第63話「沈黙の王冠 ― ヴァルドの暴走 ―」
グランテール議会塔。
巨大なドーム状の天井に光が反射し、千の窓が朝を映していた。
昨日の審問の余韻が、まだ街のどこかに残っている。
――ユウリ・アークライトが、議会の場で「秩序の欺瞞」を暴いた日。
だが、静寂は長くは続かなかった。
議事堂の鐘が三度鳴り響く。
その音はまるで、終焉の合図のようだった。
◇◇◇
議会室。
椅子に座った貴族たちは誰も言葉を発さない。
中央にはヴァルド・レーヴァン――商務卿、そして秩序の王。
背後に並ぶ衛士たちは、異様な魔導鎧を纏っていた。
白銀の仮面、青い光を放つ眼。
人ではない。秩序構文によって造られた《人工律令兵》だった。
「――昨日の答弁、見事だったな。ユウリ・アークライト」
ヴァルドの声は低く、よく通る。
その口元には笑みがあったが、瞳には冷たく光るものがある。
「だが、ひとつだけ誤解している。“正義”は言葉ではない。力だ。形ある秩序こそが、社会を保つ」
「それは、恐怖で黙らせる支配のことを言ってるだけだろう」
ユウリの返しに、議場がざわめく。
ヴァルドは椅子から立ち上がり、両腕を広げた。
「ならば――見せてやろう。理の果てにある“完全秩序”を!」
瞬間、天井が震えた。
青い構文陣が議場全体に展開し、貴族たちが次々と意識を失って倒れる。
床を走る光の線が複雑に絡み合い、巨大な法陣を描く。
βが警告を発した。
《警戒:高次秩序構文を検出。“神格模倣陣式”です》
「……来たか」
ユウリが手をかざすと、ティアとミナ、リアナが構文障壁を展開する。
「全員、戦闘体勢。これは――本気の戦争だ」
◇◇◇
法陣から生まれるのは、光の鎧を纏った無数のアークガード。
その背後でヴァルドが高らかに宣言する。
「これが秩序の形だ! すべての人間は法に従い、法は我が手にある!」
その声に呼応するように、鎧たちが一斉に剣を抜いた。
音が消える。
次の瞬間、破裂音のような衝突。
「ティア、前線維持!」
「了解っ! 《龍神咆哮・アークバースト》!!」
ティアの拳が炎と雷を纏い、床を爆ぜさせる。
炎の爆風が敵陣を飲み込み、十体のアークガードをまとめて吹き飛ばした。
「リアナ、結界!」
「《祈導結界・聖環展開》――!」
透明な光壁が広がり、矢や魔弾をはじき返す。
その中でミナが影のように動いた。
「幻走――零陣!」
分身が十数体生まれ、敵の目を惑わせる。
βが高音を発する。
《解析更新:敵律令構文、三層式重畳構造。破壊には再定義構文が必要》
「やるしかないな……!」
ユウリの掌に、蒼い文字列が走った。
《改造構文・秩序反転陣》。
その瞬間、議場の空間が歪んだ。
壁に描かれた法文が逆転し、「秩序」の文字が崩れ、灰のように散っていく。
ヴァルドの眉がわずかに動く。
「……ほう、秩序そのものを書き換える気か。だが、私は“秩序の原点”そのものだ!」
彼の背後に浮かび上がるのは、王冠のような光輪。
《律令冠》――ヴァルドが身にまとう最終形態。
それは神聖でありながら、どこか病的な光を放っていた。
◇◇◇
ティアが叫ぶ。
「主様っ、あいつヤバいよ! 空間が止まってる!」
「空間固定構文か……!」
ユウリは一瞬で状況を見抜く。
ヴァルドが右手をかざすと、ティアの動きが止まった。
重力と時間が歪む。
「動けぬか。これが“秩序”だ。全ての存在が法の中で均一になる」
彼の声は静かで、狂気的だった。
だが、その瞬間――
「ミナ、今だ!」
影の中から光。ミナの幻影が十重に重なり、空間固定の境界を揺らす。
「幻は存在の外側にいる。あんたの法じゃ捕まらない!」
幻影が弾け、ティアの足元を包む光が崩壊した。
「助かった!」
「主様の作戦、ちゃんと効いた!」
ユウリは短く頷き、構文を再起動する。
《再定義構文・秩序反転陣――第二段階》
議場全体が青く輝いた。
ヴァルドの足元の法陣が逆回転を始める。
空間が軋み、ヴァルドが初めて顔を歪めた。
「……貴様、私の法を上書きする気か!」
「お前が秩序を名乗るなら、俺は“自由の再定義者”だ」
ユウリの瞳が冷たく光る。
青と白の光がぶつかり、議事堂全体が爆音に包まれた。
◇◇◇
崩れる天井。
焦げた空気。
ヴァルドはなおも立っていた。
《律令冠》の光が、彼の全身を覆っている。
「この力こそ、神の権能! 人の手に余る秩序を、私が統べる!」
「神? 違うな」
ユウリは拳を握った。
「お前は“人間が神を演じた結果”だ」
ヴァルドの《律令冠》が、光を噴き上げた。
天井が崩れ、世界そのものが軋む。
秩序の法文が空間を支配し、ティアの足が止まりかける。
けれど――ユウリの声が届く。
「ティア、行け。構文を重ねるぞ」
「うんっ、主様と一緒なら、どんな秩序も燃やせる!」
ふたりの間に蒼と紅の光陣が展開した。
ユウリの掌から流れる構文光が、ティアの龍鱗を這う。
構文の線と、龍脈の紋が重なり合い――共鳴音が響く。
まるで心臓の鼓動がふたつ分重なったような震えだった。
βの演算が限界を越える。
《構文干渉率98%……融合許可。再定義領域、開放。》
ユウリは叫んだ。
「合わせろ――《龍神改造・レゾナンスバースト》ッ!!!」
「いっくよぉっ!!!」
蒼の改造構文と紅の龍炎が渦を巻き、ひとつの流星となる。
圧縮された理と炎が爆ぜ、空間そのものが震えた。
律令陣を覆っていた光壁がひび割れ、ヴァルドの王冠に直撃する。
「な……この力は……!」
「秩序の反響だ。お前が歪めた理を、俺たちが“正しい形”に戻す!」
轟音と共に光が弾ける。
炎は天井を貫き、夜明けの空へと昇った。
紅と蒼――二つの色が混ざり、まるで“新しい空”のように広がっていく。
ティアが息を荒げながら笑った。
「主様、見た? ちゃんと一緒にできた!」
「ああ。完璧だ、ティア」
ヴァルドの王冠が砕け、光が散った。
秩序の崩壊と共に、世界は静けさを取り戻していく。




