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追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第1章

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第5話「廃都に朝が来る ―ティア、名を得る―」

 夜が明けた。

 長く続いた雨はようやく止み、廃都アルセリアを包んでいた灰色の雲が少しずつ薄れていく。

 崩れた塔の裂け目から差し込む光は、まるでこの街に「おはよう」と告げるかのようだった。


 ユウリ・アークライトは神殿の外、瓦礫の上に腰を下ろしていた。

 片手に神造剣アークブレードを、もう片手に布切れを。

 戦いで焦げた刀身を拭いながら、傍らにいる少女を見やる。


 桃色の髪が朝の光を反射して、淡く輝いていた。

 ティア・ドラグネア。竜人族の少女――昨日まで封印の檻の中にいた存在だ。


 彼女は瓦礫の上に座り、しっぽを左右にぱたぱたと動かしている。

 その表情は、初めて見る外の世界に浮かれる子どものように無邪気だった。


「……ふぅ、やっと静かになったね」

「まあな。さっきの魔族ども、思ったより手強かったが」

「うん。でも主様の剣、すっごく綺麗だった。雷が“キラッ”って!」

 ティアは両手で身振りしながら、嬉しそうに話す。


 ユウリは少し苦笑する。

「演出じゃない。あれは威力調整の失敗だ」

「ふふっ、でもカッコよかったよ。主様らしいって感じ」

「……らしい?」

「うん。なんかね、神様の作った剣じゃなくて、“主様が直した剣”って感じがするの」


 その言葉に、ユウリは一瞬だけ息を止めた。

 ――神が作れなかったものを、自分が直す。

 それは自嘲のように呟いた言葉だったはずなのに、彼女が言うと不思議と肯定の響きがあった。


「……そうかもな」

 ユウリは小さく笑い、剣を鞘に戻した。

「俺のスキルは、ただのバグだと思ってた。でも、お前を救えたなら――悪くないバグだ」


「主様、それって褒めてる?」

「さあな。たぶん褒めてる」

「やっぱり! ボクも主様のバグ、好きだよ!」


 朝の空気が軽く揺れた。

 戦いの後だというのに、まるで長い夢から目覚めたような静けさだった。

 ティアのしっぽが嬉しそうに揺れ、ユウリの胸の中にも小さな熱が灯る。


◇◇◇


 やがて神殿の奥から、ユウリは古びた布を持ち出してきた。

 白と青の儀式布――かつて聖職者が祈りの際に肩にかけたものだ。

 ところどころに焦げ跡があり、布端はほつれている。それでも光を受けると、まるでまだ“祝福”が残っているように柔らかく光った。


「ほら、濡れたままだと冷える。これ、羽織っとけ」

「えっ……うん、ありがと、主様」


 ティアは両手で布を受け取ると、ふわりと肩にかけた。

 大きすぎる布が彼女の体をすっぽり包み、首のあたりで少し余る。

 布の端をぎゅっと握り、もじもじと裾を直す仕草が妙に子どもっぽい。


「……どう? 似合ってる?」

 照れたように上目づかいで見てくるその瞳は、琥珀色に朝日を映してきらめいていた。

 濡れた髪の隙間から覗く紅い角が、まだ幼い笑顔を少しだけ神秘的に見せる。


「ああ、悪くない。神殿の布より、着てるやつの方が綺麗だ」

「っ……も、もうっ! 主様、そういうこと、さらっと言うの反則だよ」

 ティアは顔を真っ赤にして、布の端で頬を隠した。

 耳の先――小さな鱗がきらりと光る。照れているのに、しっぽは楽しげにぱたぱたと動いている。


「ねぇ、主様。ボクの名前……最初から知ってたの?」

「封印の記録に“ティア”とあった。けど、気に入らなければ変えてもいい」

「ううん、好き。……主様が呼んでくれたから、すごく、好き」


 ティアはその言葉を噛み締めるように胸に手を当てた。

 長い封印の中で誰にも呼ばれなかった自分の名。

 その音を、初めて誰かが“優しく”口にしてくれた――それが、彼女の新しい命の証だった。


「……じゃあ、改めて言っておくか」

 ユウリは少しだけ照れたように視線を逸らし、立ち上がって手を差し出す。

「ようこそ、ティア。ここが俺たちの拠点――廃都アルセリアだ」


 ティアの目がまん丸になる。

 そして、ゆっくり笑った。


 ぱっと両手でユウリの手を握り、まるで宝物みたいに包み込む。

「うんっ! ボク、主様のために頑張る! この街も、主様も、ちゃんと守るから!」


「守るってより、一緒に作り直すんだ。……神が壊した世界を」

「えへ、それってつまり、神様にケンカ売るってこと?」

「言い方を変えれば、そうなるな」

「ふふっ、やっぱり主様、面白いね。……うん、ボクも一緒に直す。世界も、主様の孤独も、ぜんぶ」


 風が吹き抜け、ティアの髪がふわりと揺れる。

 桃色の髪が朝日の光を受けて光り、布の下から伸びる尻尾が満足げに一度だけ揺れた。

 二人の笑い声が、廃墟に溶けていく。


 瓦礫に跳ね返る光が街の隅々まで届き、まるで――

 眠っていたアルセリアそのものが、彼女の笑顔に応えて微笑んだかのようだった。

◇◇◇


 そのとき――

 神殿の床下から、低い振動が響いた。

 金属が擦れるような重い音に続いて、青白い光が壁面に走る。


《システム再稼働率:73%→81%》

《外部接触反応:解析中……》

《警告:南区外壁に微弱な生命波を検知》


「……嫌なタイミングだな」

 ユウリは剣を取り、ティアに視線を向ける。


「敵?」

「まだ不明だ。……でも放っとけない」

 ティアは即座に立ち上がり、炎の気配を掌に宿す。

「主様、ボクも行く!」


「いいだろ。ただし――」

 ユウリは剣を軽く回して言った。

「油断するな。まだ“この街”は完全には目を覚ましていない」


「わかった! 主様の背中、ちゃんと見てる!」


 ユウリはその言葉に短く笑う。

「なら頼もしいな。……行くぞ、ティア」


 二人は並んで神殿を出た。

 朝の光が瓦礫を照らし、風が街路を駆け抜ける。

 静まり返った廃都に、ようやく“二つの心臓”が鼓動を刻み始めた。


 そして――新たな戦いの予感が、ゆっくりと廃都に染み込んでいった。

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