第41話「湿原スライム討伐戦」
――依頼内容:湿原地帯に出没するスライム群の駆除。
依頼ランク:イプシロン。報酬:銅貨二十枚+戦利物買い取り。
ユウリたち《再定義者》が初めて受けた依頼は、グランテール南の湿原だった。
薄い霧が立ちこめ、ぬかるむ地面を踏むたびに、靴がずぶりと沈む。
「うわぁ……足がベチャベチャするぅ……!」
ティアが不満そうに尻尾をばたばたさせる。
リアナはそれを横目に、ローブの裾を軽く持ち上げながら笑った。
「文句を言ってないで、足元に気をつけてくださいな。スライムは静かに近づきます」
「うぅ……見た目は地味なのに、実は苦手なタイプだよ……」
ユウリは湿原の泥を観察しながら、端末型の魔導板を起動した。
「神託端末β、スキャン開始。魔力波形を解析しろ」
《了解……周辺に不規則な魔力反応、二十三件。うち十八件は活動体》
「十八体か。……まぁ初依頼にしては悪くない」
「悪くない!? 多すぎるでしょ!」
「修行にはちょうどいい」
ティアがむくれたまま剣を抜く。
炎の紋章が浮かび、刃の縁に熱が宿った。
「よーし……なら燃やす!」
「待て、それは駄目だ」
「えぇーっ! なんで!」
「湿原で火を使うな。爆発するぞ」
「……へ?」
ティアが首を傾げた瞬間、ユウリが地面の泥を蹴って見せる。
ぶくぶくと気泡が上がり――炎の小火を落とした瞬間、
“ボンッ!”と可愛らしくも危険な音がした。
「今のは……」
「可燃性ガスだ。古代文明の魔導廃液が地層で変質してる」
「うぅ、もうっ……ご主人様、難しいこと言わないでよぉ!」
「簡単に言うと――お前が炎を撃ったら全員吹き飛ぶ」
「は、はいっ、了解しましたぁっ!!」
リアナが小さく笑って、両手を組む。
「ならば、私の出番ですね。《聖域展開》」
淡い光が広がり、湿原の泥が少しだけ乾く。
ユウリはその中心で構文を描き始めた。
「よし……《改造構文:捕縛陣式》」
地面に淡青の魔法陣が広がる。
その上を、透明な粘液の影が――動いた。
◇◇◇
「来たっ!」
ティアが跳ぶ。
水面を蹴り、炎を纏わぬ拳でスライムを撃ち抜いた。
衝撃波だけで粘液が弾け、泥の中に沈む。
「おぉぉぉっしゃあ! 一体撃破ー!」
「まだ十七だ。調子に乗るな」
「はぁい!」
ティアは嬉々として走り回る。リアナがその後を追い、聖光を放って仲間を守った。
「リアナ、後ろ!」
「ええ、《純聖再生》――!」
彼女の光が飛沫のように弾け、飛びかかったスライムを浄化していく。
光に包まれた粘体は静かに崩れ、地面に吸い込まれていった。
だが――
βの警告音が響く。
《警告:異常個体を検出。サイズ比5.3倍、魔力濃度200%》
「大型か。……ティア、行けるか?」
「もちろんっ! ご主人様に褒めてもらうチャンスだもん!」
「……いや、報酬の心配しろ」
ユウリが苦笑した瞬間、湿原の奥から黒い波が走った。
◇◇◇
――現れたそれは、スライムとは呼べない異形だった。
体表は金属のように硬化し、複数の触手が蠢く。
中心のコアが不気味に明滅している。
「なにこれ……スライムじゃなくて、もう魔導兵器じゃん!」
ティアが息を呑む。
ユウリは眉をひそめた。
「構文反応あり。……こいつ、堕獣の残滓を取り込んでやがる」
「えっ……じゃあ、普通の依頼じゃない!?」
「ああ。……イプシロン級の皮を被った、上位クラスの汚染体だ」
空気が張り詰めた。
リアナがそっと手を掲げ、祈りの結界を広げる。
「ご主人様、私が防ぎます。ティアは――」
「わかってる! 突っ込む!」
竜人の瞳が金色に輝いた。
封印されていた力が、ほんの一瞬、脈打つ。
胸の奥の竜核が鳴った。
ティアの周囲に風が走る。
彼女は低く構え、叫んだ。
「――《龍炎走》ッ!!!」
爆発的な衝撃波が水面を割り、ティアが突進する。
金属質のスライムが迎撃するように触手を伸ばすが、彼女の拳がそれを叩き切った。
「やるじゃねぇか!」
ユウリが構文を展開。
「《戦術改造・近接モード》!」
彼の筋肉が青光を放ち、一瞬で地を蹴った。
二人の連撃が交錯し、異形の体がひび割れる。
リアナの声が響く。
「お二人とも、今です! 《聖光連結――治癒陣転化!》」
光が走り、ダメージを受けたティアの体が再生。
同時にスライムのコアが露出した。
「そこだ――ティア!」
「うんっ!!」
ティアの拳が唸りを上げる。
風と炎が交わり、竜の形を象った光が一瞬現れた。
――轟音。
スライムが崩壊し、爆風が湿原を吹き抜けた。
◇◇◇
戦闘が終わると、沈黙だけが残った。
ユウリは構文板を閉じ、βに命じる。
「記録、保存。今回の依頼をギルドに報告しておけ」
《了解。……それにしても、依頼ランクの設定、少しおかしいですね》
「ま、初日からこれじゃ、退屈しないな」
ティアが泥だらけのまま笑った。
「ご主人様、見た!? ボク、すごく強くなってたでしょ!」
「そうだな。……ただ、もう少し冷静になれ」
「えへへ、褒められた〜♡」
リアナが微笑んで、泥を払う。
「ふふ……これでようやく“冒険者”としての第一歩ですね」
朝の光が差し込み、湿原の霧がゆっくり晴れていく。
三人の影が並んで、淡く揺れた。
――《再定義者》、最初の依頼完了。
彼らの冒険は、まだ始まったばかりだ。




