第43話「奴隷狩り討伐戦」
冒険者に登録して二週間。
ユウリたち《再定義者》チームは、その人外じみた戦闘力と緻密な戦術で、瞬く間にギルドの注目を集めていた。
最下位ランク・イプシロンからの昇格試験も難なく突破し、間もなくデルタランク昇格は確実と言われるほど頭角を現していた。
――そしてこの日も、彼らは新たな依頼を終えた帰り道だった。
午後の陽光が傾き始め、丘陵地帯の草を踏む足音が三つ響く。
「ふぅ~、ようやく終わったぁ~っ!」
ティア・ドラグネアが大きく伸びをしながら、岩の上に腰を下ろす。
尻尾がぱたぱたと動くたび、草花が小さく揺れた。
「ゴブリン十五体。巣穴の崩落も確認。……これで正式に、依頼完了ですね」
リアナ・エルセリアが祈りの杖を握り、微笑む。
白い頬にはうっすら汗が滲んでいたが、その瞳は安堵の光を宿していた。
「依頼主への報告は明日でいい。今日は拠点に戻って休もう」
ユウリ・アークライトは土に付いた血を払い、淡々と構文端末を閉じた。
βが光の粒となって彼の手首の上で揺れる。
「ふふーん♪ 今日のボク、完璧だったねっ! 三匹まとめて焼きゴブリン!」
「……地形ごと焼いてたけどね」
リアナが苦笑し、ユウリは肩をすくめた。
《任務完了。報酬推定:銀貨二十枚。依頼達成率100%。》
「βもご機嫌だな」
《はい。ティアの“過剰出力率”が前回より12%減少しています》
「やめてよそんな分析ぃっ!」
穏やかな帰り道――その空気を切り裂くように、βの声が低く変わった。
《……待機。北北西より異常波形を検出。》
「波形?」
《精神波です。“たすけて”という断片的思念を確認。》
リアナが顔を上げる。
「思念……誰かが、助けを求めています」
《生命反応、複数。距離一キロ弱。》
ユウリは足を止め、風の流れを読む。
「北北西……交易路か。β、映像リンク」
《送信開始。》
投影映像に映ったのは、黒鉄の馬車の列。
格子付きの監獄車両、赤い鎖の紋章――《スカーレットチェイン》。
グランテールで最も忌まれる人身売買組織だった。
「……赤鎖か」
ユウリの声が冷える。
ティアが拳を握った。
「人さらいだね。主様、どうする?」
「動くには理由がいる。β、追加情報」
《馬車4両中、2両が“監獄型”。内部に小型生命体多数。中央車両に異常な感情波形……恐怖、そして希望。》
リアナが息をのむ。
「……まさか、子どもたち」
「おそらくな。……救出対象、確定だ」
ユウリの瞳が細く光る。
「迎撃フェーズへ移行する」
◇◇◇
赤鎖の護送列は、森を抜ける細道を進んでいた。
監獄馬車の中では、幼い子どもたちが肩を寄せ合い、震えている。
その最奥の鉄檻だけが、他よりも重厚で――厚布で完全に覆われていた。
「隊長、ペースを落としましょう。道がぬかるんでます」
「駄目だ、予定より遅れている。王都の“あの方”を待たせるな」
答えたのは赤鎖部隊長、ドレイス。
無骨な鎧に赤い鎖の印章。長剣を腰に、冷たい眼を光らせる男だ。
「……あの方、ねぇ。貴族なんざ、現場を知らねぇ」
「口を慎め。依頼主は“男爵グルム”。奴の機嫌を損ねれば、俺たちが売られる側だぞ」
部下が怯えた声を漏らす。
「わ、わかってますよ……あの白狐の子だけは、特に気を付けろって言ってたな」
「そうだ。あれは“特注品”だ。傷ひとつでもつけたら、全員鎖だ」
ドレイスは吐き捨てるように言い、馬車の帷幕を一瞥する。
「……貴族の変態趣味にはうんざりだ」
その声には、軽蔑と諦めが混じっていた。
厚布の向こう――檻の中で、小さな白髪の少女が膝を抱えている。
ミナ・ルクレール。
白銀の狐耳、空のような瞳。
震える唇が、かすかに呟く。
「……こわい……でも……まだ……生きたいの……」
そのかすかな祈りが、遠くでユウリの耳に届いた。
《感情波形、上昇。強い“生存意思”を確認。》
βの声が静かに響く。
「救う価値はあるな」
「当たり前だよ、主様っ」
ティアの目が炎を宿す。
「行こう。あんな連中、燃やしてでも止める!」
「……生かすために戦う。行きましょう、ユウリ様」
リアナが祈りの紋を描く。
「《戦術改造・迎撃展開》――行くぞ」
◇◇◇
――そして、森が爆ぜた。
前方を進んでいた護衛の一人が叫ぶ。
「な、なんだ!? 炎が――!?」
「敵襲ッ!?」
次の瞬間、赤い閃光が駆け抜けた。
ティアの脚が地を蹴り、空気が爆ぜる。
「《龍爪烈閃ッ!!》」
炎の爪が地面を切り裂き、護衛たちを一掃。
馬が悲鳴を上げ、荷車がひっくり返る。
「なっ、なんだこれはっ……!?」
「手を抜くな、全員構えろっ!」
ドレイスが叫ぶが、既に遅い。
ユウリは指を鳴らした。
「《構文改造・鎖解除》――再定義開始」
鉄檻が光を帯び、錠前が音もなく砕ける。
子どもたちの足枷が外れ、鎖が砂のように崩れ落ちた。
「う、動くな! 商材が逃げるぞ!」
「悪いが、取引中止だ」
ユウリの声は冷たかった。
ドレイスが剣を構え、怒号を放つ。
「貴様、何者だ!」
「ただの“再定義者”だ。お前らの理屈を書き換える者。」
構文光が地面を走る。
《戦術改造:空間封鎖》
逃げ場を失った赤鎖兵たちの足元が固定される。
「くっ、化け物めっ……!」
「化け物は、どっちだよ」
ティアが拳を構え、紅炎が迸る。
「《龍神咆哮・アークバーストッ!!》」
轟音が大地を貫き、炎と雷が森を飲み込んだ。
光が収まった時、立っていたのはユウリたちと、泥にまみれて膝をつく一人の男だけだった。
肩から血を流し、剣を手放したその男の胸には、赤鎖の紋章が薄く見える。
ユウリは淡々と近寄り、構文の仕掛けで男の四肢を固定すると、冷ややかに告げた。
「生かしておく。後で、騎士団に引き渡すためにな」
◇◇◇
焦げた馬車の中。
βが微弱な反応を捉える。
《生存反応一件――該当個体:白狐族。》
ユウリが膝をつく。
焦げた鉄檻の隙間から、小さな手が伸びていた。
ミナの瞳が、かすかな光を映す。
「……た、すけて……」
ユウリはその手を取る。
「もう大丈夫だ。……鎖は、ここで終わりだ」
少女の目に涙が溢れた。
その瞬間――森を吹き抜ける風が、静かに優しくなった。




