第37話「旅立ちの日」
廃都アルセリア。
長く廃墟と化していた神の実験都市は、今では静かな息吹を取り戻していた。
瓦礫の隙間から草花が芽吹き、修復された水路を清流が走る。
空を覆っていた瘴気もほとんど消え、夜になると空一面に三つの月が浮かぶ。
廃墟はもはや“死の都”ではなく――人の希望が宿る、再生の街だった。
勇者カイルとの戦いが終わってから、数日が経っている。
ユウリ・アークライトは神殿跡の最上階、風が吹き抜けるテラスに立っていた。
朝焼けが近づく頃、冷たい風が頬を撫でる。
彼は、掌に収めた《神罰構文の欠片》をじっと見つめていた。
「……結局、“神の設計”も人の祈りも、壊れたままだったな」
あの戦いで手に入れた力は絶大だ。
《コピー&改造》によって神罰すら上書きし、神の干渉をも弾く。
けれど、彼の胸には、燃え尽きたような空虚さが残っていた。
その背後に、柔らかな声が届く。
「ユウリ様」
リアナ・エルセリア。
白衣の裾を風に揺らし、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
戦いの後も、彼女は人々を癒す術を模索し続けている。
「アルセリアの再構築は完了しました。
防壁も、エネルギー炉も、もう完全に安定しています」
「……そうか。随分と静かだな」
「ええ。穏やかすぎて、まるで別の世界のようです」
リアナの声は優しい。
けれど、その奥には小さな迷いがあった。
「けれど……私は思うのです」
「ん?」
「この街を救えたのは奇跡です。ですが――世界には、まだ救われない人たちがいます。
私たちが歩くべき道は、ここで終わりではないのではないでしょうか」
その言葉に、ユウリはゆっくり目を閉じた。
リアナの手には、小さな祈りの石が握られている。
かつて神に仕えていた頃の名残。それでも彼女は、もう神ではなく“人”に向けて祈っていた。
「俺の力で救えるのは、構文の中にある“バグ”だけだ」
「ええ。でも……世界の悲しみもまた、神の設計ミスではありませんか?」
ユウリは短く息を吐き、笑みを浮かべた。
その微笑には、どこか少年のような無防備さがあった。
「……お前、うまく言うようになったな」
「学びました。ユウリ様から」
ふと、背後から軽快な足音が響いた。
「ねぇご主人様っ! お話してるの?」
桃色の髪を揺らし、ティア・ドラグネアが顔を覗かせる。
額の角は黒金に変わり、瞳の奥では龍の光が瞬いていた。
「訓練は終わったのか?」
「うんっ! でも退屈! 堕獣もいないし、誰もボクと戦ってくれないし!」
「……それは平和って言うんだ」
「そんなのつまんなーい!」
ティアが不満げに尻尾をばたばたさせる。
リアナは小さく笑いながら言った。
「では……いっそ、外の世界に出てみるのはどうでしょうか」
「え?」
ティアとユウリが同時に振り向いた。
リアナの表情は真剣そのものだった。
「ユウリ様の力が、誰かを救えるのなら。
それを閉じ込めておくよりも、広い世界で試してみたいのです。
苦しむ人々を癒し、壊れた秩序を少しでも再構築できるなら……」
彼女の瞳に宿る光は、もはや“聖女の信仰”ではなく、“人としての希望”だった。
ティアが真っ先に頷いた。
「ボクも行く! ご主人様の街をもっと広めるの! みんなに“アルセリア式”を見せつけるんだ!」
「お前はもう、営業担当か何かか?」
「だってご主人様がいちばんすごいんだもんっ!」
呆れながらも、ユウリの口元が緩んだ。
その笑みに、リアナもそっと安堵を滲ませる。
「……そうだな。外の世界の構文も、そろそろ解析してみるか」
「じゃあ決まりですね!」
ティアが勢いよく手を上げ、リアナが嬉しそうに頷いた。
◇◇◇
アルセリアの地下深く。
神殿区のさらに下、封印層と呼ばれる領域に、
ユウリたちは足を踏み入れていた。
道のりは長く、静寂だけが続く。
壁には古代文字が刻まれ、無数の光結晶が淡く灯っている。
その一つひとつに“神代文明”の名残が感じられた。
「すごい……ここ、まるで別世界ですね」
リアナが吐息混じりに呟く。
白衣の裾に光が反射し、彼女の金髪がやわらかく輝いていた。
ティアは興奮を抑えきれずに目を輝かせている。
