表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/72

第28話「神を模した者 ―勇者の堕落記―」

 風が吹いていた。

 焦げた大地の上を、乾いた砂が這う。

 その風は、血と鉄の匂いを運んでくる。


 禁呪構文が暴走してから、二日。

 この地はもはや「世界」ではなくなっていた。

 黒い空、崩れた聖堂、焼け焦げた神像。

 生き残っているのは、わずかに四人だけ。


「……沈黙だな」

 勇者カイル・グランバーグが、誰にともなく呟いた。

 その声は乾いて、ひび割れている。

 額には汗ではなく、血が滲んでいた。


 彼の背後に、レオン、イリナ、ジェイド。

 かつて神の名のもとに共に戦った仲間たち。

 今は皆、何かを失った顔をしていた。


「カイル様……もう、祈るのはやめましょう」

 聖騎士レオンが膝をつき、握りしめた聖印を見つめる。

「神は……もう応えてはくださらない」


「それでも祈るんだよ」

 カイルは短く答えた。

 その手には、黒く焦げた聖剣。

 刃はひび割れ、光は消え、ただ冷たい。


「沈黙は、試練だ。応えがないのは、見放されたからじゃない。

 “選ばれている”からだ」


「またそれかよ……」

 ジェイドが吐き捨てる。

 短弓を肩にかけ、虚ろな目で空を見上げた。

「この腐った空を見てもまだ言えるか? 神なんて、もう――」


 その言葉の先を、カイルの拳が遮った。

 殴りつける音。ジェイドが倒れる。


「言葉を慎め。神は見ている」


「見てるって……どこでだよ……!」

 ジェイドは血を吐きながら笑った。

「見てるなら、こんな地獄にしねぇだろ!」


 沈黙。

 誰も、反論できなかった。


 空のどこにも、祈りに応じる気配はない。

 あったのは、焼け落ちた教会と、無数の死体。

 その中心で、カイルだけが立ち続けていた。


 イリナが静かに口を開く。

「カイル……もうやめよう。

 神様は沈黙してるの。私たちの祈りなんて、届いてない」


「違う」

 カイルの声は低く、しかしはっきりと響いた。

「沈黙は罰じゃない。――沈黙は、“許しの前触れ”だ」


 イリナが首を振る。

「あなたがそう思いたいだけよ……」


 その瞬間、地面の下から呻き声が響いた。

 亡骸たちの口が勝手に動き、祈りの言葉を繰り返す。

 「赦しを」「贖え」「救いを」

 乾いた声が無数に重なり、空気がひび割れた。


「……まだ、動くのか」

 レオンが剣を構えた。

 だがカイルは手を挙げて制した。


「いい。これは“神の声”だ」


「神の声!? 死体の呻きが!?」


「そうだ。

 信仰を試す声だ。

 俺たちに、“沈黙の意味”を理解させようとしている」


 その瞳に、かつての正義はもうなかった。

 光の代わりに宿っているのは、狂気にも似た熱。


 イリナは小さく息を呑んだ。

「ねぇ、カイル……あなた、怖いわ」

 勇者は振り返らなかった。

 ただ、焼け焦げた聖剣を天に掲げる。


「――沈黙の神よ。

 ならば、俺が応える。

 お前の代わりに、祈りを聞き、救いを作ろう」


 その瞬間、地面の亀裂が光を放った。

 黒い炎が吹き上がり、亡骸たちの聖印が脈打つ。

 “赦しを”という声が、今度は歓喜に変わった。


 レオンが叫ぶ。


「やめろ! それはもう祈りじゃない!」


「違う、レオン。――これが信仰だ」


 カイルは笑っていた。

 その笑顔は、かつて誰よりも人を救おうとした“勇者の顔”ではなかった。

 それは、“神の沈黙に酔った狂信者”の笑みだった。



 夜が落ちていた。

 月も星も見えない黒い空。

 その下で、崩れた聖堂だけが光を放っていた。


 祈りの残滓が集まり、祭壇の上で淡く明滅している。

 それは炎ではない。

 信仰が形を失って、なお燃え続ける“魂の残光”だった。


「見ろ……まだ消えていない」

 カイル・グランバーグはその光を見つめていた。

