第42話「初依頼の報告と、街の夜明け」
――昼下がりのグランテール。
冒険者ギルドの大扉を押し開けた瞬間、昼食後のざわめきが一斉に押し寄せた。
ジョッキを鳴らす音、笑い声、そして依頼掲示板に群がる冒険者たち。
その真ん中を、ティアの尻尾がうっかりバサッと撫でていく。
「わっ、ごめんなさい! ボク、尻尾当たっちゃった!」
「うおっ……! な、なんだ今の!? 鱗!? え、竜……!?」
ざわり、と空気が変わる。
ユウリが小さくため息をつき、ティアのフードを引っ張った。
「だから言っただろ。耳と尻尾、隠せって」
「うぅ……だって、蒸れて暑いんだもん……」
「お前の鱗は通気性が悪いんだよ」
「ひどっ!」
リアナが口元を押さえて笑い、カウンターの方を指した。
「ほら、マリアさんが手を振ってます。早く報告を済ませましょう」
◇◇◇
「お帰りなさい、三人とも。初仕事、どうだった?」
受付嬢マリアが柔らかく微笑む。
栗色のポニーテールが光を受けて揺れるたび、ギルドの喧騒が少し和らぐようだった。
「湿原スライム討伐、無事に完了です」
ユウリが小さな革袋を差し出す。
中には透明な魔核がいくつも転がっていた。
マリアは測定具を当てて魔力反応を確認し、満足げに頷く。
「残留魔力、確かに。十八体……報告通りですね。お見事です」
「ふっふーん、どうです? これが《再定義者》の初仕事っ!」
ティアが胸を張ると、マリアは目を細めて言った。
「あなた、また火を使おうとしたわね?」
「ひゃっ!? ど、どうして分かったの!?」
「湿原で火を使うなんて、危険な香りしかしないわ。……止めてくれて助かりましたね、ユウリさん」
「まぁ、慣れてるんで」
「もぅ~っ! ご主人様まで笑ってるぅ!」
リアナが穏やかに微笑んだ。
「でも、ティアのおかげで討伐は早かったです。見事でしたよ」
「……えへへっ、リアナが褒めてくれると嬉しいっ!」
その明るさにマリアも思わず吹き出した。
「本当に、賑やかね。いいチームよ」
彼女は書類に印章を押し、報酬袋を差し出す。
「はい、銅貨二十枚と素材買い取りで追加三枚。合計二十三枚です」
「おぉ~! ボク、おやつ買える!」
「まずは宿代だ」
「えぇ~!」
「真面目ねぇ」
マリアがくすくす笑いながら言った。
「あなたたち、これからが楽しみね。特に――ユウリさん、あなたの目、ちゃんと仲間を見てる」
「……そう見えますか」
「ええ。まっすぐで、いい目よ」
◇◇◇
ギルドを出ると、通りは夕暮れの灯に包まれていた。
石畳を照らすランタンの明かり、屋台の香ばしい匂い。
ティアがすぐにそわそわと落ち着かなくなる。
「ご主人様! あっち、焼き串の匂いするっ!」
「……またか」
「リアナも食べるでしょ?」
「……食べますけど」
「よーし決まりっ!」
ティアが尻尾をぱたぱたさせて駆け出す。
屋台のおじさんが笑いながら三人分を焼いてくれた。
「うんっ、これ美味しいっ!」
「香ばしいですね……人の街の味、久しぶりです」
「俺もこういうのは悪くないと思う」
ユウリがそう言うと、ティアが口の端にソースをつけたまま笑う。
「えへへ、こういうの、ずっとしたかったんだ」
リアナはその横顔を見ながら小さく呟いた。
「……ユウリ様。この世界、まだ救えると思いますか?」
「救うんじゃない。直すんだよ」
その短い言葉に、確かな信念が宿っていた。
肉の香ばしさと、街の喧騒。
それは、アルセリアの静けさとはまるで違う――生きている音だった。
◇◇◇
夜。
三人が泊まる宿は、街の中央通りにある木造二階建ての宿屋《金糸雀亭》。
小さな花飾りの看板がかかっており、玄関には柔らかなランプの灯り。
「おぉ~! いい匂いする~! ここに泊まるの!?」
「ああ。清潔そうだし、料金も手頃だ」
「えへへ、ボク、主様と同じ部屋がいい♡」
「いいわけねぇだろ。お前はリアナと同室だ」
「えーっ! 皆一緒でいいじゃん!」
「それこそダメだ」
「どうしてっ!」
「どうしてもだ」
「むぅ~……リアナぁ~、一緒に寝よう」
「ふふ。いいですよ、ティア」
フロントの老婆がにっこり笑い、鍵を二本渡す。
「若いのに仲良しだねぇ。二部屋でいいのかい?」
「ええ、それで。……部屋が燃えないように祈っておいてください」
「えっ?」
「冗談です」
「ご主人様ひどい!」
部屋に入ると、ランプの光が木の壁を照らす。
久しぶりの柔らかなベッドの感触に、ティアがそのままダイブした。
「わぁ~っ、ふっかふかぁ!」
「こら、跳ねるな」
「だって! ベッドだよ!? 寝る前に試さなきゃでしょ!」
「試し方の問題だな」
リアナは窓際に座り、静かに灯りを見つめていた。
「……人の街の夜は、あたたかいですね」
「アルセリアとは違う光だな」
「ええ。でも、悪くないです」
ティアがあくびをしながら、毛布にくるまった。
「ボクね、こういうの、なんか好きだなぁ。……主様、また明日も依頼行こうね」
「ああ」
「絶対だよ」
そのまま、竜娘はすぐに寝息を立て始めた。
ユウリは小さく笑い、隣室の灯を落とした。
――こうして、《再定義者》の新しい日々が、静かに始まっていく。




