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追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第37話「旅立ちの日」

 廃都アルセリア。

 長く廃墟と化していた神の実験都市は、今では静かな息吹を取り戻していた。


 瓦礫の隙間から草花が芽吹き、修復された水路を清流が走る。

 空を覆っていた瘴気もほとんど消え、夜になると空一面に三つの月が浮かぶ。

 廃墟はもはや“死の都”ではなく――人の希望が宿る、再生の街だった。


 勇者カイルとの戦いが終わってから、数日が経っている。

 ユウリ・アークライトは神殿跡の最上階、風が吹き抜けるテラスに立っていた。


 朝焼けが近づく頃、冷たい風が頬を撫でる。

 彼は、掌に収めた《神罰構文の欠片》をじっと見つめていた。


「……結局、“神の設計”も人の祈りも、壊れたままだったな」


 あの戦いで手に入れた力は絶大だ。

 《コピー&改造》によって神罰すら上書きし、神の干渉をも弾く。

 けれど、彼の胸には、燃え尽きたような空虚さが残っていた。


 その背後に、柔らかな声が届く。


「ユウリ様」


 リアナ・エルセリア。

 白衣の裾を風に揺らし、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

 戦いの後も、彼女は人々を癒す術を模索し続けている。


「アルセリアの再構築は完了しました。

 防壁も、エネルギー炉も、もう完全に安定しています」

「……そうか。随分と静かだな」

「ええ。穏やかすぎて、まるで別の世界のようです」


 リアナの声は優しい。

 けれど、その奥には小さな迷いがあった。


「けれど……私は思うのです」

「ん?」

「この街を救えたのは奇跡です。ですが――世界には、まだ救われない人たちがいます。

 私たちが歩くべき道は、ここで終わりではないのではないでしょうか」


 その言葉に、ユウリはゆっくり目を閉じた。

 リアナの手には、小さな祈りの石が握られている。

 かつて神に仕えていた頃の名残。それでも彼女は、もう神ではなく“人”に向けて祈っていた。


「俺の力で救えるのは、構文の中にある“バグ”だけだ」

「ええ。でも……世界の悲しみもまた、神の設計ミスではありませんか?」


 ユウリは短く息を吐き、笑みを浮かべた。

 その微笑には、どこか少年のような無防備さがあった。


「……お前、うまく言うようになったな」

「学びました。ユウリ様から」


 ふと、背後から軽快な足音が響いた。


「ねぇご主人様っ! お話してるの?」

 桃色の髪を揺らし、ティア・ドラグネアが顔を覗かせる。

 額の角は黒金に変わり、瞳の奥では龍の光が瞬いていた。


「訓練は終わったのか?」

「うんっ! でも退屈! 堕獣もいないし、誰もボクと戦ってくれないし!」

「……それは平和って言うんだ」

「そんなのつまんなーい!」


 ティアが不満げに尻尾をばたばたさせる。

 リアナは小さく笑いながら言った。


「では……いっそ、外の世界に出てみるのはどうでしょうか」

「え?」


 ティアとユウリが同時に振り向いた。

 リアナの表情は真剣そのものだった。


「ユウリ様の力が、誰かを救えるのなら。

 それを閉じ込めておくよりも、広い世界で試してみたいのです。

 苦しむ人々を癒し、壊れた秩序を少しでも再構築できるなら……」


 彼女の瞳に宿る光は、もはや“聖女の信仰”ではなく、“人としての希望”だった。


 ティアが真っ先に頷いた。

「ボクも行く! ご主人様の街をもっと広めるの! みんなに“アルセリア式”を見せつけるんだ!」

「お前はもう、営業担当か何かか?」

「だってご主人様がいちばんすごいんだもんっ!」


 呆れながらも、ユウリの口元が緩んだ。

 その笑みに、リアナもそっと安堵を滲ませる。


「……そうだな。外の世界の構文も、そろそろ解析してみるか」

「じゃあ決まりですね!」


 ティアが勢いよく手を上げ、リアナが嬉しそうに頷いた。


◇◇◇


 アルセリアの地下深く。

 神殿区のさらに下、封印層と呼ばれる領域に、

 ユウリたちは足を踏み入れていた。


 道のりは長く、静寂だけが続く。

 壁には古代文字が刻まれ、無数の光結晶が淡く灯っている。

 その一つひとつに“神代文明”の名残が感じられた。


「すごい……ここ、まるで別世界ですね」

