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追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第40話「初依頼、ぬるぬる地獄!」

 朝の光がグランテールの石畳を照らしていた。

 勇者との戦いを終えて数日。

 ユウリたちは、ついに“人の街”で冒険者として再出発する日を迎えていた。


「ティア、角と耳は隠しておけよ。」

「えぇ~、せっかくのチャームポイントなのに~!」

 ティアがぷくっと頬をふくらませる。

 ユウリはため息をつき、彼女の頭に手をかざした。

《外見改造:擬態フィルター・起動》

 淡い光がティアを包み、紅の角と竜耳、硬質な尻尾がすっと消える。

 代わりに、鮮やかなピンク髪の人間少女がそこに立っていた。


「ふわぁ……ボクの耳と尻尾、なくなっちゃった!」

「正確には見えなくしてるだけだ。ちゃんと動いてるぞ。」

「えっ、ほんと? ……もふもふ封印モード?」

「お前の耳と尻尾、ウロコでゴツゴツじゃないか。」

「えぇー!? ボク、もふもふだと思ってたのにっ!」

「その感性が一番怖い。」

「ご主人様の意地悪~!」


 リアナが袖で口元を隠し、くすりと笑う。

「ふふ……こうして見ていると、本当に“人間らしい旅”が始まったのですね。」

「……まぁ、これからは“人の世界”で生きていくんだからな。」


 三人は肩を並べ、グランテール冒険者ギルドの扉をくぐった。


◇◇◇


 朝のギルドは、人と匂いと声であふれていた。

 革の擦れる音、剣の金属音、依頼票をめくる指先――。

 ユウリたちが入ってくると、ちらちらと視線が集まる。


「……あれ、ピンク髪の子、珍しいな」「隣の女、聖職者か?」

「ん? 真ん中の黒髪……どっかで見たような……」


 そんなささやきが飛び交うが、誰も確信は持っていない。


 ユウリは苦笑しながら肩をすくめた。

 ――昔、ここで暮らしていた頃の顔を覚えてる奴がいるかもしれない。

 だがそれも、今となってはただの“他人の噂”だ。


「おいティア、はしゃぐなよ。視線が刺さってる。」

「むー……でも見てよご主人様っ! この依頼票、ぜんぶ楽しそうっ!」

 ティアは掲示板に張り付いて尻尾――いや、見えないはずのそれをぶんぶん振っていた。

「“スライム群駆除・報酬1,000ゴル”……“ネズミ討伐・報酬300ゴル”……“廃坑調査・要Bランク以上”……えーっと!」

 指が止まる。

「これ! “ぬるぬるスライム地帯の駆除依頼”! ねぇご主人様、スライムだよ!? スライムっ!」

「テンション高ぇな……」

 ユウリが苦笑する隣で、リアナが控えめに首を傾げる。

「スライム……可愛い生物ではないのですか?」

「いや、あいつらの“中身”は強酸と魔力の塊だ。油断したら骨まで溶かされるぞ。」

「ひぃ……!」


 そこへ、カウンターの奥から栗色のポニーテールがひょいと覗いた。

「おはようございます、ユウリさん。……もう依頼、選んじゃったんですか?」

 マリア・ロンド。グランテール冒険者ギルドの受付嬢だ。

 琥珀の瞳がティアの手元を見て、ぴくりと動く。

「スライム駆除……あぁ、あれですか。北東の湿原ですね。昨日も何組か戻ってこなかったとか」

「マリア、それを先に言え」

「ま、まぁでも! イプシロンランクのあなたたちなら大丈夫ですよねっ! それに……」

 マリアはにこっと笑って続けた。

「ギルド初依頼は、誰だって“ぬるぬる”から始まるものです!」

「そんな伝統いらねぇよ……」


 ティアは満面の笑みで依頼票を握りしめた。

「決まりっ! 《再定義者》、初仕事いってきまーすっ!」

「ティア、叫ぶな。ギルドが揺れる。」

「はーいっ!」


 マリアが手を合わせて見送る。

「無事に帰ってきてくださいね! あ、森を燃やしたら罰金ですから!」

「それ、わざわざ注意するってことは……過去に燃やした奴いるんだな?」

「……実は、昨日。」

「おい。」


 笑いが広がる中、3人はギルドを後にした。


◇◇◇


 湿原は、グランテールから半日ほど北に進んだ場所にあった。

 地面はぬかるみ、空気は湿って重い。

 ティアが長靴を履きながら、不満げに顔をしかめる。

「うわぁ……地面が“ぐにゃっ”ってなるぅ」

「当たり前だ。湿原だからな。」

「ボク、こういうの苦手~。羽ばたきたい~」

「飛ぶな、足跡が消える。」

「ご主人様、地味に神経質~!」


 リアナは結界を張りながら辺りを観察していた。

「魔力濃度、かなり高いですね。普通のスライムではないかも……」

「おそらく“分裂個体”だ。群体構造を持つタイプ。ティア、炎は控えめにな。」

「はーい(※ぜんぜん聞いてない)」


 そんな会話をしていると、地面のあちこちで“ぷちゅっ”と音がした。

 透明な塊が、ぬるりと姿を現す。

 十、二十……次々と浮かび上がる丸い影。

 湿地一帯が、じわじわと光り始めた。

「ユウリ様、あれは――」

「スライム群体。数が多すぎる……!」

 ユウリはすぐに改造構文を展開する。

《地形改造:湿地排水構文・局所起動》

 地面が振動し、ぬかるみが瞬時に固まる。

「これで足場は確保だ。ティア、前に出ろ!」

「了解っ! 《龍炎走(Draconic Burst)》ッ!!」

 ティアの身体が炎の残光を纏い、スライムの群れを一直線に貫いた。

 爆風と共に酸が蒸発し、熱風が湿原を舐める。

「ちょ、ちょっと! 燃やしすぎですティアさんっ!」

「ひゃーっ、楽しいっ!!」

「俺の排水構文が台無しだぁぁ!!」


 リアナが慌てて光結界を展開する。

「《聖域展開・簡易版》! 酸を防ぎますっ!」

 蒸気が晴れ、静寂が戻った。

 辺りには、溶けかけたスライムの核が転がっている。

「……一応、終わったな。」

「わーい! ボク、勝った!」

「勝ったじゃねぇ。森が焦げてんだよ。」

「えっ!? あっ、ほんとだー! あはは……♡」

「笑って誤魔化すな。」


◇◇◇


 夕暮れ。

 帰還報告を受け取ったマリアは、額を押さえた。

「……依頼達成おめでとうございます。あと、焼失面積二ヘクタールです。」

「おお、意外と少ないな」

「褒めるところじゃありませんっ!」

 ティアは机の下でこそこそ隠れている。

「うぅ……ボク、悪気はなかったのに……」

 リアナが苦笑しながら肩に手を置く。

「でも、あなたがいなければ危なかった。助かったわ、ティア。」

「リアナぁ……♡」

 ユウリは報酬袋を受け取り、軽く笑った。

「まぁ、最初にしては上出来だろ。次はもう少し“文明的”にやるぞ。」

「了解ですっ!」


 こうして《再定義者》の初依頼は、

 笑いと焦げ跡を残して幕を閉じたのだった。















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