第29話「神罰の模造体」
――地鳴りが響いた。
構文陣の中心で、黒い光が脈打つ。
夜の空が血のように赤く染まり、祈りの声が叫び声へと変わっていく。
勇者カイル・グランバーグは祭壇の上に立ち、両腕を広げていた。
その体を走る黒い紋様は、まるで生き物のように蠢き、皮膚の下で光を放つ。
「見よ……これが神の応答だ」
カイルの声が響く。
その声は人のものではなかった。
祈りと呪詛を混ぜ合わせたような響きが、荒野全体に広がる。
空に裂け目が生まれ、そこから黒い粒子が降り注ぐ。
祈りの残響、堕獣の欠片、信仰の記録――それらが一つに溶け合っていく。
「カイル! もうやめろ!」
レオンの叫びは、雷鳴に掻き消された。
聖騎士の鎧が砕け、地面に叩きつけられる。
イリナが駆け寄ろうとするが、瘴気の壁に阻まれる。
彼女の目に映ったのは――
もはや“勇者”ではなかった。
カイルの右腕が変形し、黒い金属に覆われていく。
その手に宿る聖剣は完全に姿を変え、脈打つ生体構文となっていた。
刃が呼吸をし、心臓のように鼓動を打つ。
「……これが、“神の代行者”の姿だ」
笑いながら、カイルは天を見上げた。
裂け目の奥で、白い光が瞬いた。
それはかつて彼が信じていた“神”の領域。
だが、そこからの応答は――なかった。
「また沈黙か。ならば、もういい」
カイルが手を掲げる。
次の瞬間、構文陣が爆ぜ、黒い柱が空を貫いた。
《構文融合率:100%》
《神罰構文・模造体――起動》
雷鳴。
天が割れ、大地が震える。
祭壇の下から、巨大な影が立ち上がった。
骨の翼。
無数の腕。
金属と肉が融合した異形の巨体。
その中心で、黒光を放ちながら人の形をした“神罰の模造体”が生まれる。
イリナが絶叫した。
「それは神なんかじゃない! それは――!」
「違う。“俺”だ」
カイルが答える。
彼の声は、模造体と重なって響いた。
「神が人を作ったなら、今度は人が神を作る番だ」
構文が唸り、周囲の亡骸が次々と燃え上がる。
祈りが呪文となり、黒い光に変わる。
そのエネルギーが模造体の胸に吸い込まれた。
「見ろ、これが“救済”だ。
祈る必要はない。願えば即座に叶う――“神の完全形”!」
レオンが剣を構える。
声を震わせながら、それでも勇者だった頃の誓いを口にする。
「……それは、ただの暴力だ。信仰じゃない!」
「信仰は力だ。言葉だけじゃ世界は救えない」
カイルが振り返る。
黒い翼が背から広がり、風が爆ぜた。
その眼は、もはや理性の光を持たない。
「沈黙を破るのは祈りではなく――力だ!」
模造体が咆哮した。
空気が弾け、大地がめくれ上がる。
レオンが吹き飛ばされ、イリナが必死に防御構文を展開する。
だが、カイルの放つ一撃はそれを易々と貫いた。
黒光が走り、空が割れる。
世界そのものが、祈りの音を失っていく。
イリナの身体が血を流しながらも叫ぶ。
「あなたは……神になんて、なれない!」
「なれるさ。
なぜなら俺は――“沈黙を超えた人間”だ!」
咆哮。
模造体の光が荒野を飲み込み、聖堂の残骸を焼き尽くす。
大地が震え、空が泣く。
そして――静寂。
風が止んだ。
黒煙の中で、ひとつの影が立っていた。
それは人の形をしていたが、どこか違う。
黒炎を纏い、背に光輪のようなものを浮かべている。
勇者カイル。
いや――もうその名で呼ぶ者はいない。
「……神よ。
お前が黙り続けるなら、俺がこの世界を語る」
彼は天を見上げ、微笑んだ。
その笑みは、美しく、そして恐ろしい。
地上の闇に、黒い祈りが芽吹く。
それが“堕獣の再発現”の始まりであり――
神に見放された勇者の、新たな神話の序章だった。
◇◇◇
――北方の空が、うっすらと赤く染まっていた。
廃都アルセリアの観測塔は、その異様な光をずっと捉え続けている。
《警告:祈り波形の異常を検出。干渉源、北東八十キロ圏内。》
神託端末βの声が神殿中枢に響いた。
その音には、どこか怯えにも似た震えがあった。
「また、祈りの波形か」
ユウリ・アークライトは端末盤に指を走らせながら呟いた。
スクリーンに現れる数値は、常識を超えた異常値を示している。
「……四百倍。これはもう、祈りじゃない。信仰が暴走してる」
ティアが訓練中の炎を止め、耳をぴくりと動かした。
「ご主人様、北の空が――燃えてるみたい」
その声は、炎属性を操る竜娘でさえ感じ取る異常の証だった。
ユウリはわずかに目を細める。
「β、映像を上げろ」
《了解。映像解析中……》
塔の水晶盤に映し出されたのは、黒い瘴気に包まれた森。
その中心に、赤黒い光が鼓動している。
リアナ・エルセリアは祈りの手を組み、微かに眉を寄せた。
「……これは、“神の声”ではありません。
まるで、誰かが祈りを――作っているような」
「“作る”?」
ティアが首を傾げる。
ユウリがうなずいた。
「そうだ。勇者カイルの仕業だ。
神が黙ったなら、人が神を再現する。……奴らしい発想だな」
《解析結果:信仰構文――識別不能コード“FakeFaith”検出》
βの声が重なる。
“模造信仰”。
それは、かつて存在しなかった異端のエネルギー。
ティアの炎が小さく揺れた。
「ボク、あいつのこと嫌い。……ご主人様を追放したくせに、神様の真似までしてる」
「嫌うのは簡単だ。だが――今は、止める方が先だ」
ユウリの声は淡々としていたが、その奥に確かな怒気が潜んでいた。
リアナが不安そうに視線を上げる。
「止める……とはいえ、あの力をどうするおつもりですか?」
「観測だけじゃ追いつかない。……現地で見るしかないな」
ユウリは立ち上がり、コートの留め具を閉じた。
「ティア、装備を。リアナは結界支援を頼む」
「はいっ!」
「……承知しました」
観測塔の扉が開く。
夜風が吹き込み、三人の影が暗闇へ溶けていく。
その背後で、βが小さく呟いた。
《……お気をつけて。信仰は、最も危険な構文ですから……》
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