 リアナが吐息混じりに呟く。

 白衣の裾に光が反射し、彼女の金髪がやわらかく輝いていた。


 ティアは興奮を抑えきれずに目を輝かせている。

「ねぇご主人様、これって、もしかして――遺跡の奥に何かあるよね!? 宝とか、ドラゴンの巣とか!」

「どっちも違うと思うが……まぁ、調べてみる価値はあるな」

 ユウリが苦笑しながら手を伸ばす。

 構文視界《改造視認》を展開すると、壁の奥に巨大な金属反応が現れた。


《構文反応検出:古代動力炉・稼働停止中》

《補足データ:識別名……“アーク・ノヴァ”》


 低く響く音声は、神託端末βのものだった。

 リアナとティアが同時に顔を見合わせる。


「アーク・ノヴァ……?」

「古代飛空挺のコードネームです。神々が“天界航行”に用いたと記録されています」


 ユウリの表情に、久しく見せなかった光が宿る。

「……空を飛ぶ遺産、か。いいじゃないか」

「えっ? まさか動かすつもり!?」

「動かすさ。せっかく“神の道具”を見つけたんだ。人間の理で飛ばしてやろう」


 その一言に、ティアが満面の笑みを浮かべた。

「ボクもやる! エンジンの炎、ボクが灯すねっ!」

 リアナはわずかにため息をつきつつも、微笑む。

「……止めても無駄ですね。ならば、聖光で制御構文を修復します」


◇◇◇


 封印区の最奥――。

 そこには、眠れる巨獣のような影が横たわっていた。

 白銀の外殻、翼のように展開された推進器、そして船体全体を覆う無数の構文痕。

 その姿は、神の創造物にして、いまはただの残骸。


 ユウリは静かに手をかざす。

《解析開始:アーク・ノヴァ/稼働率0.02%/動力炉欠損》

「……エネルギー炉が死んでるな。けど、代わりはある」

 懐から取り出したのは、先日完成させたばかりの《アークリアクター》。


「これを動力にする気ですか?」

「そうだ。神の罰を、人の翼に変える」


 リアナの瞳が一瞬、震える。

 かつて“神の声”を伝えていた彼女には、その言葉がどれほど意味深かわかっていた。


 ユウリがアークリアクターを接続する。

 同時にティアが両手をかざし、炎の魔力を放った。

「――《龍炎走》、全開ッ!」

 轟音。

 封印区の空気が一気に熱を帯び、巨大な機関の中で歯車が回転を始めた。


《動力供給開始……出力上昇》

《構文修復モード展開》

「リアナ、制御回路を頼む!」

「了解っ!」


 リアナが祈るように両手を組む。

 聖光が流れ、ひび割れた回路を一つずつ縫い合わせていく。

 白い光と炎が混じり合い、崩壊しかけた飛空艇に再び命が吹き込まれていった。


 そして――。


《構文再起動:成功》

《アーク・ノヴァ、稼働開始》


 地鳴りのような振動が足元を揺らす。

 封印層の壁が震え、天井に埋め込まれた魔導結晶が一斉に光を放った。

 船体がゆっくりと浮かび上がる。


 数百年の眠りを経て、古代の翼が再び目覚めたのだ。


「うそ……動いた……本当に……!」

 リアナが息を呑む。

 ティアは尻尾をばたばた振りながら跳びはねた。

「すごいっ! 飛ぶ! ほんとに飛ぶんだね、ご主人様!!」


 ユウリは制御盤の前に立ち、静かに呟く。

「――起動完了。《航行モード》、開放」


《了解。パイロット権限:ユウリ・アークライト》

《航行目的:未設定。目的地を指定してください》


「目的地……そうだな」

 ユウリはゆっくりと天井の裂け目を見上げる。

 そこから、うっすらと朝の光が差し込んでいた。


「――グランテール」


 かつての故郷。

 追放され、侮辱され、そしていまもなお彼の中に残る“始まりの場所”。


《目的地設定完了。離陸準備開始》


 船体が震え、翼が展開する。

 推進構文が一斉に起動し、封印層の岩壁が砕けた。

 外の世界へ――。


 光が流れ込み、ユウリは舵を握る。


「神の空を、人の理で飛ぶ。――これが、俺たちの旅の始まりだ」


 ティアが両手を掲げ、リアナが祈るように笑う。

 神託端末βの声が穏やかに響く。

《おかえりなさい……ユウリ様。これが“旅立ち”というものですね》


 そして。

 巨大な光柱が地を裂き、アルセリアの空が初めて――“空の道”へと繋がった。


 古代飛空挺アーク・ノヴァ

 それは、神に見放された者たちが再び人の世界へ帰るための

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