰かを救うたびに、自分の中の“人間”が少しずつ戻ってくるような感覚。
「……行くぞ、みんな」
「うんっ!」
「はい」
「了解、主様」
瓦礫の上を踏みしめ、彼らは歩き出す。
朝の光が差し込み、風が髪を揺らした。
――《再定義者》、新たな時代の始まり。




