第25話「神罰の模造体 ―龍神覚醒―」
――夜が燃えていた。
廃都アルセリアの空を覆う黒雲は、もはや空ではなかった。
祈りと呪詛が混ざり合い、腐敗した神の息吹のように蠢いている。
その中心から、神罰の模造体が姿を現す。
骨の翼、ねじれた腕、呻くような顔。
神に似せて創られながら、神に見放された存在。
祈りを喰らい、信仰を穢し、救済を嘲る。
それが“神の模造品”――カイルの狂信が生んだ、地上最後の神罰。
観測塔の上で、ユウリ・アークライトは剣を握りしめる。
風が吹く。
廃都の灯が揺らぎ、ティアの桃色の髪が炎のように靡いた。
「来たな……」
短く呟くユウリに、ティアが頷く。
だがその胸は、震えていた。
胸の奥で、竜核がうねるように鼓動している。
「ご主人様……ボク、怖い。でも、守りたい」
「それでいい。恐怖を知らない奴に、力は宿らない」
ユウリの声は静かだが、確かな熱があった。
「――ティア。行け。お前の力を、世界に見せてやれ」
◇◇◇
模造体の咆哮が夜を裂く。
音ではない。空間そのものが悲鳴を上げる。
波動が広がり、アルセリアの外壁が軋み、地面が波打つ。
「リアナ! 防壁を強化しろ!」
「はいっ、《聖域展開――拡張防御層》!」
彼女の祈りが光となり、都市を包み込む。
その聖光が、瘴気をわずかに押し返す。
だが――模造体は祈りを喰らう。
光を吸い、歪め、黒へと変える。
「リアナ、退避! 奴は“信仰そのもの”を養分にしている!」
「くっ……!」
リアナが膝をつく。光が砕け、彼女の肩が揺れる。
ティアが前に出た。
その紅の瞳に、金の閃光が差す。
「ご主人様。ボクが行く!」
「頼む。俺が下から補助する――《構文改造:龍炎拡張式》!」
足元から光の陣が展開される。
魔法陣の紋がティアの体へと流れ込み、炎が燃え上がった。
紅炎が柱となり、彼女の背に新たな影が生まれる。
――翼。
だが、それはまだ“龍人”のまがい物だった。
炎で形を成すだけの幻影。
「《龍炎走ッ!》」
ティアが走る。
紅蓮の尾が地面を焼き、瞬く間に空を駆け抜ける。
放たれた一閃が、模造体の翼を掠め、爆炎を上げた。
爆発音が大地を揺るがす。
リアナが叫ぶ。
「すごい……けれど、まだ倒れていません!」
黒い腕が無数に伸び、ティアを掴もうと迫る。
ユウリが剣を掲げ、構文を走らせる。
「――《双律斬》!」
彼の斬撃が空を裂き、ティアの炎の軌跡と重なった。
光と炎の二重螺旋が走り、黒腕を一掃する。
「ご主人様っ、今のすごい! 合わせ技だね!」
「だろ。けどまだ終わりじゃねぇ」
◇◇◇
空が鳴動する。
模造体の背中が割れ、そこから“祈り核”が露出した。
無数の声が空に響く。
【赦シヲ……拒ムナ……】
【信仰ハ……救済ノ証……】
リアナの心臓が締め付けられる。
頭の奥で、神に仕えていた頃の記憶が蘇る。
信じることが正しいと疑わなかったあの日々。
けれど今、その“声”が――ただの狂気にしか聞こえない。
「……神は、もう人を見ていません……」
リアナの瞳から涙が一筋こぼれる。
「だから――人が人を救うしかないんです……!」
ユウリが短く頷く。
「ああ。だから俺たちは、神を改造する」
その瞬間――ティアの身体が震えた。
紅蓮の光が弾け、胸の竜核が金色に輝く。
「ご主人様っ、なにか来る……ボクの中で、何かが――!」
言葉にならない熱が身体を駆け巡る。
髪が逆立ち、角が黒金に変わる。
目の前の景色が、赤と金に分かれて見えた。
《観測ログ:龍核出力300%を突破》
《構文変質中――属性:炎/雷/風》
「ティア、落ち着け。お前の中の“龍神”を制御しろ!」
「龍神……?」
「そうだ。――神の模造を焼き尽くすために、生まれた“本物”だ」
ティアの全身が光に包まれる。
風が爆発する。
空気が沸騰し、炎が渦を巻く。
ユウリは顔を覆いながら笑った。
「やっとか。これが、“神を越える力”だ」
◇◇◇
夜空が燃えた。
ティアが翼を広げ、神罰の模造体を睨む。
紅金の光が彼女の背から噴き上がり、
雷鳴が響き、風が爆ぜた。
「――《龍神咆哮・アークバースト》!!!」
彼女の咆哮が、世界の構文を揺らした。
光が奔り、空間が割れ、神の呪文が崩壊していく。
炎は概念を焼き、雷が時間を裂き、風が命を呼び戻す。
その中心にティアがいた。
模造体が悲鳴を上げる。
祈りの声が消え、代わりに沈黙が訪れた。
リアナが涙をこぼしながら呟く。
「……これが、“新しい奇跡”……」
ユウリが剣を振り下ろす。
「――《神罰反転》」
閃光。
黒い核が砕け、青い粒子が風に散った。
爆音が遅れて響き、夜空を震わせた。
その光は、まるで神の涙のように美しかった。
そして――静寂。
◇◇◇
ティアがゆっくりと地に降り立つ。
紅金の髪が風に揺れ、金の瞳が輝く。
肩で息をしながら、笑う。
「ご主人様……ボク、やったよ」
「ああ。世界を焼いて、神を超えたな」
「ボク、ちゃんと……ご主人様の街、守れた?」
「守ったどころか、書き換えたさ」
リアナが微笑む。
「神の奇跡より……人の意志の方が、ずっと美しいですわ」
空を見上げると、黒雲は消え、星が戻っていた。
蒼い月が穏やかに光り、アルセリアの塔がその光を反射して輝く。
《観測層通信:観測主アルティア》
《ログ更新――“コード改変者ユウリ”観測継続》
神界の声が、静かに世界の底で記録を刻む。
ティアはその気配を感じながら、笑った。
「ご主人様。ボク、もう迷わない。ボクの炎は、人を焼くためじゃない――守るための光だから」
「それでいい。それが、“龍神”の役目だ」
ユウリが剣を収め、リアナと視線を交わす。
「……神罰は終わった。ここからが本当の再生だ」
風が吹く。
神託端末βが、静かに報告を上げた。
《報告:神罰模造体、完全消滅。構文汚染、ゼロ》
《補足記録:龍神構文、安定稼働中――対象:ティア・ドラグネア》
その瞬間、廃都アルセリアの全灯が一斉に輝く。
新しい“光の街”が、闇を塗り替えていた。
――神の時代は終わりを告げ、人の時代が、ここに始まった。
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