「ねぇご主人様、これって、もしかして――遺跡の奥に何かあるよね!? 宝とか、ドラゴンの巣とか!」
「どっちも違うと思うが……まぁ、調べてみる価値はあるな」
ユウリが苦笑しながら手を伸ばす。
構文視界《改造視認》を展開すると、壁の奥に巨大な金属反応が現れた。
《構文反応検出:古代動力炉・稼働停止中》
《補足データ:識別名……“アーク・ノヴァ”》
低く響く音声は、神託端末βのものだった。
リアナとティアが同時に顔を見合わせる。
「アーク・ノヴァ……?」
「古代飛空挺のコードネームです。神々が“天界航行”に用いたと記録されています」
ユウリの表情に、久しく見せなかった光が宿る。
「……空を飛ぶ遺産、か。いいじゃないか」
「えっ? まさか動かすつもり!?」
「動かすさ。せっかく“神の道具”を見つけたんだ。人間の理で飛ばしてやろう」
その一言に、ティアが満面の笑みを浮かべた。
「ボクもやる! エンジンの炎、ボクが灯すねっ!」
リアナはわずかにため息をつきつつも、微笑む。
「……止めても無駄ですね。ならば、聖光で制御構文を修復します」
◇◇◇
封印区の最奥――。
そこには、眠れる巨獣のような影が横たわっていた。
白銀の外殻、翼のように展開された推進器、そして船体全体を覆う無数の構文痕。
その姿は、神の創造物にして、いまはただの残骸。
ユウリは静かに手をかざす。
《解析開始:アーク・ノヴァ/稼働率0.02%/動力炉欠損》
「……エネルギー炉が死んでるな。けど、代わりはある」
懐から取り出したのは、先日完成させたばかりの《アークリアクター》。
「これを動力にする気ですか?」
「そうだ。神の罰を、人の翼に変える」
リアナの瞳が一瞬、震える。
かつて“神の声”を伝えていた彼女には、その言葉がどれほど意味深かわかっていた。
ユウリがアークリアクターを接続する。
同時にティアが両手をかざし、炎の魔力を放った。
「――《龍炎走》、全開ッ!」
轟音。
封印区の空気が一気に熱を帯び、巨大な機関の中で歯車が回転を始めた。
《動力供給開始……出力上昇》
《構文修復モード展開》
「リアナ、制御回路を頼む!」
「了解っ!」
リアナが祈るように両手を組む。
聖光が流れ、ひび割れた回路を一つずつ縫い合わせていく。
白い光と炎が混じり合い、崩壊しかけた飛空艇に再び命が吹き込まれていった。
そして――。
《構文再起動:成功》
《アーク・ノヴァ、稼働開始》
地鳴りのような振動が足元を揺らす。
封印層の壁が震え、天井に埋め込まれた魔導結晶が一斉に光を放った。
船体がゆっくりと浮かび上がる。
数百年の眠りを経て、古代の翼が再び目覚めたのだ。
「うそ……動いた……本当に……!」
リアナが息を呑む。
ティアは尻尾をばたばた振りながら跳びはねた。
「すごいっ! 飛ぶ! ほんとに飛ぶんだね、ご主人様!!」
ユウリは制御盤の前に立ち、静かに呟く。
「――起動完了。《航行モード》、開放」
《了解。パイロット権限:ユウリ・アークライト》
《航行目的:未設定。目的地を指定してください》
「目的地……そうだな」
ユウリはゆっくりと天井の裂け目を見上げる。
そこから、うっすらと朝の光が差し込んでいた。
「――グランテール」
かつての故郷。
追放され、侮辱され、そしていまもなお彼の中に残る“始まりの場所”。
《目的地設定完了。離陸準備開始》
船体が震え、翼が展開する。
推進構文が一斉に起動し、封印層の岩壁が砕けた。
外の世界へ――。
光が流れ込み、ユウリは舵を握る。
「神の空を、人の理で飛ぶ。――これが、俺たちの旅の始まりだ」
ティアが両手を掲げ、リアナが祈るように笑う。
神託端末βの声が穏やかに響く。
《おかえりなさい……ユウリ様。これが“旅立ち”というものですね》
そして。
巨大な光柱が地を裂き、アルセリアの空が初めて――“空の道”へと繋がった。
古代飛空挺。
それは、神に見放された者たちが再び人の世界へ帰るための
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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
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