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追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第3章

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第29話「神罰の模造体」

 ――地鳴りが響いた。

 構文陣の中心で、黒い光が脈打つ。

 夜の空が血のように赤く染まり、祈りの声が叫び声へと変わっていく。


 勇者カイル・グランバーグは祭壇の上に立ち、両腕を広げていた。

 その体を走る黒い紋様は、まるで生き物のように蠢き、皮膚の下で光を放つ。


「見よ……これが神の応答だ」

 カイルの声が響く。

 その声は人のものではなかった。

 祈りと呪詛を混ぜ合わせたような響きが、荒野全体に広がる。


 空に裂け目が生まれ、そこから黒い粒子が降り注ぐ。

 祈りの残響、堕獣の欠片、信仰の記録――それらが一つに溶け合っていく。


「カイル! もうやめろ!」

 レオンの叫びは、雷鳴に掻き消された。

 聖騎士の鎧が砕け、地面に叩きつけられる。

 イリナが駆け寄ろうとするが、瘴気の壁に阻まれる。


 彼女の目に映ったのは――

 もはや“勇者”ではなかった。


 カイルの右腕が変形し、黒い金属に覆われていく。

 その手に宿る聖剣は完全に姿を変え、脈打つ生体構文となっていた。

 刃が呼吸をし、心臓のように鼓動を打つ。


「……これが、“神の代行者”の姿だ」


 笑いながら、カイルは天を見上げた。

 裂け目の奥で、白い光が瞬いた。

 それはかつて彼が信じていた“神”の領域。

 だが、そこからの応答は――なかった。


「また沈黙か。ならば、もういい」

 カイルが手を掲げる。

 次の瞬間、構文陣が爆ぜ、黒い柱が空を貫いた。


《構文融合率:100%》

《神罰構文・模造体――起動》


 雷鳴。

 天が割れ、大地が震える。

 祭壇の下から、巨大な影が立ち上がった。


 骨の翼。

 無数の腕。

 金属と肉が融合した異形の巨体。

 その中心で、黒光を放ちながら人の形をした“神罰の模造体”が生まれる。


 イリナが絶叫した。

「それは神なんかじゃない! それは――!」


「違う。“俺”だ」

 カイルが答える。

 彼の声は、模造体と重なって響いた。

「神が人を作ったなら、今度は人が神を作る番だ」


 構文が唸り、周囲の亡骸が次々と燃え上がる。

 祈りが呪文となり、黒い光に変わる。

 そのエネルギーが模造体の胸に吸い込まれた。


「見ろ、これが“救済”だ。

 祈る必要はない。願えば即座に叶う――“神の完全形”!」


 レオンが剣を構える。

 声を震わせながら、それでも勇者だった頃の誓いを口にする。

「……それは、ただの暴力だ。信仰じゃない!」


「信仰は力だ。言葉だけじゃ世界は救えない」

 カイルが振り返る。

 黒い翼が背から広がり、風が爆ぜた。

 その眼は、もはや理性の光を持たない。

「沈黙を破るのは祈りではなく――力だ!」


 模造体が咆哮した。

 空気が弾け、大地がめくれ上がる。

 レオンが吹き飛ばされ、イリナが必死に防御構文を展開する。


 だが、カイルの放つ一撃はそれを易々と貫いた。

 黒光が走り、空が割れる。

 世界そのものが、祈りの音を失っていく。


 イリナの身体が血を流しながらも叫ぶ。

「あなたは……神になんて、なれない!」


「なれるさ。

 なぜなら俺は――“沈黙を超えた人間”だ!」


 咆哮。

 模造体の光が荒野を飲み込み、聖堂の残骸を焼き尽くす。

 大地が震え、空が泣く。

 そして――静寂。


 風が止んだ。

 黒煙の中で、ひとつの影が立っていた。

 それは人の形をしていたが、どこか違う。

 黒炎を纏い、背に光輪のようなものを浮かべている。


 勇者カイル。

 いや――もうその名で呼ぶ者はいない。


「……神よ。

 お前が黙り続けるなら、俺がこの世界を語る」


 彼は天を見上げ、微笑んだ。

 その笑みは、美しく、そして恐ろしい。


 地上の闇に、黒い祈りが芽吹く。

 それが“堕獣の再発現”の始まりであり――

 神に見放された勇者の、新たな神話の序章だった。




 ◇◇◇



 ――北方の空が、うっすらと赤く染まっていた。

 廃都アルセリアの観測塔は、その異様な光をずっと捉え続けている。


《警告:祈り波形の異常を検出。干渉源、北東八十キロ圏内。》

 神託端末βの声が神殿中枢に響いた。

 その音には、どこか怯えにも似た震えがあった。


「また、祈りの波形か」

 ユウリ・アークライトは端末盤に指を走らせながら呟いた。

 スクリーンに現れる数値は、常識を超えた異常値を示している。

「……四百倍。これはもう、祈りじゃない。信仰が暴走してる」


 ティアが訓練中の炎を止め、耳をぴくりと動かした。

「ご主人様、北の空が――燃えてるみたい」

 その声は、炎属性を操る竜娘でさえ感じ取る異常の証だった。


 ユウリはわずかに目を細める。

「β、映像を上げろ」

《了解。映像解析中……》

 塔の水晶盤に映し出されたのは、黒い瘴気に包まれた森。

 その中心に、赤黒い光が鼓動している。


 リアナ・エルセリアは祈りの手を組み、微かに眉を寄せた。

「……これは、“神の声”ではありません。

 まるで、誰かが祈りを――作っているような」


「“作る”?」


 ティアが首を傾げる。

 ユウリがうなずいた。

「そうだ。勇者カイルの仕業だ。

 神が黙ったなら、人が神を再現する。……奴らしい発想だな」


《解析結果:信仰構文――識別不能コード“FakeFaith”検出》

 βの声が重なる。

 “模造信仰”。

 それは、かつて存在しなかった異端のエネルギー。


 ティアの炎が小さく揺れた。

「ボク、あいつのこと嫌い。……ご主人様を追放したくせに、神様の真似までしてる」

「嫌うのは簡単だ。だが――今は、止める方が先だ」

 ユウリの声は淡々としていたが、その奥に確かな怒気が潜んでいた。


 リアナが不安そうに視線を上げる。

「止める……とはいえ、あの力をどうするおつもりですか?」

「観測だけじゃ追いつかない。……現地で見るしかないな」


 ユウリは立ち上がり、コートの留め具を閉じた。

「ティア、装備を。リアナは結界支援を頼む」

「はいっ!」

「……承知しました」


 観測塔の扉が開く。

 夜風が吹き込み、三人の影が暗闇へ溶けていく。


 その背後で、βが小さく呟いた。

《……お気をつけて。信仰は、最も危険な構文ですから……》



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