 彼の瞳は紅く光り、皮膚の下で黒い紋が蠢いている。

「神は死んでいない。俺たちの祈りの中で、生きているんだ」


「違う……それは、残響よ」

 イリナが絞り出すように声をあげた。

 杖を握る手が震えている。

「誰ももう、祈ってなんかいない。残ってるのは“声の跡”だけ……!」


「なら、それを使えばいい」

 カイルの声は冷たく、確信に満ちていた。

「神が応えないなら、俺が再現する。

 この残響を構文として組み直せば、“神の声”を再生できる」


「再生……? あなた、正気なの?」

「正気さ。

 ユウリを見ただろ? あいつは理をいじり、世界を作り変えた。

 なら俺は“信仰”をいじる。神の沈黙を、俺が修正するんだ」


 イリナの表情が凍りつく。

 レオンは言葉を失っていた。

 ジェイドは笑い声を上げるが、それは恐怖に歪んでいた。


「神を直す……? おいおい、もう人間の言葉じゃねぇな……!」


「俺は人間をやめる」

 カイルはそう言い切った。

 黒い聖剣を地面に突き立て、指先で空に構文を描く。

 炎のような文字列が浮かび上がり、聖堂全体に拡散する。


《信仰構文:再構築式 起動》

《素材:祈り・血・命・堕獣核》


 空気が一変した。

 祈りの声が壁から滲み出し、地面の血が光り始める。

 死者の聖印が脈動し、ひとつ、またひとつと光を取り戻していく。


「これが……“新しい祈り”だ」

 カイルは笑った。

「もう神に頼る必要はない。

 俺が神になる。俺が――“答える側”だ」


 イリナが駆け寄る。

「やめて! その構文は、人の魂を削る! 取り返しが――!」


 カイルの手が彼女の胸元を掴んだ。


「取り返し? そんなもの、とうに捨てた」


 イリナの目に、涙が滲む。

「……あの頃のあなたは、人を救いたいって言ってたのに」


 一瞬、カイルの瞳が揺れた。

 だが、すぐにその光は消えた。


「救いの形が変わっただけだ」


 構文陣が完成した。

 黒い光が祭壇を覆い、信仰の残響が凝縮されていく。

 地面が震え、亡骸たちの手が天に伸びる。


 レオンが剣を構え、叫ぶ。

「やめろカイル! その力は……神の領域だ!」

「ならばなおさらだ」

 カイルは聖剣を掲げた。

「俺が“神の代わり”になる!」


 轟音。

 黒光が爆ぜ、空を焦がす。

 祈りの残響が悲鳴に変わり、構文が動き始めた。


《構文稼働率:63%――74%――99%》

《信仰構文 再構築完了》


「――聞こえるか、神よ」

 カイルの声が、夜を震わせた。

「お前が沈黙したなら、俺が喋る。

 お前が見放したなら、俺が見届ける!」


 空が裂けた。

 黒雲の向こうに、巨大な瞳が現れる。

 それは神でも天でもない。

 カイル自身の信仰が形を取った“模造の神”だった。


 イリナが呟く。

「こんなの……神の再現なんかじゃない……」


「違うさ」

 カイルは笑う。

「これは――神の再構築だ」


 黒い光が、夜を塗りつぶした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ファンタジーです】(全年齢向け)
地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
★リンクはこちら★


追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―
★リンクはこちら★
神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く (11月1日連載開始)
【絶対俺だけ王様ゲーム】幼馴染み美少女達と男俺1人で始まった王様ゲームがナニかおかしい。ドンドンNGがなくなっていく彼女達とひたすら楽しい事する話(意味深)

★リンクはこちら★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