第39話「冒険者ギルドへ行こう」
グランテールの街は、思っていたよりもずっと活気があった。
石畳の広場には露店が並び、旅人や傭兵たちが行き交う。
パンの香ばしい匂いと、鉄のきらめきが交ざる空気の中で――ユウリたちはひときわ目立っていた。
「すごい……人が、こんなに……!」
リアナが純白のローブの裾を押さえながら、感嘆の息を漏らす。
彼女にとっては、神殿と戦場以外の“普通の街”は、もう何年も見ていなかった光景だった。
「へへっ、見てご主人様っ! あっちの店、肉串焼いてる!」
ティアが嬉しそうに尻尾をぶんぶん振る。
すかさずユウリが指を鳴らした。
「おい。耳、尻尾、ウロコ、全部隠せ。神話級の種族がうろついてたら、騒ぎになるぞ」
「うっ……またゴツゴツのこと言う〜!」
「事実だろ。モフモフだったら可愛げあるのに」
「ひどっ!」
ティアの抗議に、リアナが苦笑する。
「ふふ……ユウリ様、そういうところは相変わらずですわね」
そんな他愛ないやり取りをしながら、一行は街の中心へ向かった。
目指すは――グランテール冒険者ギルド。
赤煉瓦の大きな建物の正面に、金色の盾の紋章が掲げられている。
◇◇◇
扉を開けると、酒と革と鉄の匂いが一気に押し寄せた。
掲示板には無数の依頼札が貼られ、受付カウンターには列ができている。
その中で、一人の女性がひときわ印象的だった。
栗色の髪をポニーテールにまとめ、琥珀の瞳が理知的に光る。
――マリア。グランテールギルドの受付嬢だ。
「ようこそ、グランテール冒険者ギルドへ。登録ですか?」
「ああ。三人で一つのパーティとして」
「承知しました。まずは代表者名を」
「ユウリ・アークライト」
「……ユウリ様、ですね。職業は?」
「改造師。世界の理や物質を再定義・改造できる」
マリアの手が一瞬止まった。
「改造……師? そんな職業、聞いたことが……」
「だから登録に来た」
「……なるほど。では、パーティ名を」
「《再定義者》で」
「再……定義者。面白い名前ですね」
彼女の口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。
続いてティアが身を乗り出した。
「ボクはティア・ドラグネア! 職業は竜闘士!」
「りゅ、竜闘士……!? ええと、登録種別は“人型”でいいかしら……?」
「ご主人様の改造で“ほぼ人間”になったから大丈夫!」
「……なるほど。ほぼ、ですね」
マリアは苦笑しつつ、さらさらと書き込んでいく。
最後にリアナが静かに前へ進んだ。
「リアナ・エルセリア。職業は祈導士。祈りを癒しと結界に変える支援職です」
「……祈導士。珍しい職業ですが、素晴らしい響きですわ」
三人の登録を終えると、マリアはギルドカードを一枚ずつ手渡した。
それぞれのカードには、名前・職業・所属パーティ・初期ランクが刻まれている。
ランク欄には――【イプシロン】の文字。
「あなた方の初期ランクは、最下位のイプシロンです」
マリアが丁寧に説明を続ける。
「下から、イプシロン → デルタ → ガンマ → ベータ → アルファ。
そして特例称号として“オメガ”。――世界の英雄たちがいる場所です」
「ふむ……最下位スタートってわけか」
「ええ。でも実績次第ですぐに上がります。
たとえばデルタになるには、三件の依頼成功と、被害ゼロ報告が条件です」
「へぇ、意外と地道だな」
「ええ。強さだけでは測れませんからね」
ティアがカードを見ながらにやにや笑う。
「イプシロンってことは……新米中の新米だねっ! ご主人様、初依頼いこ!」
「お前、絶対はしゃいで失敗するタイプだな」
「えっ、そんなことないもん!」
「さっき肉串の匂いに釣られて転んだ奴がよく言う」
「うわぁ! 見てたの!? 恥ずかしい〜!」
受付前で軽く笑いが起きる。
マリアもくすりと微笑んだ。
「……いいパーティですね。なんだか、久しぶりに“希望”を感じました」
ユウリはカードをポケットにしまい、視線を上げる。
掲示板には、見慣れない依頼がずらりと並んでいた。
その中でひときわ目を引く一枚――
[依頼ランク:イプシロン]“湿原のスライム駆除”。
「……いいな。肩慣らしにはちょうどいい」
「スライムかぁ〜。ボク、焼きスライムにしちゃってもいい?」
「……やめろ。被害ゼロが条件だ」
「えぇ〜!」
ティアが頬をふくらませ、リアナが微笑む。
「うふふ……また騒がしくなりそうですね」
◇◇◇
外に出ると、昼の光が眩しかった。
ティアはギルドカードを両手で掲げて飛び跳ねる。
「やったぁ! 正式に冒険者デビューだっ!」
「はいはい、落とすなよ」
「これ無くしたらご飯抜き!?」
「そういう問題じゃない」
リアナはカードを胸に抱き、静かに笑う。
「こうして……人の中に混じって生きるの、本当に久しぶりです」
「神の加護より、こっちの方が温かいだろ」
「……はい。皆が笑っている。祈りよりも、ずっと幸せそうに」
風が吹き抜け、遠くで子どもたちが遊ぶ声がする。
ティアが鼻をひくひく動かした。
「……ん? ご主人様、あれ! お肉の匂い!」
「またかよ」
「ねぇリアナさん、行こ! あれ絶対おいしいやつだよ!」
「ちょ、ティアさん! 走らないで!」
二人が市場通りへ駆けていく。
ユウリは呆れたように息を吐きつつ、どこか優しい顔をした。
「……まぁ、悪くないスタートだな」
空は青く、街の鐘が鳴る。
新しい街。新しい立場。
そして、“神の手を離れた者たち”による、新たな冒険の始まりだった。




