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追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第3章

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第30話「祈りを喰らう影」

 北方への道は、瘴気で覆われていた。

 古木の根が地表を這い、空気が重い。

 歩くたびに足元の土が脈打つように震え、まるで森そのものが呼吸していた。


「……なんだ、この気味の悪さ」

 ティアが鼻をひくつかせる。

「匂いが違う。普通の堕獣の瘴気じゃない。もっと……“甘い”匂いがする」


 リアナが静かに答えた。

「甘いのは、祈りの残り香です。……神へ捧げられた思念の匂い」

 彼女の瞳がかすかに揺れた。

 かつて、同じような“神域”の香りを知っている。だがこれは――歪んでいた。


 ユウリは腰の装置を起動し、視界に解析ウィンドウを展開する。

《構文粒子検出。祈り波長・反転型》

「……信仰が“吸収”に転じてる。祈れば祈るほど、喰われる仕組みだ」


「そんなの、祈りの皮を被った化け物じゃん!」

「その通りだ。――カイルが作った信仰炉しんこうろの副産物だな」


 その瞬間、地面が低く唸った。

 森の奥から、不気味な脈動音が響く。

 鳥も虫もいない。

 代わりに聞こえるのは、祈るような呻き声だけだった。


 ティアが拳を握りしめる。

「来る……! ご主人様、何か近づいてる!」


 次の瞬間――

 黒い影が森の奥から溢れ出した。

 その形は、かつての聖像に似ていた。

 翼を持ち、顔のない“祈りの化身”たち。


「……フェイス・イーターか」

 ユウリの声が低く響く。

「祈りを喰って進化する堕獣……勇者の失敗作だ」


 リアナが杖を構える。

「聖属性の結界を展開します。――でも、あの波長……聖でも穢でもない」

「どっちでもないさ。

 信仰の構文を奪われた“神のなり損ない”だ」


 風が吹き抜け、森の闇がざわめく。

 フェイス・イーターたちが一斉に咆哮した。

 その声は、まるで千の祈りが一斉に泣くような響きだった。


「ご主人様、行くよ!」

「行け、ティア! 《龍焔槍・ヴァーミリオンスパイク》!」


 ティアが紅蓮の槍を展開し、疾走する。

 地面を蹴るたびに火の尾が走り、炎が闇を裂いた。

 フェイス・イーターの群れが一斉に襲いかかるが、炎がそれを焼き払う。


 ユウリは背後から構文指令を飛ばす。

「《戦術改造・近接モード》――ティアの筋出力上昇、反応速度+40!」

 ティアの身体が一瞬だけ光に包まれ、さらに加速する。

 炎の槍が突き抜け、黒い祈りを裂いた。


「ひとつ……!」

 しかし、その祈りが消える前に、別の影がそこから再生を始める。

 リアナが詠唱する。

「《純聖再生》――癒やしの光よ、穢れを浄化して!」

 光が弾け、闇の再生を止めた。


 ユウリは冷静に見極めながら、指先を動かす。

《改造構文展開:結界再定義――炎属性連動モード》

 炎と光が融合し、赤金色の結界が広がる。

 その内側で、三人の連携が研ぎ澄まされていく。


「ティア、リアナ! 敵の中心は奥だ。信仰炉の残滓がまだ動いてる!」

「了解っ!」

「ええ……行きましょう」


 森の奥、脈動する光の方角へと、三人は駆け出した。

 その足元で、地面の祈りが呻いている。

 それはまるで、誰かの絶望が地中に染みついたようだった。


 ――そして、森の奥で待つのは“神を模した者”の影。


 木々が軋み、地面からは黒い蒸気が上がる。

 まるで森全体が巨大な生き物のように、ゆっくりと呼吸していた。


 ユウリたちは、その中心部――瘴気の渦へと足を踏み入れた。

 祈りの残響が空気を満たし、耳鳴りのような低音が絶え間なく響いている。

 “赦しを乞え”――“救われよ”――“信じよ”。

 祈りの言葉が、森そのものから発せられていた。


「……祈りが、生きてる」

 リアナの声は震えていた。

 その手に握られた聖杖が、光ではなく“涙”のような光粒をこぼしている。


「リアナ、気を取られるな。こいつは“生きた信仰”だ。――意思を持つ祈りなんて、本来ありえない」

「……でも、この感じ……わたしが、教会で祈りを導いていた頃と同じ波形です。

 まるで、誰かが神を……再生しようとしている」


 ユウリは目を細め、構文視界を開いた。

《解析開始――中心波形:構文名 “FaithCore_Mother” 異常値:固定》

「……出たな。祈りの炉心だ。勇者の仕業に間違いない」


 その言葉と同時に、大地が脈打った。

