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追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第1章

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第3話「封印の少女、龍の名を継ぐ」

 神殿の奥は、雨の匂いがしなかった。

 崩れた屋根の音もここまでは届かず、空気は静かで冷たい。


 ユウリ・アークライトは、石の螺旋階段をゆっくり降りる。

 壁に掌を滑らせると、指先がピリッと痺れた。


「……静電気ってより、“神の針金”だな」


 見えない線が、壁の内側を縫っている。

 “神造構文”――神が世界を設計するために使った古い言語。

 壊れた今も、完全には死なず、ところどころでバグって息をしている。


 階段を降り切ると、深い井戸のような円形の間に出た。

 中央に、透明な棺。

 内側で淡い赤が、心臓の鼓動みたいに明滅している。


「……これが“炎の少女”」


 ユウリは一歩近づき、棺に手を置く。

 冷たい。けれど、その奥に確かな“体温”があった。


《封印識別:DRAGON_SEAL_CORE/管理者=神格直轄》

《条件:覚醒時→自動再封鎖/外部介入→神罰ルーチン準備》


「起きた瞬間にまた閉じる……監獄に目覚まし時計付けるな」


 皮肉をひとつ。

 怒っている時ほど、声は低くなる。


 棺の中で少女が眠っていた。

 桃色の髪が水みたいに広がり、額には小さな紅い角。

 長い睫毛の下、頬には乾いた涙の跡が一筋だけ残っている。


《封印構文:竜核拘束/抑制率82%》

《副作用:夢領域へ恐怖記録を反復上書き》


「……祈りの顔をして、やってることは拷問じゃねぇか」


 喉元に突きつけられた剣の冷たさ――追放の夜の記憶が、一瞬だけ戻る。

 ユウリは拳を握り、すぐ開いた。


「命令は廃止。提案に変える。……人の意思は、人が決める」


 左手で棺を、右手で祭壇の基板を押さえる。

 神殿の“心臓”と封印層を繋ぎ、神の命令文を上書きする。


《改造開始:再封鎖ルーチン(命令)→提案(拒否可能)》

《同意確認:都市核→許可》


 封印陣の光が薄まり、細い鎖のような魔力線が浮かぶ。

 それぞれが少女の“竜核”に刺さり、力を抜き、恐怖を流し込んでいる。


「構造は綺麗。だからこそ腹が立つ」


《スキル発動:《コピー&改造》》

《対象:拘束杭(竜核周辺)》

《改造:接続方向を反転→“本人の意思合図”でのみ接続》


 一本、外す。

 カチリ、と小さな音が、骨で聞こえた。


 もう一本、外す。

 赤い明滅が、ほんの少し柔らぐ。


 三本、四本――

 部屋の温度が、一度ずつ上がっていく。

 壊さず直すのは、力で叩き壊すより難しい。

 掌に汗が滲むのを、自分で笑った。


「――あと一本」


 最後の杭に指をかけ、ユウリは一拍置いた。

 言葉は、時々、魔法より効く。


「起きていい。閉じるか、出てくるか――君が決めろ」


 杭を抜く。


 静寂。

 次の瞬間、棺の内側で空気が跳ねた。

 炎の粒がふわりと浮いて、室内が一度ぶん温かくなる。


 長い睫毛が震え、瞼がゆっくり開いた。

 琥珀色の瞳が、まっすぐユウリを掴む。


「……ボク、まだ……生きてるの?」


「ああ。生きてる。もう誰にも閉じ込められない」


 少女は小さく瞬き、首をかしげる。


「……主様、ですか?」


「違ぇよ。今のところは、通りすがりの改造屋だ」


「……でも、主様がいなかったら、ボク……目を開けられなかったよ」


 ユウリは少しだけ笑った。

 張り詰めていた糸が、ひとつ緩む。


《識別名:Tia/種別:竜族・人化形態》


