第4話「廃都防衛戦 ―竜の炎、目覚める―」
午前の光が雲に砕け、廃都アルセリアに薄い影を落とす。
広場の水路は澄み、塔の青灯が規則正しく点滅していた。
《外周センサー:敵性反応 接近中/数:八》
「……偵察の第二波。数、増やしてきたか」
ユウリ・アークライトは剣を軽く抜き、視線でティアに合図を送る。
紅い角がきらり。ティアが嬉しそうに笑った。
「主様、今日の練習相手、ちょうどいいね!」
「練習で済ませろ。暴れ過ぎるな。――行くぞ」
二人は路地を抜け、北門へ。
崩れたアーチの向こうから黒い霧が流れ込み、四足の魔獣ハウンドとインプが現れる。
殿には角飾りのついた中型の魔族――指揮役らしい。
「匂いで並び順がわかる。前が獣、上が鳥、後ろが吠えるやつ」
「正解だ。まずは上を落とす。目を潰せば群れは鈍る」
「任せて!」
ティアはひと息で屋根へ跳び、拳に炎を灯す。
「《竜爪》!」
短い二連。インプの翼が砕け、黒い影が次々と落ちた。
「いい角度だ。――下、来るぞ」
ハウンドが唸り、毒針を吐く。
ユウリは足元へ剣を突き立て、短く命令する。
《盾:局所展開/角度45》
透明な板が斜めに起き、針を弾いて水路へ落とす。
じゅっと泡が弾ける匂い。
「毒は水に流す。足場を悪くして――」
「滑らせる、だね!」
ティアが笑って水路の蓋を足で押し外す。
溢れた水が敷石を濡らし、獣の蹄が空回りした。
「今!」
ユウリが地脈を一条だけ曲げる。
《改造:足裏摩擦→一時減衰/対象=大型四足》
ハウンドが派手に転倒。ティアが喉元へ拳を軽く入れて黙らせた。
背後で、角飾りの魔族が両手を広げる。
黒い鎖のような魔法陣が、ティアの足元に走った。
「拘束系。――コピーする」
《コピー:束縛鎖→改造:向き反転・対象変更》
黒鎖がくるりと反転し、詠唱主の両足を絡め取る。
「ぅぐっ!? な、何を――」
「借りただけだ。領収書は出さない」
指揮役が舌打ちし、口笛で獣を再配置。
左右から挟み込む形。
ユウリはまばたきひとつの間に計算し、短く告げる。
「ティア、右三、左二。俺が穴を作る。――見て覚えろ」
「了解、主様!」
ユウリが剣先で地面をなぞる。
《地脈改造:通電ルート→右前脚群集中》
青い閃光が走り、右側の獣が一拍遅れて痺れる。
そこへティアが滑り込み、低い姿勢から上へと拳を突き上げた。
炎の尾が弧を描き、二体まとめて崩れ落ちる。
「主様っ、今の、気持ちいい!」
「言い方が危ない。――左、入るぞ」
「はい!」
左の獣が跳ぶ。
ユウリは剣を逆手に持ち替え、獣の鼻先へ紙一重で打ち込む。
金属音。獣の視界が揺らいだ瞬間、ティアの踵が側頭部に落ちた。
指揮役が焦れたように咆える。
黒い霧が渦を巻き、毒針が乱反射する角度でばら撒かれ――
「角度、計算ミスだな」
ユウリは薄笑いを浮かべ、人差し指で空をはじく。
《風路コピー→改造:乱流→整流(毒針偏向)》
針の流れがひとまとめになり、城壁のひびに吸い込まれていく。
「主様、それ便利!」
「便利は正義だ。――終わらせる」
ユウリは剣を水路へ軽く浸し、刃に薄い水膜を纏わせた。
《改造:水膜→導魔膜(雷伝達率↑)》
刃が青く瞬く。
ハウンドが最後の咆哮で突進してくる――
「《閃鎖》」
水平の一閃。
雷が鎖のように連なり、突っ込んできた獣をまとめて縛って地面に叩き落とした。
広場に静けさが戻る。
息を切らしたティアが、ぱっと顔を輝かせた。
「主様、勝った! ボク、ちゃんと並んで戦えた!」
「上出来。動きが素直で速い。俺の“穴”に迷わず入ってきた」
「ふふっ、主様の言い方、ちょっと照れる」
「意味を曲げるな」
その時、崩れた門の上で小さな影が動いた。
新手か――追撃の覚悟で剣を持ち直すユウリ。
しかし影は、こちらを一瞥してすぐに霧へ紛れた。
《観測:外部偵察 離脱/報告ルート維持》
「……いい。今日はここまでだ」
倒れた指揮役の短杖から、粗い紋が滲む。
ユウリはそれを拾い上げ、構造だけを目でなぞる。
「“灰角同盟”の安物だ。寄せ集めの軍。次は数を増やして来る」
「じゃあ、ボクももっと強くなる」
ティアは胸に手を当て、鼓動を確かめるように微笑む。
「怖いの、ちょっとだけあった。でもね――主様が隣にいると、怖くても前に出られる」
「それでいい。恐怖ゼロは鈍る。少し残して、踏み越えろ」
「はい!」
ユウリは剣を納め、彼女の頭に軽く手を置いた。
紅い角がこつ、と掌に触れる。
「約束だ。無茶は俺の合図の後にしろ」
「うん。主様の“今”が合図」
遠くの塔で青灯が一段明るくなる。
防壁は厚みを増し、水路は音を立てて流れ始めた。
街が、戦いのために整っていく。
「戻るぞ。次は罠も仕込む。――ティア」
「なに?」
「朝飯、二倍だ。動いた分は補給しろ」
「やった! 主様のスープ大好き!」
「味は普通だ」
「主様と食べると特上になるの」
軽口を叩きながら歩き出す二人。
振り返れば、黒い霧の向こうで誰かの視線が消える。
報告は届く。だから、準備する。
ユウリは小さく息を吐いた。
「来るなら来い。型を覚えるまで、何度でもな」
「ボク、何度でもついていく。主様の隣が、ボクの場所だから」
瓦礫の街に、二人の足音が響く。
廃都アルセリアは目を覚ましたまま、次の波を待っていた。
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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
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