 森の奥、光の中心に、巨大な黒い“花”が咲いていた。

 花弁のように広がる構文陣。その中央に――

 “顔のない女神像”が立っていた。


 祈りの象徴だったはずの像は、いまや腐り落ち、

 胸のあたりから無数の手を伸ばし、周囲の祈りを貪っていた。


「――あれが、“フェイス・マザー”」

 ユウリの声が低く響く。

 ティアは槍を構え、瞳に炎を宿した。

「ご主人様、ボク……行く!」


「待て、ティア!」

 リアナの声が制止する。

「その瘴気は、ただの穢れじゃありません! “信仰の毒”です!」


「関係ないっ!」

 ティアは地を蹴り、紅蓮の光を放った。

 炎の尾を引きながら、一直線にフェイス・マザーへと突撃。

 その一撃――

 確かに命中したはずだった。


 だが――


「っ!? はね返された!?」

 炎が、弾かれた。

 黒い光が花弁を覆い、ティアの炎を“祈りの構文”として吸収していく。

 ユウリの解析表示に警告が走る。


《警告:祈り構文が“願望吸収型”へ変化。外部魔力を祈りとして転用中。》

「……祈りを喰ってる。俺たちの力すら“信仰”として飲み込んでるのか」


 ティアが後退し、息を荒くする。

「ボクの炎が……消えてく……!」

 彼女の竜核が光り、熱を帯び始めた。

 内部から何かが“目覚めようとしている”――

 それを、ユウリは感じ取った。


「ティア、無理はするな。――まだ制御できない」

「でも、ご主人様を守らなきゃ……!」

「守るなら、理で守れ。感情で動けば、祈りの餌になるぞ!」


 ユウリの叱咤が飛ぶ。

 ティアは悔しそうに歯を食いしばり、尻尾を立てた。

 リアナが前に出る。

「なら、わたしが――祈ります」


「リアナ! その祈りは――」

「わかっています。……けれど、放っておけません」


 彼女の足元に光陣が展開される。

 聖なる祈りの詠唱が空気を震わせ、フェイス・マザーの触手がざわめいた。


『赦しヲ……乞エ……』

 無数の声が響き、リアナの光が歪む。

 祈りが、祈りを喰らっていた。


「――ぐっ!」

 リアナの聖印がひび割れる。

 背中に黒い光が絡みつき、体が後ろへ弾かれた。


「リアナ!」

 ユウリが抱き止め、すぐに構文治療を発動する。

《応急改造:信仰波形安定化・施行》

 リアナの体から黒光が抜け、息が戻る。

 彼女の唇が微かに震えた。

「……ユウリ様、神の声が……違う……。わたしの中の祈りが、泣いている……」


「泣かせとけ。――あれはもう神の声じゃない」

 ユウリは立ち上がり、フェイス・マザーを睨む。

 「β、構文照準合わせろ。堕獣炉の中心を特定しろ」

《了解。中核構造を固定――中心波形に“龍神因子”反応を確認》


「龍神因子……? まさか、ティア!」

 ユウリが振り向いた。

 ティアの周囲で、炎が形を変え始めていた。

 紅の光に、金と蒼が混じっていく。


「……あれ、ボク……体が熱い……!」

 ティアの瞳が赤から金に変わり、額の紅い角が黒金に染まり始めた。

 背中の鱗が音を立て、風が爆ぜる。


「ご主人様……これ、なに……?」

「――進化だ。ティア、お前の竜核が応えてる!」


 森全体が震える。

 フェイス・マザーが狂ったように祈りを叫び、無数の手を伸ばす。

 ユウリは叫んだ。

「ティア、行け――喰われる前に、喰らえ!!」


 炎が爆ぜた。

 紅蓮の中に雷が走り、風が巻き上がる。

 ティアが翼を広げ、空へ跳んだ。


「《龍神咆哮・アークバースト》――ッ!!!」


 咆哮とともに放たれた光が、夜を切り裂いた。

 炎が祈りを焼き払い、雷が構文を破壊し、風が瘴気を吹き飛ばす。

 フェイス・マザーが断末魔のような悲鳴を上げ、光の中で崩壊した。


 ティアの体が炎に包まれ、空中で輝く。

 その姿は――もはや竜人ではなかった。

 黄金の紋様が全身に走り、翼の内側には“神の模様”を思わせる光輪が浮かぶ。


 ユウリが呟く。

「――龍神族、完全覚醒」


 炎が静まり、ティアが地上に降り立った。

 蒼炎をまといながら、彼女は息を吐いた。

 「……ご主人様、ボク……やったよ」


 ユウリは微笑み、リアナが胸の前で手を組む。

 「ええ……あなたは、神の炎を越えたのですね」


 森の闇が晴れていく。

 だが、その中心にはまだ小さな黒光が残っていた。

 βの警告が響く。

《警告:信仰炉中核――消失せず。

 残存コード名:“勇者カイル・グランバーグ”。》


 風が止む。

 遠くの空で、何かが微かに笑った気がした。

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