「ティア、か。いい名前だ」


「主様は?」

「ユウリ。ユウリ・アークライト」


「ユウリ……主様だね」

「いや、だから違――」

「主様がボクを助けたんだもん。主様でしょ?」


 子どもみたいにまっすぐな笑顔。

 その無邪気さに、ユウリは肩をすくめた。


「……好きにしろ」


「うんっ!」


 ティアは透明な蓋に手をかける。

 軽く触れるだけで、封印の固定が解けた。


「ゆっくり。体、まだ慣れてない」


「うん……ありがと、主様」


 裸足が床に触れる。

冷たさに小さく息をのんで、足指をきゅっと曲げた。


「ここ……あったかい。主様がいるから?」


「……いや、それは都市の熱だ」


「ふふっ。主様、照れるとすぐ誤魔化す」


 ティアは棺の縁につかまりながら、部屋を見回した。

 見慣れない世界を、ひとつひとつ拾うみたいに。


「ここは……どこ?」


「廃都アルセリア。神が棄てた街だ。

 だから今は――俺たちの街でもある」


「“俺たち”」


 その言葉を、ティアは何度か唇で転がして、嬉しそうに笑った。


「ねぇ主様。ボク、どのくらい眠ってた?」


「正確な年数は後で調べる。……長い。夢に“恐怖”が混ぜられてた」


「そっか。だから、冷たい夢ばっかりだったんだ」


 ティアは自分の胸に手を当てる。

 鼓動を数えて、ほっとした表情を浮かべた。


「ねぇ主様。ボク、強くなっていい?」


「もちろん。……ただし、焦るな。まずは歩く、次に走る」


「うん。主様のペースで、ボク、ついていく」


 小さな“約束”が交わされた瞬間、石壁の継ぎ目が青く光った。

 空気が少し重くなる。


《通知:封印解除ログを外周へ配信》

《外部観測:微弱な索敵反応/種別=魔族系統》


 ユウリは眉をひそめ、空間の上を見た。

 都市の回路を通して、外周の気配がかすかに伝わってくる。


「……早いな。光柱、見られてたか」


「主様、何か来るの?」


「偵察が覗きに来る。ここは目立つからな」


「ふふ。なら早く“主様の街”に案内して。ボク、場所を覚えたい」


「“俺たちの街”な。……行くぞ、ティア」


「うん、主様!」


 ティアが一歩踏み出しかけて、ふと立ち止まる。

 ユウリの袖を、そっと指でつまんだ。


「主様。ボク、もう一回、ちゃんと生きたい。

 檻に戻るためじゃなくて……主様の隣で、選ぶために」


 真っ直ぐで、揺らがない声。

 ユウリは短く頷く。


「そのために俺はいる。選択肢を、全部並べる」


「うん」


 ティアは小さく笑い、袖から指を離した。

 炎の粒みたいな光が、紅い角の根もとで一瞬だけきらめく。


「歩けるか?」


「平気。主様がいるから」


「理屈はおかしいけど、まぁいい。……行こう」


 二人は階段へ向かう。

 上の方から、雨上がりの風が香ってきた。

 遠くで、都市の水路が静かに流れ始める音がする。


《副次出力:都市機能=灯・水・盾・記録 安定稼働》

《注意:外周に微細な魔力波――偵察規模》


「迎えは、案外すぐだな」


「主様。ボク、戦えるよ?」


「その時が来たら、頼む。……口で教えるより早い。見て覚えろ」


「うん!」


 神殿の扉を押し開けると、薄い光が差し込んだ。

 雲はまだ厚いが、街は目を覚ましている。


 廃都アルセリア。

 神に棄てられた街は、今、二人の歩幅で再起動していく。


 そして遠く、瓦礫の向こうで、かすかな気配が動いた。

 魔族の偵察が、こちらを見つけている。


 ユウリは剣の柄を軽く叩き、ティアに横目をやる。

 ティアはこくりと頷き、紅の角をきらりと光らせた。


 ――次の戦いは、もうすぐだ。

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