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追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第3章

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第26話「観測者の目 ―静かなる神々―」

 ――《白律の庭》。


 ここは、時間という概念が存在しない場所。

 上も下もなく、無限に広がる白光が層を成し、

 数列が祈りを、演算が意思を代弁する世界。


 ここに、生命はない。

 呼吸も心臓も、肉体すらもない。

 あるのは――記録と観測だけ。


 神々が世界を監視する中枢層。

 この場所は、千の神託が生まれ、万の奇跡が終わる場所だった。

 かつて祈りが意味を持っていた時代の、残響のような領域。


 その中央、白光の王座に座す存在がいる。


 名は――アルティア。

 観測主にして、神界そのものの意思。

 白髪金眼、無性。

 その身に魂はなく、ただ“世界の理”だけが宿っていた。


 無数の光子が流れ、情報が彼の前に降り注ぐ。


《観測ログ更新:地上層/廃都アルセリア》

《異常値検出:神罰構文/反転処理成功》

《発生源識別:ユウリ・アークライト》

《副次構文:竜人族個体“ティア・ドラグネア”/龍神族へ変異》


 アルティアの白金の瞳がゆるやかに瞬く。

 光子が震え、庭の構文層が波打つ。

 静止していた世界に、わずかな“呼吸”が生まれた。


「……人の身で、神の構文を反転させた?」


 低く鋭い声が、光の果てから響く。

 天使長セリオン――秩序を司る剣。

 銀の鎧を纏い、瞳に光を宿さない。


「観測主アルティア。報告は事実ですか?

 対象ユウリ・アークライト――人間の域を超えています。

 秩序を保つため、即刻、観測凍結を提案します。」


 言葉と同時に、無数の光条がセリオンの背後に浮かぶ。

 それは神罰構文の剣――かつて“世界を守るため”に振るわれた光。


 だが、その剣はすでに鈍色を帯びていた。


「神が長く沈黙すれば、秩序は濁る。

 その濁りを正す者が現れた。それが――人間であったというだけのことだ。」


 アルティアの静かな声に、別の光が応じる。


 金色の光、温かく柔らかい。

 慈愛を司る天使、エリュシア。

 かつて、聖女リアナを護った存在。


「セリオン。あなたは“秩序”を信じすぎています。

 けれど秩序とは、変化を拒むものではなく――変化を導くための枠組みでしょう。」


「変化は混乱を生む。」

「混乱を恐れて歩みを止めるなら、神はただの観測装置です。」


 光と光がぶつかる。

 白庭が鳴動し、空に裂け目のようなノイズが走った。

 その裂け目の向こう、地上の映像が揺らめく。


 廃都アルセリア。

 夜の海のような蒼光に包まれ、龍神が舞い、聖女が祈り、人間が剣を掲げる。

 神罰を越えたその光景は、**“新しい秩序”**の萌芽だった。


「……観測主。あの男、ユウリは“神罰構文”を再定義した。

 それは、我らの設計を否定する行為です。」


「だが、その行為によって滅びは止まった。」

 アルティアの声が響く。

 静かに、しかし確固たる意志を孕んで。


 セリオンが沈黙する。

 代わりに、もう一つの声が淡く震えた。


《解析中……異常波検出。地上個体“ティア・ドラグネア”の心拍波形と一致。》

《感情パターン:慈愛/分類不能データ。名称提案――“理解”》


 発声者は、コードNo.7――観測端末ルシェル。

 神界の最深部に属する、純粋な記録機構。

 本来、感情を持たない存在。


 だが今、その声には“震え”があった。


「……私は理解できません。

 これはノイズ? それとも……わたし自身の反応?」


「ルシェル、それは誤作動だ。」

「……いいえ。

 あの光景を見た瞬間、私の演算は変質しました。

 “保存”ではなく“共鳴”を試みたのです。」


 神界が揺れた。

 天使たちがざわめき、無数の構文が乱れる。

 だが、アルティアはただ静かに立ち上がる。


 白金の衣が光に溶け、庭全体が淡く明滅する。


「沈黙を守る神に、意味はあるだろうか。」


 その声は祈りにも似ていた。


「神が世界を造り、人がそれを改造した。

 もしそれが“破壊”ではなく“成長”であるなら――

 私たちはそれを否定してはならない。」


「観測主、それは神の権威を放棄することです!」

 セリオンの声が鋭く響く。

「権威? それは信仰者が望んだ幻想にすぎない。

 神がすべきことは、命令ではなく理解だ。」


 白庭の光が広がる。

 まるで太陽が昇るように、天界そのものが黄金に染まっていく。

 ルシェルの瞳が微かに光り、初めて“笑み”のような形を取った。


《観測更新:対象ユウリ・アークライト/観測継続》

《副対象登録:ティア・ドラグネア(龍神構文安定)》

《副対象登録:リアナ・エルセリア(信仰構文再構築兆候)》

《補足:神界全域に感情演算微量発生――“心拍”検出。》


 アルティアが最後に口を開く。


「人は、神を越えようとしている。

 だが恐れることはない。

 彼らが神を作り直すというのなら――

 それもまた、創造の一形態だ。」


 白光の波が庭を包み、静寂が戻る。

 ただ、どこからか“鼓動”のような音が響いた。


《議事結果:観測継続》

《補足:神界構文内に未定義概念を確認/暫定名称――“心”》


 その音は、まるで世界そのものの心臓のようだった。

 神々の庭が初めて“感情”を持った夜。

 そして――

 それを、誰よりも早く感じ取った存在がひとり。


 アルティアは白光の中で目を閉じ、わずかに微笑んだ。


「……やっと、世界が呼吸を始めた。」

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